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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

     ◆

 この事態を、当然標的とされている彼と彼女は知っている。本来ならば、盗みをするという犯行予告をする犯人は、愉快犯か、もしくは絶対的な何かを持った像になる訳であり、彼の三姉妹は後者に位置付けられていて。
故にシェリエは昨晩、その犯行予告を彼女、ラナロックの家の壁に投げ放った。
 カードの様なそれが壁に刺さっているだけの。しかし、見る者によっては犯行予告である事が容易にわかるそれが、ラナロックの家の壁に、刺さっていた訳だ。
 問題は、彼女たちが盗みに入るものが明確である、と言う事。そしてその持ち主が、この家の持ち主とは違っている。と言う事である。
「ねえ……いきなり呼ばれたからきた訳だけど、何だってこんな時間に呼び出すの?」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、少しだけ不機嫌そうに、隣を歩くラナロックへと声を掛けた。
「昨晩の事、ですわ。突然こんな物が家の壁に刺さっていましたの。それはもう怖くて怖くて。それで、ウォウルさんに相談したとところ、『皆さんに警護をお願いしましょう』という流れになった。訳ですわ」
 話を静かに聞いていた鳳明と、そして彼女のパートナーである藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は、その言葉で全てを理解する。

 要は――自分たちは巻き込まれたのだ。と。

「あ、あのさぁラナさん。話のいきさつはわかったけど、とりあえず質問があるんだ……」
「はい? なんでしょう?」
「貴女、絶対に『怖い』とか思ってないでしょ? ……直感だけど」
「そんな事ないですわよ!? 怖くて夜も眠れませんでした」
「今朝起きたのって何時?」
「えっ? えっと……確か八時頃ですけれど……、それが何か?」
「ほら言っちゃったし! 寝てないと起きれないよね? って事は寝れたんじゃん」
「…………」
 随分と簡単なひっかけに引っ掛かったラナロックが、鳳明の言葉の数秒後に漸くその質問の真意を知り、納得してから頬を膨らませて鳳明と天樹から顔を逸らした。
「ね、ねぇ……天樹……?」
「……………?」
「ラナさんって、こんな感じだったっけ?」
 尋ねられた天樹は、暫く考えてから『さぁ?』という意味合いを込めて肩を竦める。
「もうちょっとしっかりしてる人かと思ったんだけど、結構単純なんだね」
 鳳明の言葉に、天樹は暫く考えて、後に自分たちの前を歩くラナロックへと指を向けた。
そして発声言語でない言葉、テレパシーを使って彼女に言うのだ。
「(忘れてるみたいだけど、彼女。ウォウルと同じで地獄耳……聞かれてたら、ドンマイ)」
「あ! ちょっとそれ先に言ってよ!」
 慌てて声を荒げる鳳明。と、先行していたラナロックがある部屋の扉の前で足を止め、二人に振り向く。気の所為か、眉が引き攣った笑顔で二人を見て、扉に手を掛け開け放った。
「此処がその物が保管してある部屋です」
 ラナロックの言葉で、二人はその扉の中へと目をやる。と、その部屋の中心には、椅子に立てかけられたハープが一つ置かれている。
「……もしかして、その盗まれる物。って、このハープ?」
「そうですわ」
「えっと……確認。私達はこのハープをその泥棒さんから守り切れば良い。って、そういう感じかな?」
「そうですわ」
「そっかぁ……まあ。泥棒は確かにこっちの時間の都合なんて考えないし。んー……考えるけど、寧ろ都合が悪い時を狙ってくるわけだし……まあ文句は言えないけど」
 腕を組み、ラナロックと天樹と共に部屋へと足を踏み入れる鳳明。と、隣を歩く天樹はハープの横まで進んで行くと、手にするホワイトボードに何かを手早く書き始め、それを二人に見せる。
『眠いから寝る泥棒来たら起こして』
「いやいや、ちょっとは周りを警戒したらどうだろう! ねぇ!?」
 随分とやる気のない自らのパートナーに何とも的確なツッコミを入れつつ、彼女はラナロックの方へと向く。
「うん、まだ細かい事情とかはわからないけど、でも少なくとも私達が何で此処に呼ばれて、何をする為に此処に来たかは分かったよ。頑張るから、安心してね」
「はい。お願いしますわね」
 鳳明の言葉にラナロックはにっこりと笑って返事を返し、「お願いしますわね」と一度お辞儀をすると、その部屋を後にした。
「どうでも良いけど天樹。ホントに寝るの?」
 無言で頷く。
「じゃあ百歩譲ったとしても、何で防衛対象に寄りかかって寝ようとしてるの? もし何かのはずみで倒れちゃったら壊れちゃうかもしれないんだよ? 見たところ高そうな物だし、弁償なんて出来ないからね?」
 その言葉に反応したのか、天樹は至極眠そうな顔のまま、再び手にするホワイトボードに目を落として、文字を書き連ねる。手早く、素早く何かを書き、それを彼女に見せた。
『ファイト』
「いや! それだけ!? それだけを!?」
 余りに簡潔すぎる言葉にツッコミを入れる鳳明だが、もう既に話している相手はうつらうつらと頭を揺らしていたりする。
「はぁ………折角なんだし、少しくらい触っても良いかな、とか、見たときに期待したのに……。これじゃあ少しも触れないよ。触ったら、倒しそうだもの。主に天樹が」
 肩を落とし、ハープが置いてある部屋の中心へと歩んで行った彼女は、三段程ある団参に腰を掛け、部屋を見回す。



 一方その頃。
「良いか。今宵の動きはこうじゃ。まずは妾と『黒の書』が箒で上空から屋敷内に侵入。それと同時に霊とジズプラミャがその軍用バイクで敷地内を走り回り、陽動とする」
 ラナロック邸前にある庭園の隅。クィンシィ・パッセ(くぃんしぃ・ぱっせ)が、自らのパートナーたちである名喪無鬼 霊(なもなき・れい)無名祭祀書 『黒の書』(むめいさいししょ・くろのしょ)ジズプラミャ・ザプリェト(じずぷらみゃ・ざぷりぇと)に向けてこれからの行動を説明していた。
「それにしても、何だってそんなものを狙うのですか? クィンシィ様」
「いやなに。風の噂と言うやつが、どうにも妾の周りをちょろちょろと飛び回ってのう。どうにも鬱陶しかったので、ちとその噂を?いでみた。するとどうじゃ、『呪いの楽器』ではないかと――。妾とてそれをまともに信じるには至らなんだが、それでも出張ってみる価値はありそうじゃ、と思い――のう」
 『黒の書』の言葉に返事を返した彼女は、三人を見回しながらに笑顔を浮かべる。笑顔……とは到底思えない様な妖艶な、しかして何処かあどけなさの残るその笑顔を向けられた三人は、思わず居を但し、彼女の言葉を待った。
「何はともあれ、どうやら妾と同じ目的の物を盗みに来る三人が来る。協力者がいてもおかしくはない。故に、今回は迅速に事を運びたいのじゃ。頼むぞ、皆よ」
「クィンシィ様の、頼ミ、なら。必ずヤ、成就さセて、見せましょウ……」
「ワタシ、頑張る。霊と、一緒。頑張って、皆の注意、引く」
「では、その様に動くとしよう。なるべくならば時間を掛けたくはない故、見つけ次第撤退じゃぞ」
 全員が一度。深々と膝を着き頭を下げると、彼女は手にする箒に跨った。
「それ。作戦決行じゃ。妾と『黒の書』は、怪しまれぬ様に先に上空で待機。暫しの時を経てより、霊とジズプラミャが動き出し他のを合図として、屋敷に突入するのじゃ」
「わかりました、クィンシィ様」
 クィンシィへと返事を返した『黒の書』も、手にしていた箒に跨り、そして二人は暗闇と群青の混じり合う空へと、その身を持ち上げて行く。
「ワタシ、頑張る……」
「行コウ。我々ガ動かねバ、作戦がハじまらン」
 霊は隣にある軍用バイクに跨ると、キーを指してエンジンに火を灯す。
重低音が鳴り響き、同時にジズプラミャが彼の後ろに乗り込んだ。
「サテ、では参ロウか……我々モ」
 一度捻れば、進軍の音色。
 二度目を捻って、忠誠の歌。
 三度捻れば、決意の証で

 四度捻って、彼等は進む。

  アクセルを目一杯に。 使命共々走りだす。




     ◆

 クィンシィ達のいた庭園より離れて数キロ。辛うじてエンジン音が聞こえてくる場所に、彼等は居た。彼女たちは居た。
「……エンジン音……?」
 瞳を閉じ、精神を一点に集中させていた九十九 昴(つくも・すばる)は、微かに聞こえる物音に反応し、ゆっくりとではあるが立ち上がった。
「何だい。随分と耳が良いねぇ……ま、俺も聞こえたんだけどさ」
 彼女の動きに関心したのか、後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)がにやにやと笑顔を浮かべながらにそう声を掛ける。
「それは、まあ。……此処まで静かな場所、ですから。あの程度の、物音……容易にとらえられます、よ……」
「凄いのだぁ! 我もそう慣れたら嬉しいなぁ! ね? 孝高?」
「ん? ああ。そうだな」
 昴の言いに反応した天禰 薫(あまね・かおる)は瞳をキラキラと光らせながら、昴と、そして隣で尚も気に寄りかかったままの熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)へと視線と言葉を向ける。
「大丈夫。慣れれば、出来ます」
 笑顔で彼女へと近づいた昴は、そっと薫の頭に手を乗せてから、顔だけを空へと向ける。
「星の流れが異常。で御座いますね」
 昴の横。九十九 天地(つくも・あまつち)も昴同様に空を仰ぎながら、彼女へと声をかけた。
「嫌な予感……が、する………」
「何を言っちゃってんのよー! もしこれで何もなかったら、朋美ちゃんものすっごいがっかりだかんね! ね!」
 吉木 朋美(よしき・ともみ)が恐ろしいテンションでまくしたてながら、真剣に会話をしている一同に向けてにこにこと言い放つ。と、彼女の隣にいる又兵衛の頭から「ぴきゅう!」と言う泣き声共々に天禰 ピカ(あまね・ぴか)が現れ、朋美の頭に飛び移った。
「うわっ! ビックリしたぁ!」
「こ、こらピカ! あんまり失礼な事はしちゃ駄目なのだぁ!」
「良いんじゃないの? なついてるみたいだし」
 驚きのリアクションを上げる朋美と、ピカを諌める薫を見て、又兵衛は笑ながらにそう言い、近くにいたツァルト・ブルーメ(つぁると・ぶるーめ)へと徐に近付き、声を掛ける。
「どうしたのさ? なんか浮かない顔してんねぇ」
「え……いや。あの。その……別に、そういう訳では……」
「ふぅん? じゃ、まあいいけどさ。ところで、結局俺たちは何しにきた訳だっけか? じいちゃん忘れちゃったよ」
 おどおどするツァルトに首を傾げながらも、誰にともなくそんな質問をする又兵衛。
「いや、だから……ラナロックさんのお家に泥棒が入るかもしれないから、その人たちを追い返すのだ! 我、さっきも説明したのだ!」
「おうおう、そうだったけ? 悪いねぇ、じいちゃん最近物覚えが悪くてさ」
「ふふ……まあ、もしも、その様な輩が本当に出た時は……楽しみにして、おきます」
 彼の横で静かに笑う昴。
「あ! ちょっと待ってよ! あたしの『ヴォルケイノ』が居るよ! ねぇいるよ!? 寧ろあたしに全部任せちゃっても大丈夫だよ!」
「あ…でも争い事は良くないとお――」
「お、落ち着きなさい朋美。此処にいる皆様で力を合わせれば良き事。に御座いますよ」
「えー! あたしが一番目立つんだい! ぶぅ!」
「あ、あの……だから争い事はなるべ――」
「我たちも負けないのだっ! ね! 孝高!」
「おう。そうだな」
 朋美の言葉を天地が諌め、薫と孝高が対抗心を燃やす中、その会話の最中。何とも報われない人物が一名。言葉を全て遮られつつも頑張って声を上げる彼女が一名――。
「なあ、ピカ」
「ぴきゅ?」
「あの姉ちゃん。なんか報われねーな」
「ぴきゅうぅ……」
 話の外からその様子を見ている又兵衛とピカは、会話の中でおろおろしているツァルトを見て、ただただ苦笑を浮かべるだけだ。