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ハイナのお茶会 in 明倫館

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ハイナのお茶会 in 明倫館

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   六

 九十九 昴(つくも・すばる)は深く息を吸い込み、吐き出すと同時に両手を大きく突き出した。【風術】により、吊り橋がゆっくり、ゆらゆらと揺れ出す。
 しかし、サンドラが反対側から抑え込んでいるため、あまり揺れは大きくならない。こう着状態だった。
 昴は、天地が新入生に興味があるというのでこの妨害工作に参加した。これまでのところ、耀助の実力は――不明だ。那由多に関しては、かなり戦闘能力が高いらしいと分かっている。
 元々平気な質なのか、マスターニンジャとしての修行ゆえか、どちらかと言えばただの馬鹿という気もするが、耀助はあまり物事に動じないタイプのようだ。高い場所も平然と、ひょいひょい橋を渡っている。
 ――と、耀助の耳の傍を何かが通過した。弾丸だ。しかし耀助は眉一つ動かさない。
「……気づいていないのでしょうか……?」
 昴は訝しげに眉を寄せた。
【隠れ身】で身を隠した上月 鬼丸(こうづき・おにまる)もまた、首を傾げた。耳元を掠ったなら、音が聞こえるはずだ。
 姿を消したまま、こっそり三人――耀助、那由多、それにくっついている大蛇――の傍に近づく。ぎし、と桁が音を立てた。
 那由多の戦闘力については、既に鬼丸も知っていた。大蛇は悪魔らしいし、何をされるか分からない。一番弱そうなのは、耀助だ。
 外見に似合わず臆病な鬼丸は、ターゲットを耀助に定めた。背後からこっそり近寄り、両手で突き落とそうとし――全く手応えがなかった。
「近づくときは、音も消した方がいいぜ?」
 いつの間にか、鬼丸の後ろに耀助がいた。突き飛ばそうとしたのは、彼の分身だったらしい。
「チャオ」
 とん、と耀助が軽く、鬼丸の体を押した。鬼丸は真っ逆さまに、落ちて行った。


 練を落とした後、レティシアは「破光翼剣」を、叩き割った桁から引き上げた。
 ちょうど、耀助、那由多、大蛇がそこに辿り着いた。
「えぇと……? お二方が耀助さん、と那由多さん……ですか?」
 すかさず耀助がさっと片膝をつき、どこからともなく花を差し出した。
「葦原明倫館新入生の仁科耀助です。そのキュートさにオレのハートは撃ち抜かれたぜ。ぜひオレとお友達に」
「?? えぇと……お友達、ですか? 私で良ければ構いませんが??」
「よしゃ!!」
 耀助はガッツポーズを作ったが、実際のところ、フレンディスにはナンパされたという意識はない。言葉通り、先輩として「お友達」になるつもりだった。
「お主、耀助と言ったな? 我に勝てれば一晩でも二晩でもつきあっても構わぬぞ?」
 フレンディスの横にいたレティシアにそう言われ、耀助の目が輝いた。
「マジすか……? もしやオレ、モテ期到来!?」
 ちなみにレティシアの言う「つきあう」は、剣の修行のことである。
「仁科殿!」
 殿を務めていた銀澄がずかずかと前に出ると、耀助に詰め寄った。
「貴殿はこの会がどれだけ大切かお分かりか! 明倫館に在籍する以上、総奉行主催の会を失敗させるわけにはいかぬのですよ!」
「そんな大げさな。たかが女子会じゃないか」
「たかが!!?? たかがと言いましたか!?」
「こ、言葉の綾だよ、言葉の綾」
「どこがです!?」
「分かった分かった。真面目にやればいいんだろ?――というわけでお二人とも、デートの約束したいのは山々なんだけど、今は急ぐんで、通してもらえる?」
「残念ながら、そうはいきません。任務を妨害するお役目を承りましたものでして、僭越ながらここから先は私たちのお相手をして頂きたく……お覚悟を」
 フレンディスは忍び刀を抜いた。レティシアは「破光翼剣」を振り上げる。
「覚悟しろ!」
「させません!」
 しかし、狭い吊り橋の上、大剣は振り下ろすか動きようがない。剣は飛び出した銀澄の脇を掠めた。髪が一房ぶつりと千切れ、宙に舞った。だが、銀澄は顔色一つ変えない。
「あらよっと」
 桁に食い込んだ「破光翼剣」の上に耀助は飛び乗った。重い水を背負っているというのに、まるで体重を感じさせない。
「ではまた」
 剣を蹴り、フレンディスの頭上を飛び越える。
「逃がすか!」
 しかし「破光翼剣」は桁にはまったまま、ビクともしない。銀澄が懐に飛び込んだ。小柄な彼女が、見る見るうちに大きくなっていく。【鬼神力】だ。レティシアの手首を掴み、「破光翼剣」を動かせないようにする。
 フレンディスは耀助を追おうとした。だがその時、吊り橋が大きく揺れた。
 橋の出口で待機していた伊達 黒実(だて・くろざね)が、【破壊工作】で吊り橋を支えるメインケーブルとハンガーロープを切ったのだ。
「御免よし。みんな仲よう落ちておくれやす」
 言葉ほどには悪いと思っていないようで、満面の笑みを浮かべている。
 ぶち、ぶちぶちとロープやワイヤーが切れる音が聞こえる。
「やばい!! 走れ、那由多!!」
「うん!」
 那由多は大蛇の手を握り、引っ張った。大蛇はわけが分からぬまま、走り出す。
「銀澄!」
「ここはお任せを!」
 銀澄はレティシアの前から動かない。フレンディスはワイヤークローを掛け目掛けて撃った。
「レティシアさん!」
「我に構うな!」
 レティシアは銀澄との力勝負が楽しくて仕方がなかった。決着を付けぬまま、逃げるわけにはいかない。二人は睨み合っている。フレンディスは命じられるまま、逃げた。
 耀助は那由多と大蛇の体を抱え、走り出した。目にも留まらぬ速さだった。
 ようやく橋に這いあがった氷藍は、逡巡し、幸村と共に引き返すことにした。既に蔓の部分は全て切れ、ワイヤーもどんどん細くなっている。ビンッ、ビンッと空中に弾かれ、鞭のようにしなる。
「間に合わない……! 氷藍、俺を蹴るんだ!」
「幸村!?」
「俺を蹴って飛べ!」
「しかし、そんなことをしたら――」
「俺は大丈夫だ。行け!」
 幸村は目を細めた。言葉はきついが、いつもと変わらぬ優しい目を。氷藍は頷いた。幸村の手に足を乗せ、蹴ると同時に【バーストダッシュ】で橋を駆ける。背後で、ワイヤーが空を裂く音が聞こえた。


 吊り橋の一九〇メートル下は、緩やかな川だ。深さもそれなりにある。ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)は、川に落ちた者たちを拾い上げていた。常人ならばショック死するかもしれないが、契約者であれば心配ない。
 鬼丸がゲイルの横で、嬉々として竿を操っている。
 ゲイルはメモを取り出した。
「仁科 耀助−戦闘能力不明なれど、身体能力高し。仲間を気遣う様子有り。龍杜 那由他−仲間思い」


 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は一人で町に来ていた。今日の彼の仕事は「パシリ」である。
 最初は茶器セットを持って来いと言われた。届けると、砂糖が足りないと言われた。二度手間になるのは嫌だったので、他にないか尋ねると、抹茶、塩、お酢などが次々に出てきた。
「俺が訊かなかったら、どうするつもりだったんだろう……」
 多分、何度でも行かせたんだろうな、と想像して唯斗は嘆息した。
 前日もハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の命令であちこち飛んで回っており、二日続けての使い走りは、戦闘より疲労が残る。
「ただ今帰りましたよ、お嬢様方ー。確認して、他の人のを持って行かないでくださいねー」
 登山道側からケーブルカーを使って頂上に荷物を届けると、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に「ラスベリーを買って来い」と言われた。