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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.9 托鉢(1) 


 場面は再び庵々に戻る。
 庵々では、苦愛が托鉢体験希望者へ説明をしているところだった。
「えっと、托鉢体験の人はね、ここから各自街に出てもらって、実際にお金を集めてもらうの。方法は、なんでもいいよ!」
「……托鉢っていうか、集金みたいな言い方」
 説明のアバウトさもさることながら、苦愛のストレートな表現にぼそっと呟く式部。その彼女に、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が話しかけた。
「あ、あのっ!」
「え?」
 最初の声が少しどもってしまった夢悠。女性に話しかけるのが緊張したのだろうか。元々彼は、女性の相手が苦手な節があった。
 ところが、声をかけられ振り向いた式部が目にしたのは、ひとりの少女だった。そう、彼もまた、場所や目的は違えど女装をしていたのだ。
 本当に、空前の女装ブームなのかもしれない。
「托鉢に、行くんだよね?」
 女装した夢悠が、式部に尋ねる。彼女が首を縦に振ると、夢悠は切り出しづらそうに言った。
「よ、良かったら一緒に行かない? ひとりだと、心細くって」
 一見ナンパにも聞こえるその言葉だが、決してそうではない。夢悠の目的、それは苦手とする女性を克服することにあった。
 自分にも女子力がつくくらい女性のことを知れば、きっとそんな弱点だって克服できるはず。
 そう考えた夢悠は、桃幻水の力を借り、女装した上で尼寺体験に参加していた。
 そしてそのことが、式部にとっては幸いした。
 なぜなら彼女もまた、男性を微妙に苦手としているからだ。きっとこれが男性からの誘いであれば、式部は警戒していただろう。外見だけとはいえ女性となった夢悠に、式部は少し心を許した。
「う、うんいいけど……あなたは?」
 式部に自己紹介を促され、夢悠は一瞬考えてから、女の子としての名前を名乗った。
「軽短夢己(かるみじ・ゆめき)。夢己って呼んで」
「ゆめきちゃんね、分かった。それで……」
 式部は目の前の夢己に尋ねた。
「手段は、どうしよう?」
「あ」
 そうだ。誰かと一緒にやろうってことしか考えてなくて、方法を考えるのを忘れてた。
 夢悠はその質問に答えられず、そのままふたりは、どうやったらお金をもらえるのかを考えているうちに時間だけが過ぎてしまうのであった。



 さて、他の托鉢参加者はどこへ行き、どんな手段を選んだかというと。
 木賊 練(とくさ・ねり)とパートナーの彩里 秘色(あやさと・ひそく)は、商店街の広場へとやってきていた。
「木賊殿が修行に興味を示してくれたのは、とても嬉しいです」
 隣で何やらごそごそと準備している練に向かって、秘色が言う。
「いやー、修行ってどんな感じかなって思っただけなんだけどね」
 どうやら練は、秘色が思っているほど修行に関心を寄せていたわけではなさそうだった。とはいえ、実際にここまで来て体験に参加もしているのだ。彼女なりに楽しもうとはしているのかもしれない。
「私としては、滝行をおすすめしたかったのですが……」
「やだよ、ものすごい冷たそうだったじゃん」
 あっけらかんとした口調で言う練。しかし彼女が托鉢を選んだ本当の理由は、「どうせならお金を稼ぎたい」というなんとも現実的なものだった。
 それを秘色もどこかで察していたのかもしれないが、理由はなんであれ自分が打ち込めるものの方がいいだろうということで、托鉢にお供することを決めた次第である。
「まあ私は、普段から侍の修行をしているので座禅も滝も托鉢も苦ではないのですが」
「……」
 侍の修行レパートリーに、そんなのあったっけ。
 練はひっそりとつっこみながら、準備を進める。
 やがて準備が終わると、練は秘色に説明をしてみせた。
「これから、このイコプラを使って人形劇みたいなことをやろうと思うんだ」
「イコプラで……劇を?」
「うん、普段からいじってるし、扱い慣れてるしね。それでギャラリーが集まったら、お金も集まるかなって」
「それで、劇の内容はどのような?」
「やっぱり定番ってことで、桃太郎とかがいいんじゃないかな。ひーさん桃太郎やって。あたし語りとか、それ以外全部やるから」
「わ、私が桃太郎を……!」
 心なしか、瞳を輝かせながら秘色が言った。
「よし、じゃあ早速始めよっか」
 言って、練がイコプラを配置させる。そして彼女の口から、馴染みのフレーズが発せられた。
「むかーしむかしあるところに……」

 時を同じくして、奇遇にも騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は練らがいる商店街にいた。
 しかしイコプラを使って派手に人目をひこうという彼女たちとは異なり、詩穂は何やらマッチを手に淋しそうな表情をしている。
 唯一人目をひきそうなものといえば、彼女が着ているメイド服くらいだろうか。
 淋しげな表情にマッチ、メイド服……ここで、あるキーワードが浮かび上がってきた。おそらく多くの者が、それを浮かべただろう。果たしてそれは、合っているのだろうか。
 詩穂が、口を開く。
「マッチは、いかが。マッチは、いかがですか」
 合っていた。詩穂は、もろにマッチ売りの少女をパロっていた。たぶん彼女の頭の中で、托鉢から真っ先に連想したものがそれだったのだろう。
「お願い、一本でもいいんです。誰か、マッチを買ってください」
 何度となく、そう声を上げる詩穂。
 その様子から、まだ一本も売れていないことが見て取れる。
「きっと居酒屋のレジに置いてある、安っぽい紙マッチだからだわ。あと、禁煙ゾーンの増加も無関係じゃないはずよ」
 詩穂は社会的な発言を織り交ぜながら、あくまでマッチ売りの詩穂として托鉢を続けていた。
 本物さながらにぷるぷる震えながらマッチを売る詩穂だったが、いまいち何に震えているのかよく分からない。季節的に、そこまで寒いなんてことはないはずなのに。
 もしかしたら、なにかやばいタイプの震えなのかもしれない。
「このあたりでは、誰もマッチを買ってくれないのね」
 そう言って、詩穂は震える体を動かそうとする。その時だった。
 ブオン、と彼女の目の前を、一台のスパイクバイクが走り抜けていった。
「危ない!」
 慌ててよけようとした詩穂だったが、その拍子に転んでしまい、はずみで靴が足から抜け、飛んでいってしまった。
 それは、母のお古の靴で、詩穂には大きすぎるサイズだったが、彼女が持っているたったひとつの靴だった。という体で彼女は話を進めた。
「どこに、靴はどこに行ったのかしら」
 懸命に辺りを探す詩穂だが、靴は見当たらない。それもそのはず、彼女の靴は、スパイクバイクに乗っていたガラの悪いお兄さんがどさくさに紛れて盗んでいってしまったのだ。
 探しても見つからないので、諦めようとする詩穂。しかし神は彼女を見捨ててはいなかった。
 ガラの悪いお兄さんは、ガラの悪い運転で商店街を爆走しているうち、ちょうど練と秘色のイコプラ桃太郎の演劇をやっている広場を通りかかったのだ。
 劇は終盤、鬼と桃太郎の激しい戦いのシーンに差し掛かっていた。
「鬼め、覚悟!」
 秘色の拳が、イコプラに当たる。それを受けて、練は、反撃とばかりにイコプラにアクロバティックな動きをさせ、広範囲に攻撃を仕掛けた。
 それが、偶然にもガラの悪いお兄さんを巻き添えにしたのだ。
「あっ、ギャラリーに当たっちゃった」
 練が思わず劇を一時中断して、ガラの悪いお兄さんに近寄る。お兄さんは完全にのびていた。その懐からは、詩穂の靴がぽろりとこぼれ落ちている。
「ん? これなんだろう」
 練がそれを拾い上げる。この後彼女は無事詩穂に靴を届け、詩穂もまた無事大事なものを取り戻すことが出来たのだった。めでたしめでたし。
 なんだこれ。



 その頃、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、彼女たちから少し離れたところで、道行く人に声をかけていた。
「お願い! お金が必要なの! 誰か、お金ちょーだい!」
「どうか、協力してもらえませんでしょうか?」
 これまでの参加者たちに比べれば、美羽とベアトリーチェは比較的まともに托鉢に励んでいる方であった。
 注目を集めるためか、美羽が普段にもまして超ミニスカートなのが若干気になるといえば気になるが。
「うーん、やっぱりなかなか難しいね」
「簡単すぎても、修行になりませんしね……美羽さん、頑張りましょう」
「うんっ! よーっし、もっといろんな人にどんどん声かけてこーっと!!」
 これまで多くの人に声をかけてはいたが、成果はいまいちであったふたり。そこで彼女たちは、これまで以上に精力的に、声をかけてみることにしたようだ。
「あ、美羽さん、あの人たちはどうでしょう」
「どれどれ?」
 ベアトリーチェが指さした方を、美羽が見る。そこにはいかにもタイツやパンストのことばかり考えていそうな細身の男性と、いかにもアイドルグループのことばかり考えていそうなメガネの男性のふたり組がいた。
「よしっ、じゃあ私、声かけてみるね!」
 あまり期待できなそうな通行人ではあったが、美羽は躊躇せずふたりに声をかけた。
「そこのお兄さんたち! お願いなんだけど、少しでいいからお金くれないかな?」
 ともすればカツアゲチックなセリフである。そして男性ふたりから返ってきた答えは、美羽を満足させるものでは到底なかった。
「君、見たところ生足のようだが……それにお金は出せない」
「僕、桃色のアイドルにしか興味ないから」
 それだけを言って、スタスタと去って行くふたり組。美羽は、悔しそうにぷるぷると肩を震わせていた。
「み、美羽さん……?」
 ベアトリーチェが慰めようと近寄る。しかし彼女に励まされる前に、美羽は自分で立ち直っていた。
「なによ、あんなダサい男たち! 私の魅力が分かんない方が間違ってるんだから!」
 怒りをエネルギーに変え、美羽はめげずに再びターゲットを探す。
「もうとにかく、変な人でも危なそうな人でもなんでもいいから……」
 言いかけて、美羽は言葉を止めた。
「ど、どうしたんですか?」
「ちょっ、ちょっとアレ……」
 美羽がゆっくりと遠くを指さした。道の向こうからだんだんこちらに向かってきたのは、妙な格好をしたロボっぽいなにかや、明らかに化粧を間違えている不気味な男性、さらにスキンヘッドのOLにゴスロリマンボウなどバラエティに富みすぎた面々がいる集団だった。
 もちろん中にはまともな者もたくさんいたが、あまりにもそれらが目立ちすぎていて、まるでモーゼのように商店街の人々に道を空けさせていた。
「美羽さん、あの方たちにも声を……?」
「いやっ、アレは無理っ!!」
 美羽とベアトリーチェはそのまま、彼らの勇ましく、それでいて珍妙な後ろ姿を見送った。