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リアクション
【四 2022年 巨乳の旅】
五色の浜のカラフルな色合いに負けじと、バンデグリフト家から持参したビーチパラソルも、七色の派手な色合いで突き刺すような強い陽射しに対抗しつつ、心地よい陰を砂浜上に落としている。
そしてその陰の下では、ビーチチェアーに寝そべっているコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)が、水着姿でのんびりとトロピカルジュースで喉を潤している。
「夏といえば海……というのはよく分からないのですが、きっとこれが、しもじもの間ではよくある風景なのでしょうね」
どこか感慨深げに呟くコルネリアだが、実際のところ、夏=海という図式も単なる受け売りに過ぎない。
そんなコルネリアの左右には、全身から水蒸気をもうもうと上げながらも甲斐甲斐しく仕えるアイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)と、何故かデジカメに神経の半分ぐらいを持っていかれてしまっている水着姿の森田 美奈子(もりた・みなこ)の両名が控えていた。
コルネリアに海云々を吹聴したのは、美奈子である。
「そうでございますよ、お嬢様。夏といえば、やっぱり海! もう、ここは天国ですわ! あ、勿論、違う意味ですよ。本当に天国に行きたい訳ではないですよ」
どこか支離滅裂な台詞をまき散らしながら、美奈子はしきりにデジカメのシャッターを切りまくる。
美奈子自身は、一応はコルネリアに仕える身としてそれなりに傍らに侍ってはいるものの、とにかく彼女の目はデジカメのファインダーとほとんど一体化してしまっており、水着に収められた慎ましやかな胸の女性をひたすら追いかけて、うへへへと妙な笑みを漏らし、挙句には口元から涎とも汗ともつかぬ妙な液体を垂らす始末であった。
そんな美奈子のデジカメのレンズが、別のビーチパラソルを何気に捉えた。
バンデグリフト家のものよりも更に優雅で、どこか芸術的な美しさすら感じさせる淡い色合いと、シャンデリアを彷彿とさせる形状の豪奢な作りのビーチパラソルであった。
いや、単純にビーチパラソルだけであれば、ここまで美奈子の注意を惹きつける筈もない。寧ろ、問題はその周囲にあった。
誰が造り上げたのかは分からないが、巨大な氷の一室が、そこに現出していたのである。
この強烈な陽射しの中では、定期的に補強を繰り返さなければならないだろうが、その労力を差し引いても、巨大な氷室は実に快適そのものの空間を提供してくれている。
その氷室の中には真っ白な桐材で組み上げられたデッキチェアが鎮座し、年若い美少年が、妖艶な笑みを湛えながら左右に侍る男達(こちらもまた妙に美しい、それも耽美な程に)と談笑している姿が映った。
美少年は、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)である。
そして左右に侍して何かと世話を焼いているのは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)とリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)の両名であった。
「まぁ……凄いですわね。あんなのをお造りになるなんて」
美奈子が珍しく、女性以外の存在に意識を囚われていることに気付いたコルネリアが、驚いた様子でその氷室に対し、感嘆の弁を述べた。
汗なのかオイルなのかよく分からない液体で全身のメイド服をびっしょりと濡らしつつ、アイリーンが思慮深げに小さく頷く。
「見事なものですね。こちらもああいうものを用意すれば、もう少し快適に過ごせたのかも知れませんが」
とはいえ、バンデグリフト家の面々の中には、あれ程の氷室を創造するような技量を持ち合わせるものは、現時点では皆無である。
今後の参考に、とアイリーンは首筋から白い水蒸気をあげながら、手早くメモに収めていた。
一方の氷室内では、随分と若返ったように見えるエメが、嬉しくて堪らないといった様子でジェイダスと歓談を楽しんでいるものの、何故か魔法使いというフレーズが飛び出してきたところで、周囲の氷室以上に冷たく強張った表情を浮かべ、文字通りその場で凍りついてしまっていた。
エメは冗談で口にしたつもりだったが、ジェイダスもリュミエールもその隠語が指す意味をまるで理解しておらず、完全に自爆した格好になってしまっていたのである。
「もう少し、詳しく教えてくれないかな? 今後の参考の為に、ね」
ジェイダスは意地悪そうに含み笑いを漏らしながら、顔を引きつらせているエメに言葉の続きを促した。
エメはエメで、折角希望通りに若返ったというのに、この表情では却って老け顔に見えてしまい、折角の海水効果を自ら打ち消してしまうという暴挙(?)に出てしまっていた。
「えぇっと、その……つまり、ですね。魔法使いとは、この年になるまで他人と深く付き合ったことがないっていう意味になるのです……そのぅ、主にベッドで、の話ですが……」
内心で(いわせないで下さいよ!)と悲鳴を上げているエメだが、結局のところ、これは自業自得である。
諦めて、己の失敗を受け入れる以外に無い。
「ホスト喫茶の支配人が魔法使い、ねぇ……」
流石にリュミエールも、呆れ果てていた。
手にしていたデジタルビデオカメラの録画を止め、幾分同情的な視線をエメに向けるものの、ジェイダスは可笑しそうにくすくすと笑い続けるのみである。
「まぁ折角なんだし、その、魔法使い卒業をジェイダス様におねだりしたら?」
「えっ……ええええええ!?」
何気なく口にしたリュミエールの提案に、エメは驚き焦っている仕草を見せたが、内心では物凄く希望している自分が居る。
尤も、今でこそ確かに海水効果で若返ってはいるエメだが、もともとの肉体年齢差を考えると、少々犯罪的な臭いがしないでもない。
と、そこへ。
「何だか、随分楽しそうですね〜」
キャンバスを小脇に抱えて、師王 アスカ(しおう・あすか)が氷室の前にひょっこり顔を出してきた。
流石に、女性を前にして魔法使いだの、お相手提案だのの話を続ける訳にはいかない。
エメとリュミエールは傍から見ても気の毒になる程の白々しさで、慌てて視線を明後日の方角に向け、素知らぬ顔を必死に作りながらトロピカルデザートをつまみ始めた。
「?」
何ともいえぬ妙な雰囲気に、アスカは小首を傾げて不思議そうにジェイダスへと視線を転じるが、ジェイダスはただ苦笑するばかりで、何も語ろうとはしない。
尤も、アスカにとってはエメやリュミエール達がジェイダスとどのような会話を交わしていたのかはあまり重要ではない。
アスカ自身は自らの務めを果たす為に、この氷室前へと足を運んできたのに過ぎないのである。
「ジェイダス様、ご所望の絵を描いてきました」
いいながらアスカは、キャンバスをデッキチェア前に差し出した。
そこには、笹飾りくんが落下させた巨大な星と、五色に染まる海面とが色鮮やかに描き出されており、エメやリュミエールでさえ、思わずはっと息を呑む程の見事な完成度を示していた。
「済まなかったね。こういう景色は写真に収めるよりも、絵で表現して貰った方が何かと風情があるからね」
ジェイダスのこのひと言は、アスカの芸術家魂を少なからず刺激した。
出来ることなら、ジェイダスの為にもっと色んな絵を描いて差し上げたい――そんな思いが、アスカの胸の奥にふつふつと湧き起こってきている。
そんなアスカの心理を見抜いているのか、いないのか。
ジェイダスは嬉しそうに五色の浜の絵を眺めながら、ふと何気なく囁きかけた。
「いっそ、観世院家付きの絵師になってみないか? 私はいつでも、大歓迎だよ」
「あ……は、はいっ!」
思わずアスカは、反射的に頷いてしまった。
が、これは決して、アスカにとって困るような提案ではなかった。
ところで、水着コンテスト開催の為の準備は、着々と進められている。
大勢のボランティアが会場の設営や、大会実施時の人員配置などについて色々と動き回っているのだが、それ以外にも、純粋に水着コンテストを個人レベルで応援しようという動きも、少なからず見られる。
滝宮 沙織(たきのみや・さおり)も、そういった個人レベルでのコンテスト応援団のひとりと数えられるが、しかし彼女の場合、その動機はかなり特殊である。
(女体化した男子のグンバツなスタイルを、是非とも拝んでいかなきゃ!)
その発想は、多分に腐女子成分が占めているといって良い。
沙織としてはとにかく、一日限定の女性となっている男性を逆ナンに近い形で何とか掴まえ、色々弄り倒したいという強烈な欲求で動いている。
人間の欲望というものは、時として凄まじいパワーを発揮するものであるが、しかし必ずしも良い結果に結びつくとは限らない。
沙織の極限にまで高められた集中力は、何人かの一日限定女子の存在を見抜いた。
その第一号が、レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)であった。
ほとんど事故に近い形で女体化してしまったレギオンだったが、こんな機会はなかなかないだろうということで、ついでだから水着コンテスト女子の部に参加することになっていた。
パートナーのカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)などは当初、女体化レギオンが自分以上にナイスなスタイルを見せていることに対し、どうしようも無い程の劣等感というか、嫉妬のようなものを覚えていたのだが、いざ女体化レギオンが水着コンテストに出るという段に及ぶと、積極的にレギオンをサポートしようという心境になっているようであった。
そんな女体化レギオンを、沙織が最初のターゲットに選んだ。
「ねぇねぇ! そこのキミさ! ちょっと良いかな!?」
沙織が猛然たる勢いで接近してくるのを、レギオンとカノンはぎょっとした表情で眺めている。
一方の沙織は、熟練のハンターが獲物を仕留めるが如く、するすると近づいてきてレギオンの大きく膨らんだ胸元に視線を固定した。
「うっ……な、何だ!? そんなに珍しいものか?」
「そりゃそうだよ! だって男子に乳がついてるんだよ、乳が!」
半ば興奮気味に叫びながら、沙織の細い二本の腕が、レギオンの胸元へとにゅっと伸びた。
慌ててカノンが間に割って入り、沙織の魔の手の前に立ちはだかる。
「何、勝手に触ろうとしてんのさ! 駄目だよ、駄目駄目! レギオンのおっぱいはね、コンテストの為の大事な商品なんだから、おいそれと触って良いものじゃないんだよ!」
「えー、そんなこといわないでよー。ちょっとぐらい良いじゃない。本当に女の子になってるのか、見てみたいじゃない」
いや、今のは『見る』のではなく、どう考えても『触ろう』としていたようにしか見えないのだが。
ともあれ、沙織は必死に食い下がろうとするものの、カノンは頑として首を縦に振ろうとはしない。
「駄目なものは、駄目! 他を当たって頂戴!」
ぴしゃりと撥ねつけられ、沙織は渋々、引き下がるしかなかった。
しかしよくよく周囲を観察してみると、女体化した男子はほとんど例外なく、本来の性別の女子と同伴しており、沙織が付け入る隙は微塵も無さそうであった。
これは、沙織にとっては由々しき事態であり、全ての計算が根底から覆される問題であった。
「どうしよう……男子の乳が揉めない……それにこのままだと、男子と女体化男子の熱い絡みも拝めないじゃないの……」
どうやらこの沙織、相当にとんでもないことを考えていたようである。
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