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第四章


 外の騒ぎから外れ、静寂に包まれている本堂の奥。
 のはずだが、「どこだ?」「探せ!」とアニキの命令でモヒカンたちが騒がしく辺りを漁っていた。
「海くんはどこですか?」
「ここからだと見づらいな……」
 それを追って来た柚と三月。物陰に隠れ、友達の姿を探そうと身を乗り出した瞬間、
「そこに居るのは誰だ!」
 モヒカンの一人に見つかってしまった。
 仕方なく歩み出る二人。
「柚に三月か」
『海(くん)!』
「先生、お知り合いで?」
「友人だ」
「海くん、一体ここで何をしているんですか?」
「それは……」
 口ごもる海。
「僕達にも言えないことなの?」
 それでも三月は尋ねる。
「おっと、そこまでにしてもらいましょう」アニキは言う。「先生は今、俺たちの用心棒。あんたたちに邪魔はさせないぜ。というわけで先生、お願いしますぜ」
「……わかった」
 両者対峙する。
「海くん……どうして?」
 切実な柚の問いにも無言のまま、海は戦闘の構えを取った。

 動けない彼らを見て、もう一人雇われた用心棒の刹那は、
「ここに隠し階段があるのじゃ。さあ、早く奥へ」
 ばれないようそっと耳打ちしてアニキを促す。
「見つけたか! でかしたぞ! 高い金を払った甲斐があったぜ!」
 言葉に従い、隠された地下室へ。
 その奥の台座に恭しく置かれている木箱を発見した。
「おお! これがクソ坊主の宝か!」
 両手で持ち上げ、喜びの声を上げる。
「後は無事に脱出するだけじゃな」
「それもお願いしますぜ?」
「心得ておる」刹那はもちろんだと頷く。「高円寺が抑えている今がチャンスなのじゃ」
 木箱を脇に抱え、今来た道を戻る二人。

 階段を上がった先では、未だ動けずにいる三名。
「先生、目的のものは手に入れましたぜ! 後始末、宜しくお願いします!」
 一目散に脇をする抜けていくアニキたちモヒカン組。そこに刹那も紛れているが、海たちは気付いていない。
 そうして残された海、柚、三月。
「海、そろそろ理由くらい教えてくれてもいいだろ?」
「そうだな」
 海は今まで重たかった口を開く。
「ここには和尚の宝が置いてある。いや、もうあったと言うべきだ。オレはその手助けをしている」
「それって要するに……」
「泥棒……だね」
 そんな事実があるなら言いづらくもなる。だけど、二人は納得しない。
「でも、どうして……」
「ああ。海ならそんな悪事に手を貸したりしないだろ?」
 海を知っているからこそ出てくる疑問。それにも理由があった。
「オレには一宿一飯の恩義がある。それを返さなきゃいけないんだ」
 お腹を空かせ、行き倒れていたところを助けられた海。務めは果たさなければならない。
「恩を感じて、か……らしいといえばらしいけど。それももう終わりなんだろ?」
 宝はモヒカンたちの手に渡ってしまった。
「だったら、僕達を手伝っても問題ないよな?」
 そう提案するが、海は重々しく頭を振る。
「契約は無事アジトにたどり着くまでだ。すまないな」
「だからと言って、悪いことはしちゃいけないです……」
 頑なに拒む海を尚も説得しようとする柚だが、そこで三月にある案が浮かんだ。
「それなら大元を断てばいいんだ」
「どういうことです?」
「つまり、宝を和尚さんの手元に戻すか、モヒカンたちを懲らしめればいいんだ」
 そうすれば、海を縛る柵は無くなる。
「それは名案ですね!」
「待ってろよ海。今自由にしてやる!」
「二人とも……すまん」
 友のため、柚と三月は息せき切ってモヒカンを追い始めた。


 ところは戻ってメインステージ。
 やぐらの上でマイクを持ち、
「皆さん! テンションをあげていきましょう!」
 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)は力の限り声を震わせた。
 そのまま司会のように話し出す。
「『炭坑節』? ノーノー! 炭鉱が今、どこで栄えていますか?」
 チッチと指を振り、聴衆に言葉が浸透するのを待つと、
「時事風刺は心のアンテナが社会に向いていなければ理解も皮肉も判らない高等修辞ね」
 つまりはこの場にミスマッチだと言いたいのだろう。
「だから私は『河内音頭』を謡うよ! この曲は元来は鎮魂歌ね。これなら聖歌隊に居た私の信仰の証を示せるね。それに、とってもいいリズム!」
 喋っているうちにロレンツォ自身のテンションも上がってきた。
「私も踊り手さんに負けないだけの歌、歌うよ。さあ、レッツダンシン!」
 そして始まった河内音頭タイム。


 え〜 さ〜あぁては〜 いちぃざ〜の、みなさ〜ま〜よ〜お〜〜


 その歌に、「エンヤコラセー、ドッコイセ!」と合いの手を重ねるアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は気付いたことを尋ねる。
「鎮魂歌っても、ロレンツォにとっちゃ異教徒の儀式じゃないの、コレ?」
 イタリア出身のロレンツォ。
 確かに、鎮魂歌といってもこれは仏教でカトリック教とは関係がない。
 それでもラテンの血はこう言い切り、
「問題ないね。歌は世界を超えるね!」
 先程よりもコブシのきいた歌い方を披露する。
「ま、あなたがいいって言うならいっか」
 担当の太鼓へ向き直り、身体一杯使って叩くアリアンナ。
 ロレンツォと呼吸を合わせ、時に歌声を重ねる。


 ちょい〜と でまし〜た、わた〜し〜は〜


 魂の声をシャウトするロレンツォ。
 そのせいか、音楽も狂乱化。日本語に加え、出身のイタリア語、英語にドイツ語と、言語チャンポン状態。
 それに、意外と踊りの激しい『河内音頭・新聞詠み』。
 スタミナ切れの脱落者が次々と出る。
 その中に、先刻捕まったモヒカンの下っ端が、浴衣に坊主頭で混ざっていた。
「やっぱり、皆楽しくが一番だよね!」
 満足げに見守るのは美羽。彼女の考えた罰とはこのことだった。
「でも、一人足りない気がする」
 隣で同じように見ていたコハクがそう漏らすと、
「スカウトされて行ったんだよ」
 美羽は可愛くウィンクを返した。