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リアクション
エピローグ9
数日後 某所
ツァンダでの戦闘より数日後。
パラミタのとある都市の一角にあるカフェのテラス席で、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)はとある人物を待っていた。
傍らには相棒であり護衛の鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の姿。今回、睡蓮が待っている相手はそれだけ危険な相手ということだ。
今回、睡蓮が接触を図ろうとした相手はあくまでも謎の勢力。その為、先日の戦闘、その際の分析で得られた情報を元手にして何とか彼等に接触する糸口を掴まなければならなかった。
結城来里人と鏖殺寺院、この辺りのデータは他校にもあるとして、それらと自分の持っているコネクションを利用して睡蓮は、その相手にある程度根回しを行っておくべきだと判断した。
その為の手段を考えた睡蓮は、ヴィクター・ウェストの助手という立場を利用することにしたのだった。寺院を始めとした裏社会の事情に精通した彼の助手という立場なら、ある程度の接触手段は手に入れられるものと思ったのだ。
睡蓮の試みは功を奏し、こうして彼女は今、その相手を待っている。
それからしばらくして、テーブル上のカップに注がれたコーヒーに睡蓮が口を付けようとした時だった。
「失礼、水無月睡蓮様とお見受けします。少々――よろしいでしょうか?」
唐突に声をかけられ、睡蓮は口を付けかけたカップをソーサーの上に置く。声のした方に振り返る睡蓮。その先にいたのは、丁寧な物腰でインテリ貴族のような風貌の男――鏖殺寺院・エッシェンバッハ派のスミスだった。
「ええ。お待ちしておりました。あなたが鏖殺寺院・エッシェンバッハ派の方ですか?」
するとスミスは丁寧な動作で一度頷く。
「左様でございます。私のことはスミスとお呼びください」
睡蓮から椅子をすすめられ、腰を下ろしたスミス。スミスは腰をおろすなり、対面に座る睡蓮へと問いかけた。
「さて、早速ですが本題に入らせて頂きます。単刀直入にお聞きしますが、一体なぜ、貴方という人間がどのようなおつもりで我々エッシェンバッハ派にコンタクトを取られたのか、その辺りをお聞かせ願えますか?」
一見すると相変わらず丁寧な物腰のスミスだが、その裏に何か底しれぬものを本能的に感じて睡蓮は息を呑む。努めてそれを悟られないようにしながら睡蓮は口を開いた。
「謎の機体……九校連は“フリューゲル”と呼称しているあの機体の解明に心奪われ、彼らの戦いをあなた達の側から観察したい――そう思ったからですよ」
本心としては緊張で震えそうになるが、それをおくびにも出さずに睡蓮は続ける。
「第2世代機の最先端であるジェファルコンの壁を打ち破った“未来の”技術……非常に興味があります」
ここまでは予想の範囲内なのか、スミスは特に驚いた様子も動じた様子もない。緊張を悟られまいとする気持ちと、泰然自若としたスミスと互角の土俵に立ちたいという気持ちから、睡蓮はあえて超然とした態度で喋り続ける。
「そう、天御柱学院の技術を総動員して作られた機体を軽々と凌駕してみせたあの機体、謎のメカニズム。禽竜、アレもそうだったのかもしれませんが、しかし教導団の管理下で私達の得られるものは少ないでしょう。だからもっと間近で見せてもらう必要がある……」
超然と言い放った後、余裕を装ったまま睡蓮は更にまくし立てた。
「流石に一技術者・研究者の熱意や知識、見聞だけでは取り合っていただけないでしょう。なら、戦力の足しとして私の{ICN0003857#厳島三鬼}と、先日の戦闘時に分析担当として得られた成果や資料を材料の一つとしてそちらに供出しましょう。もっとも、それがあなた方の小判になるかはわかりませんが――さて、どうでしょうか?」
自分が出せる条件をすべて提示し、睡蓮が口を閉じると、重たい沈黙がしばし続く。ややあって、先に沈黙を破ったのはスミスの方だった。
「良いでしょう。ただし、申し訳ありませんが、いきなり正式な同志というわけにはいきません。我々の組織の特性上、そこは平にご容赦ください」
申し訳なさそうに言うスミスに対して、睡蓮は動揺を押し隠したまま、平静を装って答える。
「ええ。無論、そうした事情は存じておりますので。それで、どのような形で私達を迎え入れてくれるのですか?」
睡蓮の問いかけにスミスは即答した。
「まずは外部の協力員という形で……こう言っては失礼ですが、貴方がたが信用に足る人物であるということを示して頂きたく思います。その上で、改めて我が主の判断を仰がせて頂くことになるかと」
睡蓮はあえて大仰なほどに満足げに頷いて見せた。ここで不満がある素振りなど相手に見せてはいけない。
「構いません。ならば、私達は手始めに何をすれば?」
するとスミスはまたも即答した。
「貴方がたは今後もしばらくは九学連の一員として彼等に協力し、その内部情報を我々に流して頂きたく思います。今後の作戦行動予定から、我々に対する対処に関することに至るまで――ありとあらゆる情報を我々に流して頂ければ助かります」
淀みなくスミスが説明を終えると、睡蓮は席から立ち上がった。
「委細は承知しました。これで契約成立ですね」
立ち上がり、スミスに向けて手を差し出す睡蓮。スミスも立ち上がると、彼女が差し出してきた手を握り返す。
「恐れ入ります。では、まずは外部協力員という形ではありますが、水無月睡蓮様、我等……鏖殺寺院・エッシェンバッハ派は貴方を――歓迎します」