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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−4−


「なーんかヒマやな。顕仁、散歩でも行くか」

 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)を誘い、空京の町へと出た。華やかな町並みが、いくらかでもこの退屈を吹き飛ばしてくれるかもしれないし、運がよければ小銭を拾えるかもしれない。青い空と、冷たいもののそろそろ春を感じさせる明るい日差しが気持ち良い。
 
 そのとき、泰輔はふと上空から一片の雪片のようなものが、顕仁のほうへ舞い降りてくるのに気づいた。嫌な気を放っているそれを、顕仁に触れさせてはいけない。泰輔は本能的に直感した。両手で顕仁をつきとばす。勢いあまって折り重なって倒れた泰輔の背中に、氷の花は吸い込まれていった。

「……泰……輔?」

上にかぶさった泰輔の体が、不意に冷たくなる。立ち上がった泰輔の表情には、いつもの陽気さの欠片もない。カミソリのような冷酷な目は、なにも見ていないようだった。倒れた顕仁に目もくれようともせず、そのままどんどん歩いてゆく。一体何が起こったというのか。顕仁は慌てて起き上がり、そのあとを追った。
泰輔は道すがら駆けて来た子供がぶつかり、転んでも、うるさいハエでも見るような目つきで一瞥しただけだ。顕仁はそっと子供を抱き起こし、なだめると、泰輔に呼びかけた。

「いかがしたというのだ! 泰輔!」
「は? 気に食わん、それだけや」

近くのオープンカフェで、少女たちが大きな声で氷の花の噂話をしていた。顕仁はそれを聞いて、此度の異変の元凶を知った。

「……なんと悪夢のような出来事か。そなたが虚無にとりつかれるとは……。
 いつも真面目に明るくて、すべることも恐れぬサービス精神と活動的すぎるほどの大阪人。
 我にとっては太陽のようなお前が、凍てつく心を道連れに選ぶとは……」

泰輔は大通りを外れ、静かな通りへと足を向けた。歩道の手すりに腰掛ける。顕仁はそのそばにつと寄った。

「泰輔よ、そなたは祝福なき我が生い立ちを我以上に憐れみいとおしみ、そのままの我を受け入れてくれた。
 他の仲間と同列の扱いで良い、ただそなたの傍に在れるだけで我は幸せであった。
 泰輔を愛する女の邪魔をし、嘲弄したのも、単なる戯れではない」
「あー、うるさいうるさい、よるな、あっちへ行けや」
「愛している、という言葉だけではどれほどあっても足りぬ。助く術がそれのみならば。

 ……永遠の我が恋人よ!」

冷たい泰輔の唇に、そっと口づけをする。

「……ん? なんや?」

いつもののほほんとした声に、顕仁はほっと安堵の息をついた。説明を聞いた泰輔は、空を見上げた。

「……世界を呪って空虚な空を見上げるだけの暮らし……それも悪くはない、かもしれんよ?」
「否!!」

「ははは、冗談や。……ほな、行こか?」

2人は散策の続きを遂行すべく、肩を並べて繁華街へと足を向けた。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 赤城 花音(あかぎ・かのん)フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)を、空京のイタリア料理のレストランでのランチタイムに誘っていた。この店は夜は結構なお値段なのだが、ランチは気軽に誰でもといった価格で、明るい店内は女性客も多く、にぎわっていた。

「へ〜〜、ずいぶん安くて、しかも美味しいんですねえ」
「でしょでしょ、ボクの最近のお気に入りなんだ」

嬉しそうに言うフィリップに花音は応え、2人は料理を口に運んだ。と、花音の携帯に瑛菜からのメールが入った。題名に緊急、とある。ちょっとごめんね、とフィリップに声をかけ、花音は内容をチェックした。

(ええっと……? 悪戯なの魔女の1人が氷の花の花びらを、風に乗せて空京にばら撒いた?
 ……花びらが体に入ると、その人は暖かさや優しさを凍りつかされてしまうんだね。
 対処法は……なになに……? その人への真剣な想いやりのこもった呼びかけとその涙、かぁ)

しばし画面を見て考え込んでいた花音は、カシャンという音に我に返った。
先ほどまで和やかに食事をしていたフィリップが一変していた。大きく見開かれた何も見ていない目に、暗い影をたたえ、苦悶の表情を浮かべている。フィリップは呻くようにひとりごちた。

「お父さんは何も分かっていない……何も……。
 人々の間に死を振りまいているのが解かっていないんだ……。
 でも……、じゃ…… 僕はどうだろう……。
 見返そうと…… 思ったのに…… 何もできていないじゃないか」
「まさか、これが……」

花音は慌ててフィリップの隣に席を移し、冷え切った両手を取った。

「……ボクと居る時のフィリポって、言動が固い……。あのひとといる時の方が、自然体なんだろうな……。
 ぷぅ! ボクとしては悔しくもあるけど、フィリポらしさは大切にしたいんだ!

 ボクは…フィリポの何がトラウマの原因なのか詳しくは分からない。
 でも、今、苦しんでいるフィリポに、正面から向き合いたい!

 ボク、自分の気持ちに素直に向き合うよ。
 フィリポの苦しみを想う事で、氷の花びらを溶かせると……信じる!」

片思いの辛さがちくちくと刺さる。だが、花音はまっすぐにフィリップを見つめた。たとえどうであっても、好きな人が苦しむのなんて望みはしない。かすれた声で、花音は言った。

「ボクはフィリポが好きだよ。ね、もとのフィリポに戻れると良いな……」

握った両手に、涙がぽつんと落ちた。切なさと思いのつまった涙。

「……あれ、どうしたんでしょう?」

いつもどおりのフィリップの声。花音は慌てて、暖かくなったフィリップの手を離した。

「花音はフィリップさんと居ると、心穏やかになれるんですよ〜」
「そうか〜。僕たち、いい友人になれそうだね」

フィリップは屈託のない微笑を花音に返した。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ランチの帰り道、フィリップは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)と待ち合わせていた公園に向かっていた。
ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)はそわそわするフレデリカに、少し落ち着いてはどうかしらと声をかけた。

「そう言われても……なんだか落ち着かないのよ」

フレデリカは明るい青空を見上げた。雲ひとつない空から雪のようなものが一片、舞い落ちてきた。

「……雪?」

不意に世界が歪んだ。普段抑えていた行方不明だった兄の死が、重くのしかかってくる。あんなに探していたのに、兄さんは1人で逝ってしまった。フレデリカをこの世界に取り残したまま……。

「フレデリカ……?」

ルイーザが不審に思い、声をかける。

「ああ…… 私もこのまま…… 兄さんの所に……」

生気が一切失せた目が、豪華な装飾の護身用の短剣に落ちる。その冷たい刃が、全てを断ち切ってくれそうな気がする。

「ダメですっ!!」

叫んだルイーザが、フレデリカの短剣を持った手首を素早く掴む。

「離して……、お願い……」

そこにフィリップが到着した。フレデリカの様子がおかしい。

「フリッカ!!」

フレデリカに呼びかけ、フィリップは彼女の元へ駆け寄った。ルイーザがやっとの思いで短剣をフレデリカの手からもぎ取った。フィリップがルイーザに問いかける。

「どうしたんですか、一体……」
「わからないんです。急に様子がおかしくなって……」

そのときまた、呻くような声で、フレデリカが呟く。

「兄さん……、ああ……、兄さん……」

フィリップはフレデリカの両肩を掴み、瞳を覗き込んだ。虚ろな凍りついた瞳。体も冷え切っている。

「フリッカ、どうか落ち着いて……ね? お兄さんは……」

フレデリカが地の底から響くような嗚咽を漏らした。

「兄さんは…… 兄さんは…… 私を置いて…… 逝ってしまった……」

崩れるように倒れかかるフレデリカを、フィリップが抱きとめる。冷えた体に手を回し、支えようとするようにしっかりと。

「……フリッカ!」

フィリップに何もいうことは出来なかった。ただ黙ってフレデリカを抱きしめ、そっと髪をなでる。体を震わせ、フレデリカは泣き続けている。彼女の世界は全て悲しみだけに埋め尽くされていた。

「お願いだよ…… そんなに泣かないで……」

フィリップが痛ましげに小さくつぶやき、その瞳から涙がこぼれる。冷えていたフレデリカの体が、温度を取り戻した。

「フィル……君。私……兄さんが死んで……世界が半分無くなった感じがするの。
 貴方を兄のように……失いたくない」
「フリッカ…… 大丈夫。僕と君の兄さんは…… 違うよ……」
「私……フィル君といる時だけ、寂しさがやわらぐの。あぁ。私、やっぱりフィル君が好きなんだ……」

ふと、フレデリカは自分がフィリップに抱きついていることに気づいた。真っ赤になるフレデリカ。フィリップも赤くなって、ぎこちなくお互いはにかむような笑みを交わす。

ルイーザは少し離れて、フレデリカが心境を伝えられたことを喜び、涙ぐんでいた。