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【WF】千年王の慟哭・前編

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【WF】千年王の慟哭・前編

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 霊廟内。ドーム状の大聖堂のような最奥のフロア。
 そこに、ウォルター教授の姿があった。

「さあ、エンヘドゥくん。君の力を貸してくれ」

 ウォルター教授はそういうと、エンヘドゥに向かって手を差し出した。

「……」

 虚ろな目をしたエンヘドゥは、教授の言葉に従ってその手を握り返す。
 彼女は催眠術によって操られ、自我を失っていた。
 教授は、そんなエンヘドゥの手を引いて、大聖堂の中央にある巨大な像――突き刺した剣を支えに勇ましく立つ千年王の姿をした像――の前へと続く階段を上って行く。

「あのお姉ちゃん、可哀そうなの」

 と、ウォルター教授たちの背中を見ていたメイド姿の斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)がいった。

「ハツネもあんまり実験とかは好きじゃなかったから、あのお姉ちゃんに同情はするの」

 そんなハツネの言葉を聞いた執事姿の大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が、鼻で笑う。

「同情だァ? 珍しい事をいうじゃねぇか、ハツネ」
「うん、だからね……いざとなったら、あのお姉ちゃんが死ぬ前に壊してあげるの」

 ハツネがクスクスと笑う。
 そんな彼女をみた鍬次郎は、”やっぱりいつもとかわんねぇーな”と心の中で思った。

「マリアンヌさん、ウォルター教授は一体なにを?」

 と、ハツネと同じようなメイド姿の天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が、隣に立って事の成り行きを見守っていたマリアンヌに聞いた。
 だが、マリアンヌは何も答えない。

「僕たちのようなものに言う必要はない……そういうことですかね? マリアンヌ――いえ、Mさん?」

 Mと呼ばれたマリアンヌは初めて葛葉の言葉に反応し、視線を動かした。
 葛葉は口の両端を吊り上げる。
 過去にウィアード・ファウンデーションの事件に関わったことのあった彼女は、悪人商会の情報網を使って、その組織に探りを入れていた。

「――天神山、お主もプロならば依頼主への余計な詮索はしないことじゃな」

 と、葛葉と同じ悪人商会に所属する裏家業者・辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、静かにいった。
 彼女はまだ小さな子供だったが、とても落ち着いている。

 そんな刹那にたしなめられた葛葉は、眉をあげてウォルター教授たちへと視線を向けた。

「そうですね。詮索はよしましょう。ですが……前回の報酬はあなたの所為で貰い損ねたので、今回は協力者としてそんな事のない様にお願いしますよ?」
「……」

 マリアンヌことMは、葛葉に向けていた隻眼を細めた。
 その瞳には警戒の色が滲んでいる。

「さあ、エンヘドゥくん――ドゥアトの扉を共に開けようではないか!」

 と、階段を上り終わったウォルター教授が声をあげる。
 彼とエンヘドゥの目の前には、床に魔術式の描き込まれ、中央にはアンクの形をした十字架の立つ祭儀場が広がっていた。
 そして教授は、脇に抱えていた黒い皮表紙の書物を設えられていた台座に置いて開き、聞きなれない呪文のような言葉を唱え始める。
 すると、その言葉聞いたエンヘドゥは目を見開き、プログラムされたことを実行する機械のように祭儀場の中へと足を踏み入れた。
 教授の口にする呪文にあわせ、千年王の前で妖艶な神楽舞を踊るエンヘドゥ。
 それは、古代カナンより伝わる神官の儀式での舞。
 神聖なる巫女でもあるエンヘドゥのその舞に反応し、床に描かれた魔術式が妖しげな輝きを放つ。

 ――オオオオオオ……ッ!

 どこからともなく、地の底から響くような咆哮があがる。
 それを聞いた教授の言葉とエンヘドゥの舞が激しさを増していく。
 教授が口にした呪文を音楽に見立て、エンヘドゥは身体をうねらせる。
 そしてそのふたつの交わりが強くなるにつれて、太陽の出ていた空は雲に覆われ、地上は翳りはじめた。
 光の差し込む作りだったこの霊廟内も、光を失い、暗闇に覆われていく。

「……来る」

 と、Mが上を見上げた。
 それに釣られるようにハツネや鍬次郎、葛葉、刹那も上を仰ぎ見る。

「千年王のシュトよ――その姿を現せッ!」

 両手を振り上げて叫んだウォルター教授の声が、大聖堂に谺する。
 すると、その声に導かれるように一筋の雷が落ち、聖堂内を激しく照らした。
 その雷に照らされて、聖堂内に巨大なドラゴンの影が浮かび上がる。

「来たか! ふははっ、待っておれ――もうすぐおまえを呼び戻してやるぞ、千年王!!」
 ウォルター教授は悪魔に取り付かれたような笑みを浮かべてそういった。
 すると、そんな教授に答えるかのように、千年王の影が恐ろしい咆哮を上げた。