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リアクション
八章 愚者 前編
「刻命城、ね……」
昔話に登場する名前を小さく呟きながら、雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)は決して大きくはないその城の姿を光る箒に乗ったまま見下ろした。
(山葉校長の話によると、愚者と名乗った人物はこの城を『舞台』と称したらしい……)
六花は光る箒を操作することを止めずに、小さく呟いた。
「『役者』がこの城の者たちや私たちだとして……『脚本』という言葉が気になるわ」
脚本があるということは、愚者には何らかの目的があるということだ。刻命城の者たちが城主を蘇らせようとすること、それでさえ彼の脚本の一部。
それなら彼はおそらくこの戦いを『舞台』の外、つまり城外で見ているはず……そう考えて、六花は空から愚者を探しているのだった。
「! あれは……」
程なくして、六花は視界の端に漆黒のローブの立ち姿を捉えた。山葉が言っていた愚者の姿に一致する。
(本当に夜みたいな人ね……)
ぼやけた明かりの中でも一目で分かる黒ずくめの愚者はまだこちらに気付いていない様子で、その視線はやはり城へと向けられていた。
「――イナンナの加護」
六花は、気取られないよう口の中で小さく呪文を唱える。少しでも不穏な動きがあれば、すぐ対応できるように体勢を整えた。
彼の本当の目的が、今回の事件の核心だ。六花はそう考え、愚者と対峙するその瞬間に向けて口を引き結ぶと、箒の高度を徐々に落としていった。
――――――――――
同じく空飛ぶ箒ファルケで空を飛び、愚者を探していた佐野 和輝(さの・かずき)とアニス・パラス(あにす・ぱらす)も彼を見つけ箒の高度を落としていく。
地面に着陸しアニスは空飛ぶ箒ファルケを仕舞うと、迷いのない足取りで愚者の傍へ歩いていく和輝についていく。
やがて、愚者も和輝とアニスや他の契約者たちにも気づいたようで、うやうやしく礼をした。
「これはこれは、刻命城に招かれた役者たちよ。私になにかご用でしょうか?」
男性のくせによく響く透明な声で、愚者は契約者たちに問いかけた。
そこでアニスは何やら違和感を感じた。自分はいつもなら知らない人に声をかけられるだけで、顔を赤面させてしまうほどの人見知りであるはず。
(ん〜?? アニスは人見知りなんだけど……なんだろう、あんまり怖く感じない? 昔の和輝と似てるのかな? う〜っ、よく分かんない)
なのに、いつも他人と顔を合わせたときに感じる怖さや恥ずかしさの感情が一切湧きあがらなかったからだ。
(……まあ、いいや。お話は和輝がするんだから、アニスは和輝の傍でお口チャック♪ ……でも、暇だから精神感応で和輝とお話してよ♪)
アニスは自分の考えに一旦そう区切りをつけると、ほにゃらと柔らかく笑った。
和輝は愚者に向かって一歩踏み出し、右腕を前に左腕を後ろに道化の礼を行い口を開いた。
「初めまして、愚者の名を使う者」
「これはご丁寧に。こちらこそ初めまして。貴方様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。そちらを倣って、『魔術師』とでも呼んでもらおう」
「分かりました、魔術師様。それで、私めに何のご用でしょうか?」
「少しアナタに興味があってね。傍観しているだけでは飽きることもあるだろう? こちらの話し相手をしてくれないか?」
「ええ、良いですよ。……この叙事詩の傍観に差し支えない程度であれば」
そこまで互いに芝居がかった声色で会話すると、今度は和輝が少しばかり冷たい声で言い放った。
「そちらの邪魔はしないさ……こちらに不利益が出ない限りは、ね。何せ『魔術師』だから、金銭には少し煩いんだ」
「……おやおや、これは怖い怖い。ご安心ください。私めは魔術師様方には不利益が生じるほど干渉はいたしませんよ。私はただの傍観者に過ぎません故」
おどけたようにそう言う愚者に、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は問いかけた。
「傍観者、ねぇ。それが一番厄介だと思うんだけど?」
ヴィナの言葉を聞いた愚者は、気味の悪い笑顔を崩さないまま問いかけた。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「傍観していると言うことは、何か目的があって、それを見ているんでしょ? あなたが見たいものを俺達が邪魔をすれば、あなたにとって俺達は敵になりうるわけだし。
……それに、敵じゃないから、味方という論理は早計だね。少なくとも俺はあなたを警戒している」
「これは手厳しい。ですが、貴方の言うとおりかもしれませんね。傍観者は敵にも味方にもなりえる、非常に不安定な存在なのですから」
ヴィナと愚者はお互いを見据えながら、言葉を交わしていく。
そんな二人の会話を耳にしながら、少し離れたところでシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はハイドシーカーを取り出した。
それは愚者の強さを確認するため。愚者は涼司が剣を下ろしたほどの相手なのだから、決して油断をするべきではないと警戒したうえでの行動。
シルフィスティは先にディテクトエビルに見鬼、神の目を発動して愚者を見極めようとしたが、結局分からなかったからだ。
「とにかく愚者が危険かどうかぐらいは見極めないと」
シルフィスティは若干焦りながらハイドシーカーを起動。ハイドシーカーは愚者を認識し、強さの測定を開始するやいな爆発した。
「あ、熱!? ……うわわ、こりゃ完璧に危険な相手だわ。絶対に手を出したらいけないよ、ミスノ」
シルフィスティは隣にいるはずのミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)に注意を促がした。
勢いで何やらかすか分からないミスノに釘をさすためだ。しかし、いつまで経っても返事がかえってこないことを不思議に思い、シルフィスティは先ほどまでミスノがいた場所に顔を向ける。
「って、ミスノ!?」
だが、時すでに遅し。ミスノは黄昏の大鎌を構え、聖なる光を刀身に宿らせて、愚者に向かって駆けていた。
「弱い人は戦場にいちゃいけないんだよ?」
それはすぐに死んでしまうから、というミスノのお節介。
会話の不意をつかれた愚者は、肉薄したミスノのレジェンドストライクの直撃を浴びる。
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