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願いの魔精

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願いの魔精

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 結局、魔術師と助手は足の縄だけはほどいてもらったものの、腕は縛られたまま、連行されるようにして魔精の元へと向かっていた。
「きっついなぁ、腕もほどいて欲しいんですけど」
 魔術師のぼやきに日比谷 皐月(ひびや・さつき)がその背中を押しながら言った。
「また勝手に動かれてもめんどくせーからな。自業自得なんだから諦めろよ」
 返す言葉もない。何度目になるかも分からないため息とともに、助手は魔術師への恨み言を吐く。
「先生の口車に乗った俺がバカだったよ」
 とぼとぼ歩く魔術師の姿を眺め、皐月はいきなり問いかけた。
「なぁ、死ぬ気なのか?」
 魔術師が肩越しに振り返った。
「魔精を救うために来た、って言ったよな。それって、どーやって救うつもりだ?」
「僕は救うなんて言ってませんけどね」
 この期に及んでまだ恥ずかしいのか、顔を逸らす魔術師を無視して、皐月は続けた。
「考えすぎかもしれねーけどさ、『願い』の力を使って魔精のことを救うんじゃねーのか?」
「彼女は、自分を消し去ることを望んでいるんだから、そっちの方向で救うとは思わいませんか?」
 あぁ、と皐月はあっさり頷いて、
「だって、善人のつもりなんだろ?」
 魔術師を黙らせた。
「俺としちゃ、そいつは止めたいんだけど」
「まぁ、いいではないですか、皐月。よしんば彼が魂を捧げるとしたら、私がアンデットとして使役してあげましょう」
 皐月の傍ら、雨宮 七日(あめみや・なのか)からさらっと発せられた声に、魔術師は身を震わせた。
「いやぁ、ちょっとアンデットは遠慮したいですね……」
「冗談です。あまり役にも立たなそうですし」
 にこりともせず口にした七日の言葉は、魔術師にぐさりと突き刺さる。
「それとも、やはりなにか魔精を制約から解放するような手段を知っているのですか?」
 東 朱鷺(あずま・とき)が尋ねた。
「さっき言った通りですよ。しょせん、よぼよぼのじいさんばあさんの胡散臭い言い伝えと、それに輪をかけて胡散臭いボンクラ先祖の手記が僕の情報ソースの全てです。ろくな情報なんてありません」
「むぅ……」
 すでに聞きだせるだけの情報は引き出している。そこに、朱鷺らが望む魔精を救うための有益な情報はない。自前の知識に照らし合わせて打開策を探すにしても、絶望的に情報が足りないとくれば見つかるものも見つからない。まったく役に立たないボンクラ魔術師である。口に出さないまでも、誰もがどこかでそんな思いを抱く。
「で、結局、魔精を救うってのが、自分の幸せを捨ててまで叶えたい願いってワケか」
 ただの偽善者かよ、とゲドーは吐き捨てた。
「いや、まだ、そうと決めたわけでは。ほら、みなさんのお仲間が彼女の元に向かってるんでしょう。そこにいる方たちが上手い解決策でも見つけてくれれば、ですね、そう、僕が魂を支払う必要はなくて、死にたくはないなぁ、というのが正直なところで、」
 

 その魔精の元である。連絡係として、パートナーの鉄心とは別行動をとっていたイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、携帯電話によって鉄心から聞かされた情報を、集った面々へと伝える。
「魔術師さんの方は、安心していいみたいですの」
 魔術師を確保したこと、魔術師も魔精を救おうという目的だということ、イコナの語った情報は、一つの問題が解決した安堵の空気をもたらした。
 さて、メインの問題。
 多くの契約者が集まった。魔精の少女を救うためにだ。なるほど目的は共通している。そこはいい。しかし、手段まで共通しているかどうかは、また別の話だった。
 そして、少女はどれだけ言葉を重ねられても、自分の望みを曲げることはしなかった。
 そこで始まったのが、魔精の提示した手段に従って、魔精を消し去ることに同意する者たちと、そのような手段は決して容認できないとする者たちによる論争である。
「彼女自身がそれを納得していて、その意志が曲がらないというのなら、手を下すというのが私たちの役目ではないでしょうか」
「説得はしたんだ。それでも、って言うんだから、俺は願いを叶えたいと思う」
 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)相田 なぶら(あいだ・なぶら)が魔精を消し去る側に立っているのは、契約者たちの説得によっても少女の意志が変わらないからだった。言葉は尽くした。それでも少女は消え去ることを望む。結局、本人に生きる意志がなければ、無理やりに生き長らえさせても後悔しか残るまい。そう主張する。
「そうだよね……最後は本人の意思だもん。仕方ないと思う」
 山田 晃代(やまだ・あきよ)が控えめに発言した。
「だけど、彼女にはまだ時間がある。まだ、一緒に考えることだってできるだけの時間があります」
「自分を消し去るなんて、そんな望みを叶えるわけにはいかないわ」
 対して、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)クコ・赤嶺(くこ・あかみね)といった、少女の望みを叶えることへの反対派は、少し苦しい。魔術師が願いを叶える危惧のなくなった今なら、辛抱強く言葉を重ねることができるのだから、時間をかければ少女の心変わりを招くことができるはずだ。なにより、少女が自身の消滅を願うなど、あまりに悲しいことではないか。そう主張する。
 どうしても不確実性が高く、感情に訴えるような論旨になってしまう。が、それだけに強いとも言える。ここに集まった面々は、どうであれ少女を救うために集まっているのだから。
「少女が消え去ることが悲しいなんていうのは、少女に対しての感情の押し付けだ。当人にとって消えることが救いと感じるなら、むしろ速やかにその望みを叶えた方が慈悲深いと言えるだろう」
 反対派に対してグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が言った。
「あなたたちが手を汚すことを厭うなら、安心していい。俺が手を汚す」
 一歩進み出たグラキエスを、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が手を上げ制した。
「ベルテハイト、まさかグラキエス様の邪魔をするつもりですか?」
 もしそうであれば容赦はしない、あえて口にせずともエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の表情が語っている。
 その顔に臆するベルテハイトでもない。鼻を鳴らして睨みつける。
「無論、グラキエスの行いを阻むつもりはない。だが、グラキエスには手を汚させん。私が代わろう」
「エンド、自分の境遇と重ねて見ているのは分かりますけど、だからといって無理はしないでください。私たちは君のことを大切に思っているのですから」
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)がグラキエスを諭すように語りかけた。
 そこに、クスクスと笑い声。
「なにがおかしい」
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は鋭い声を向けられてもクスクスと笑いながら、
「だって、なんだか決まったことのように言うんだもの」
「ハツネの言う通りじゃ。すでに魔精を消すことが決定したみたいに言わんでもらおうか。ワシがいる限り、そんなことは絶対にさせん」
 天神山 保名(てんじんやま・やすな)が勢い込んで宣言する。
「自分が消えればそれで良し、などという考えを改めさせたいのじゃ。希望を抱き、これから先を生き続けていくため、足掻いてもらう」
「それはあなたのエゴだ」
 グラキエスの指摘に、
「その通り、これはワシの我儘じゃ。ワシは我儘を押し通す。消し去ることなど許さん」
 保名はきっぱりと言い切った。
「保名様の意のままに。保名様に逆らうというのなら、僕が黙っていません」
 天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が保名に付き従う。
 このまま続けば行き着くところまで行くかもしれない、そんな一触即発によく似た空気が場に流れだした。
 論争を、魔精の少女はどこか他人事のように眺めている。というより、少女にとってはまさしく他人事のつもりだった。
 自分のいない場所で自分のことを語っているのを目撃した気分だ。
 少女としては、もう自分が消え去ることを確定事項だと考えていた。
 何度も言われた。願いを叶えなくても生きられるのだと。
 何度も考えた。やはり、願いを叶えない自分などいないと思った。
 生きていれば、また願いを叶える日がやって来る。今までずっとそうだったのだから。これからは違うなどと考えられなかった。
 論争は続く。答えは出ない。
 想像してみる。願いを叶えないでも生きている自分。荒唐無稽だと思った。
 そうはなりたくないか。誰かに問われたような気がする。なりたいのだろうか。実感もなにもない。わからなかった。