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リアクション
【ウラジオストクからモスクワへ】 〜 富永 佐那(とみなが・さな) 〜
「これで、300!」
富永 佐那(とみなが・さな)の振り上げた【レーザーマインゴーシュ】が、カラ松の大木を根本深く切り裂く。
それによって大きくバランスを崩したカラ松は、大きな音を立てて倒れた。
「こっちは粗方終わりました!そちらはどうですか!?」
佐那は周囲を見回して取りこぼしがないのを確認すると、バックパックのショルダーハーネスにつけたマイクに向かって叫ぶ。
彼女の周りは、辺り一面切り株だらけだ。
佐那は森林火災の延焼を食い止めるための除去消火――つまり、森林の伐採――を行なっていた。
森林の延焼を防ぐために、燃えている箇所に隣接する森を、事前に伐採しておくのだ。
話は、今朝に遡る。
ウラジオストクからモスクワまでの7泊8日の鉄道の旅。
その5日目の朝、いつものように食堂車で朝食を摂っていると、突然列車が止まった。
(アレ……?こんなところに駅なんてあったっけ……?)
現在位置は、駅と駅。
初めのうちこそ(まあ、多少の遅延はロシアなら日常茶飯事だし……)などと思っていたが、30分待っても全く動く気配がなく、しかも車内アナウンスすらない。
周りの乗客さすがにいらだった表情を見せ始めた頃、車掌が食堂車へとやって来た。
「あの、どうして動かないんですか?」
横を通り過ぎようとした車掌をつかまえ、話を聞く佐那。
車掌は、一瞬面倒くさそうな顔をしたものの、彼女が外国人だと気づき、
「この先で起きた森林火災で発生した煙のせいで、視野が確保出来ないんです」
と、若干態度を改めながら言った。
「森林火災って――!もしかして、いつになったら動き出すかわからないんですか?」
「ええ、そうです。煙がどうにかならない限り、一日でも一年でもずっとこのままです」
車掌はそれだけ言うと、食堂車の奥に消えていった。
程無くして、車内に先程聞いたのと同じ内容のアナウンスが流れる。
違うのは、手近な駅に移動するか、それともこのままここで状況が改善するのを待つか、検討中という話だけだった。
(このままここで待ってろっていうの!?モスクワ発の飛行機の予約、もう済ませてるのに!)
現在佐那は、天御柱学院を休学し、姉妹校である聖カテリーナアカデミーに留学している。
このシベリア鉄道でモスクワまで行った後、アカデミーのあるイタリアまで飛行機で行くつもりで、既に予約を済ませているのだ。
焦燥に駆られて外を見れば、火災に追われて逃げてきたと思しき人々が、荷台に荷物を満載にして移動していく姿が見える。
どうすれば、帰りの飛行機に間に合うのか。今、自分に出来ることは何か。そして、自分は、何を為すべきか――。
一つの結論に辿り着いた佐那は、一直線に車掌の元に向かうと、強い決意を込めてこう言った。
「消火の手伝いがしたいんです。地元消防の連絡先を、教えてくれませんか?」
『こちらはまだ伐採が終わっていない!手が空いたなら手伝ってくれ!』
無線機の向こうから、悲鳴にも似た声が聞こえて来る。
「わかりました。すぐに向かいます!」
佐那はそれだけ言うと、【空飛ぶ櫂シレーナ】に跨った。
上空から見ると、火災の状況が手に取るように分かった。
そこここで煙が上がっているが、たった今佐那が除去消火を終えたところでは、延焼が止まっている。
(この調子でいけば、延焼を食い止められる!)
除去消火に手応えを得た佐那は、煙の元に頭を向ける。
そこに、援助を求める消防隊がいるはずだ。
「何としても、今日中に鎮火させてみせます!」
佐那はシレーナを一気に加速すると、火元へ向かって飛んでいく。
佐那の八面六臂の活躍の甲斐あって、火災は夕方までには鎮静化。
再び運行を開始したシベリア鉄道は、体を張って火事を食い止めた佐那のために、通常の1.5倍のスピードで爆走。見事に遅れを取り戻すことに成功する。
こうして佐那は、ギリギリのタイミングで予約した飛行機に乗ることが出来たのである。
そして後日。
イタリアの佐那の元に、「勲章を授与したい」という州知事からの申し出があったが、佐那はそれは固く固辞した。
ただ、帰り際に消防士たちと撮った一枚の写真のみが、大切な旅の記念品となっている。