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イコン博覧会2

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デコトラレース

 
 
「さあやって参りました。本日の最初のイベント、皆様お待ちかねのデコトラレースです!」
 空京のメインストリート脇の放送席で、シャレードムーンが実況を開始した。
「今回のエントリーは立川 るる(たちかわ・るる)選手のネコトラゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)選手の喪悲漢一番星 スター・ゲブー号カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)選手のアクア・ブルーとなっております。未だ各車ガレージにて、そのお披露目を待っています。さあ、どのようなデコトラが現れるのでしょうか」
「どのようなデコが見られるかって。ふふふふふふ、へへへへへ、はーっはははははは、きゃっきゃっきゃっ……げほげほげほ」
 ガレージの中で高笑いをあげすぎて、ゲブー・オブインが過呼吸を起こして激しく咳き込んだ。
「へっへっへっ、これこそ、俺様が待ち焦がれていたイベントだぜえい」
 そう言いながら、ゲブー・オブインが喪悲漢一番星スター・ゲブー号のコンテナの後ろの面に、用意していたエッチな巨大同人誌のヌードピンナップをぺたぺたと貼りつけていった。さすが巨大と言うだけあって、コンテナの背面前面を被い尽くす。さらに、その女優の顔の部分だけを、引き延ばしたシャレード・ムーンの顔にコラージュした。ちょっとサイズが合わなくて磔位置がずれてはいるが、遠目には分からないだろう。
「これでバッチリだぜ。後は、出番を待つばかり」
 ゲブー・オブインは、出番をじっと待ち続けた。
 
    ★    ★    ★
 
「それでは、エントリーナンバー1、立川るる選手のネコトラの登場です!」
 シャレード・ムーンが、高らかにネコトラを呼んだ。
『なご〜♪』
 まるでネコの鳴き声のようなクラクションを盛大に鳴らして――あるいは、本当に鳴き声なのかもしれないが――ネコトラがその姿を現した。
『なごなごなごなご〜』
 カシャカシャと、八本足で、ネコトラが走ってくる。タイヤはない。その姿は、すでにトラックと言うよりも、ネコ型イコンそのものであった。尻尾のついたコンテナが胴体で、完全猫型の頭部には、猫目型のビームアイによるヘッドライトが装備されている。
「わーい、るるー、頑張れー」
 僕の考えた凄いネコトラをスケッチしつつ、ラピス・ラズリが声援を送った。もちろん、試合前にその絵が立川るるの目に触れぬようにガウタマ・シッダールタが最善を尽くしたのは言うまでもない。
「それでは、エントリーナンバー2、カチェア・ニムロッド選手のアクア・ブルーです。なお、助手席にはナビゲーターとして、緋山 政敏(ひやま・まさとし)選手が乗っています」
 アクア・ブルーは、デコトラではなく完全な輸送用トラックであった。地味である。だが見かけとは違って、底面に仏斗羽素が装備されているため、「タイヤなんてあんなの飾りです、偉い人にはそれが分からんのです」状態になっている。
「それでは、エントリーナンバー3、ゲブー・オブイン選手の喪悲漢一番星スター・ゲブー号です」
「よっしゃあ、ついにそのときが来たぜ来たぜ!」
 名前を呼ばれて、ゲブー・オブインがアクセルを踏んでガレージから喪悲漢一番星スター・ゲブー号を発車させた。こちらは、なんとも正統派のデコトラである。派手な電飾、大型のホーン、華美な装甲、ホイールはつけ替えられ、コンテナの側面にはゲブーの顔とイコンが描かれている。そして、コンテナの背面には……。
「みんな、気をつけろ、暴れ巨大生物だあ!」
 観客たちの中から、そんな叫び声があがった。
 キャロリーヌが、土煙を上げて走ってくる。
「ティラティラティラティラティラ(あのキラキラは、もしかして、ステキなイコン! 熱いまなざしー!!)」
 キャロリーヌが、喪悲漢一番星スター・ゲブー号にビームアイをむけた。直撃を受けたHな巨大同人誌が炎を上げて燃えあがる。
「ティラティラティラティラティラ(違う、私の求めるイコンはあれじゃないわ!)」
 何か、納得のできない物を感じたらしく、キャロリーヌはそのまま逃げ去っていった。
「へへへへ、俺様のアイコラにパラミタ中の目が釘づけだぜ」
 まさか、コンテナに貼りつけた同人誌が燃えているのでみんなの目が集まっているとは気づかずに、ケツに火のついた喪悲漢一番星スター・ゲブー号を、ゲブー・オブインがスタート位置につけた。
「喪悲漢一番星スター・ゲブー号、文字通り燃えています。ゴールまでに燃え尽きないといいのですが……。さあ、各車一斉にスタートラインにつきました。
 なお、レースの模様は、佐野 和輝(さの・かずき)特派員とアニス・パラス(あにす・ぱらす)特派員が、グレイゴーストから空撮でお届けします」
 にゃにゃにゃにゃにゃにゃ……。
 ぶっとばすぶっとばすぶっとばす……。
 もひもひもひもひもひもひもひもひ……。
「シャレさんのために勝ちます!」
「何言う。あのおっぱいは俺んもんだ!」
 エンジンの音に半ばかき消されながら、緋山政敏とゲブー・オブインが叫んだ。
「謹んで両方ともお断りします。
 さあ、各車のエンジン音がさらに高まります。
 信号が青に変わった。
 今一斉にスタート!」
 爆音を響かせて、三台のトラックが一斉に空京市内を走りだした。
「ああっと、アクア・ブルー、やや遅れた。エンジンがまだ暖まっていなかったか」
 スタードダッシュで、アクア・ブルーがやや後れをとる。
「やっぱり、タイヤじゃダメよね」
 まだこれからだと、カチェア・ニムロッドが余裕を持って言った。
『ゲブー様サイキョー!』
『にゃーにゃーごろごろ!』
「喪悲漢一番星スター・ゲブー号、ネコトラ、互いにクラクション勝負でトップを狙う。
 おおっと、さすがにうるさい喪悲漢一番星スター・ゲブー号のクラクションにネコトラ怯んだか。トップを奪われました。
 さあ、喪悲漢一番星スター・ゲブー号、ネコトラ、アクア・ブルーの順で第1コーナーにさしかかります」
 勢いに乗る喪悲漢一番星スター・ゲブー号が最初にコーナーをクリアした。
 続いて、ワシャワシャと多足を素早く動かしながらネコトラがカーブを曲がっていく。
「政敏! TCS全回路カット! 行きますよ! イナーシャルドリフト!」
「お前を信じるぜ」
 カチェア・ニムロッドが早くも勝負に出た。
 緋山政敏がトラクションコントロールシステムをカットした。はっきり言って、これでコーナー立ち上がりでの加速が得られるかはドライバーの技量次第である。へたをすると、タイヤの空転によるロスの方が大きくなる。
 アクア・ブルーのタイヤが白い煙を噴いた。
 だが、順位に変化はない。
『ゲブー様サイキョー! ゲブー様サイキョー! ゲブー様サイキョー!』
『にゃーにゃーごろごろ! にゃーにゃーごろごろ! にゃーにゃーごろごろ!』
 道をあけろとばかりに、喪悲漢一番星スター・ゲブー号とネコトラがしきりにクラクションを鳴らし続ける。
「それにしても、喪悲漢一番星スター・ゲブー号うるさい。ネコトラも激しく鳴いています。これでは、抜くのが難しいか。
 さあ、各車第2コーナーにさしかかった」
「ここよ! スパイラル!!」
 サイドカチェア・ニムロッドが勝負に出る。アクア・ブルーを仏斗羽素で浮かせながらドリフトさせつつ、今度は立ち上がりで一気にバーストダッシュで加速した。
「おおっと、アクア・ブルー、やっとエンジンがかかってきたか。鮮やかなドリフトと加速、まるで浮いているかのようです。ネコトラとならびました」
「追いつかれちゃったあ!? ええい、もううるさいんだからあ。トマトになりなよ
「おおっと、立川るる選手、ネコトラの前足を使って、邪魔な喪悲漢一番星スター・ゲブー号へ猫パンチ。
 凄い、喪悲漢一番星スター・ゲブー号のコンテナが、ネコトラの爪で抉られました。ゲブー・オブイン選手の顔の部分が跡形もありません。不吉です!」
「ちょっ、待てや! 俺様のこのりっぱなモヒカンの顔に何をしやがる!」
「喪悲漢一番星スター・ゲブー号、一気に最下位に下がった。トップ争いは、ネコトラとアクア・ブルーの戦いです。
 さあ、第3コーナーに突入します。
 おおっと、最終コーナーで波乱が起きるか!」
てめえら、地味だかネコだか知らねえが、そんな物はデコトラじゃねえ。デコトラってえのはなあ、りっぱなモヒカンがついてるものなんだあぁぁぁ!!
「ゲブー・オブイン選手、意地を見せたか。すばらしいコーナーリングでネコトラとアクア・ブルーにぶちかましつつ、強引にトップに躍り出ました。
 弾かれたネコトラ、足が縺れたか、大きく遅れた!
 だが、喪悲漢一番星スター・ゲブー号も衝突でふらついている」
「こうなったら激突だあ。オラオラオラオラァ! 弾けちまいなあ
「その前に、燃えちゃえー!」
「ゴール直前、ネコトラ、必殺のビームアイで喪悲漢一番星スター・ゲブー号を捉えました。すでに燃えている喪悲漢一番星スター・ゲブー号のコンテナ後部が再び炎につつまれます。
 喪悲漢一番星スター・ゲブー号、燃えながらも、前を走るアクア・ブルーに突っ込んだ!」
「甘いわよ、エナジーバースト!」
「耐えた! アクア・ブルー、バリアにエネルギーを回して激突に耐えました。そのまま弾き飛ばされるようにしてゴールです!
 優勝、アクア・ブルー!
 燃えながらも、喪悲漢一番星スター・ゲブー号、二位でゴールに飛び込みました。
 ネコトラ、火にちょっと怯えたか、わずかの差で三位です!
 それでは、大谷文美さん、優勝インタビューをお願いいたします」
「はい、こちら、みごと優勝いたしましたカチェア・ニムロッド選手と、おまけの緋山政敏選手です。一言どうぞ」
 大谷文美からむけられたマイクを、緋山政敏がひったくる。
「シャレさん。この後時間ありますか。是非、夕食でも」
「ありません」
 即答であった。
「このお! 優勝したのは私でしょ。政敏はナビ、私の婿」
 緋山政敏にヘッドロックをかましておとなしくさせながら、カチェア・ニムロッドがどさくさに紛れて何か叫んだ。
「ええっと、手に負えないので二位の方のインタビューです」
 大谷文美が、今度はゲブー・オブインにマイクをむけた。
「ひゃっはー。賞品はだなあ、お前たちのおっぱ……」
 ブチッと、思い切りノイズ入りで音声が切られた。
「失礼しました。では、最後に、最下位になりました立川るる選手にお聞きしたいと思います」
「いいんです。記録よりも、記憶に残る走り方ができましたから」
 ちょっぴり唇の端をひくひくさせながら、立川るるが答えた。
「デコトラとは、お互いのデコを褒めあうものなのです」
 ひくひく……。
「くっそお、せっかく、参加者をレース前に潰して減らしたのに……あっ、今の入っちゃいました、カットしてくださいね、カット。にこっ」
 よけいなつぶやきをマイクに拾われて、あわてて笑顔を作る立川るるであった。