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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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ザンスカールの夏休み

 
 
「さてとですぅ」
 隣で寝ているエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を起こさないようにするりとベッドを抜け出すと、神代 明日香(かみしろ・あすか)は寝室を出ていった。
 メイドとしては、大切な朝の時間だ。
「今日は、フレンチトーストにするですぅ」
 パカンと割った卵に白いシュガーとバニラビーンズ。さらりとかき混ぜて裏ごしすれば、ちょっぴり甘めなカスタードソースのできあがり。
 スライスした焼きたてのフランスパンをたっぷりのカスタードソースに浸して、しっとりしみしみに。
 アルミ製のフライパンに、バターを一切れ、とろーりとろけてパン投入。こんがり焼き目をつければできあがり。
「お紅茶は、特性のキャラメルフレーバー♪」
 テーブルの上が一気に華やかになる。
「さあて、いつまでもおねむはいけないですぅ」
 そうつぶやくと、神代明日香がエリザベート・ワルプルギスを起こしに行った。
 
    ★    ★    ★
 
「着陸する」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)が、マルコキアスの高度を下げて世界樹に近づいた。
 イコン発着枝に舞い降りると、フィーニクスタイプのマルコキアスの脚部で、床の突起をしっかりと掴んで機体を固定する。
「着きましたわね」
 思いっきり足をのばしてイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がマルコキアスのタラップを降りてくる。そのそばに、ワイルドペガサスのレガートに乗ったティー・ティー(てぃー・てぃー)がふわりと着地した。
 床に降り立つティー・ティーの足許をスピアドラゴンがにょろにょろと這い進んでいった。
「さあ、メイちゃんたちを捜すぞ」
 イコナ・ユア・クックブックとティー・ティーをうながすと、源鉄心は世界樹の中へと入っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「さてと、みんな無事にでかけていったよね」
 寮のドアを閉めてから、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)がちょっとほっとしたように言った。
 ちょっと足を縺れさせながら、五百蔵東雲がソファーに倒れ込んだ。
「少し……。早く治さないとね……」
 熱っぽいが、それはいつものことだ。とはいえ、みんなに心配させない程度には回復していないといけない。
 見あげると、天井が見える。
 静かだった。
 静かだ。
 ちょっと……、いや、凄く淋しい。
 静かな部屋。
 突然、咳き込む声が部屋の中に響き渡った。
 ――聞かれなくてよかった。
 手についた赤い物をあわててティッシュで拭いながら五百蔵東雲がつぶやいた。周囲に飛び散ってしまった血を、後で気づかれないようにあわててぬぐい取る。
 ――臭いはどうしよう。
 わざとらしいとは思いつつも、消臭剤で血の臭いを消す。パートナーたちは、血の臭いには敏感だろう。
「早く、いつも通りに、戻らなくちゃ……」
 そうつぶやいて、五百蔵東雲が再び天井を見あげた。戻れれば……。けれども、本当なら、とっくに……。
 五百蔵東雲は、ただパートナーたちの帰りを待ちわびた。
 
    ★    ★    ★
 
「世界樹に来たのは久しぶりですわ。以前、魔石を預けに来たとき以来かも」
 イコナ・ユア・クックブックが、以前茨ドームでの事件の後に来たことを思い出して言った。
 実は、その魔石というのがけんちゃんの欠片の入った物であった。
 詳しそうな者を探していて、偶然出会ったビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)に預けることとなったのである。
「少しは進展があったのだろうか……」
 メイちゃんたちのことも含めて、源鉄心たちは、その後の進展を聞きに来たのである。
 寮枝にさしかかると、突然一室の扉が開いたので、源鉄心たちはあわてて飛び退いた。
すすすすみません、すみませーん
 中から現れた高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が、自分も少し驚いて、あわてて謝った。
「大丈夫ですよ。それに、ドアは内開きでしたし」
 ティー・ティーが、安心させるように高峰結和に言った。
 高峰結和としては教導団から久しぶりに世界樹へ里帰りし、まだ残っている自室の掃除を終えたところであった。やることは済ませたので、会いたい人を捜しにいこうと気が急いでいて、廊下を歩いていた源鉄心たちとぶつかりそうになってしまったのだ。
「そうだ、ビュリさんはこの辺にいるかな?」
「ビュリさんですか? 私も久しぶりに戻ってきたので……。そういえば、ここに来るとき、宿り樹に果実の方へ行くのを見かけたような……」
 パートナーと別れた後、なんとなくビュリ・ピュリティアの姿を見かけた気がして、高峰結和が答えた。
「ありがとう。では、そこに行ってみる」
 源鉄心はそう礼を言うと、ティー・ティーたちを連れて宿り樹に果実にむかった。
「私も、ちゃんとあの人を捜さなきゃ」
 会いたい人のことを思い出すと、高峰結和は小走りにルーン学科の教室を目指した。もし世界樹にいるのであれば、その周辺にいるはずだ。
「いるかなー。いるかなー」
 期待半分、ドキドキ半分で、教室や資料室や準備室などを次々に覗いていく。ちょっとこそこそしているので、まるで泥棒みたいに挙動不審だ。
「いない……。今日は、学校に来ていないのかな……」
 淋しそうに高峰結和がつぶやいた。あの人の姿を一目見られるだけでいいのに……。
 教導団に留学したのは間違いだったのだろうか。そうとは思わないが、たったそれだけのことで、実際の距離が心の距離になってしまったらどうしよう。そんなにも、脆く儚い関係だったのだろうか。
「どうかしたですらか?」
 ズンズンと通路を進んできたキネコ・マネー(きねこ・まねー)が、高峰結和に気づいて訊ねてきた。
いっ…いえっ大丈夫ですっ
 あわてて、高峰結和が答える。
「そうですらか。何かあったら、遠慮なく言うですら」
 なぜかドンと胸を叩くと、キネコ・マネーが高峰結和のように教室の中を次々に覗きながら去って行った。どうやら、キネコ・マネーも誰かを捜しているようだ。
「それにしても、なぜ、あの人じゃなくて、巨大招き猫を……」
 見つけてしまったんだろうかと、ちょっと落ち込む高峰結和だった。