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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●それでも、あなたらしく

 なんとも平板な小山内 南(おさない・みなみ)のボディーを、桜色の水着が飾っている。ワンピース、装飾の少ない大人しい柄だが、その控えめさがまた、そっと野に咲く花のようで彼女らしいとも言えた。
「…………」
 南は、盗み見るような視線でそばに立つローラ・ブラウアヒメルの姿を確認している。南のものとどことなく似たデザインのワンピース水着だ。しかし色が違えば、そしてもちろん着る者が違えば、受ける印象はずいぶんと異なるのだった。大変におおざっぱな表現を使うならばローラはゴージャスであった。赤い水着は胸元がはち切れそうで、スーパーモデルなみの体躯にぴっちりしたラインがなんとも官能的だ。これでローラとは年齢がほぼ同じというのは、南にとってますます納得しがたいことである。
「どしたんや南ちゃん?」
 と声をかけられ、南の背は一直線に伸びた。
「なんや黙ったからなんか考えごとかと……?」
 歯を見せて七枷 陣(ななかせ・じん)が笑った。彼の水着は、グレー地に青い炎のモチーフが入ったものだ。
「べ、別になにも考えてません!」
 なぜか南は怒ったような声を上げたが、「なーんて♪」と軽く舌を出して笑った。
「ローラさんに憧れてたんですよー」
 屈託なくも彼女はそう言ったのである。
「ワタシ? 憧れる? なにがか?」
 ローラ本人はキョトンとしているが、陣はうんうんと腕を組んだ。
「そら仕方ないなー」
「ちょっとくらいフォローして下さいっ」
 南はゲンコツを作ってぶつ振りをする。
 そのまま陣と南は、並んでプールサイトを歩いた。明るい陽差し、暑いが水に飛び込めば爽快、なんとも水泳日和ではないか。
「誘ってよかったかな。元気な南ちゃんが見れた」
「皆さんのおかげです。陣さんにもお世話になりっぱなしで」
「いや、世話になった、というならオレだって、前の交流会のとき……南ちゃんに助けてもらったと思ってる参照
「たいしたことしてないですよ。それより、陣さんも元気になったようで、良かった」
 陣は、ふっと微笑した。
「南ちゃんに好かれる奴はきっと幸せ者やな」
「えっ……?」南は足を止めていた。
 陣も止まって、
「オレはそう思うよ」
「あの……私……」
「オレも彼女持ちやなかったら、惚れとったかもな?」
 ここで陣は破顔一笑した。そして、南のボブカット頭をわしゃわしゃと撫でたのである。
「あくまでそれくらいえぇ娘やでぇ……! って伝えたいだけやからね? 誤解すんなよなー」
「誤解? それよりは弁解したほうがよろしいのでは? ご主人様」
 ふと背中に殺意の波動を感じて陣は振り返った。
「それとも十戒にいたしますか? 『汝、浮気っぽい言動をするべからず』
 小尾田 真奈(おびた・まな)だった。真奈の顔は笑っているが目元に暗い影がさしており、心なしか髪がわさわさと逆立ちはじめているように見える。真奈はメイド服モチーフの白いビキニだ。頭のカチューシャはそのままで、水着のあらゆるパーツはフリルで飾られていた。
「いや真奈……モーゼの十戒にそんな条文ないと思う……」
「いいのです。『小尾田真奈の十戒』ですから」
「初耳やで」
「今作りました」
 字面だけなら楽しい会話のように見えるかもしれないが、真奈のピリピリぶり、そして陣の怯えぶりは尋常ではない。真奈は片手をのばし陣の首の後ろをつかむと、
「当家のご主人様がご迷惑をおかけしました」
 南に(これは心からの)にこやかな笑みを見せると、陣を片手で運んで椰子の木陰に消えた。
 ……魂が抜けたように呆然とこの一部始終を見守っていた南の耳にやがて、ぱんっ、と痛そうな音が一音響いた。
 木陰の向こうでは陣に、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が中腰の姿勢でとうとうと説いていた。
「陣くんも変に意識させるような言い方はダメだと思うなぁ。南ちゃん良い娘なのは分かるけど、一応ボクたち婚約までした身なんだから。はいりょってのをして欲しいよぉ」
 頬を膨らませるリーズと対称的に、うなだれる陣は正座させられているのである。
 なお、リーズは銀色に赤をうまくあてはめたツートンカラーの水着姿で、キャミソール状の肩紐がチャームポイントになっているということは書いておこう。
 リーズとともに仁王立ちして真奈が言う。
「ご主人様、考えなしに軽薄なことをおっしゃいますと命にかかわりますよ」
「いやあれはほんのジョークで……」
「言い訳はいりません」
 鬼もとい真奈が、内側にマグマをたたえた火山のような口調になったので、もう陣は反論しなかった。
 
「南ちゃん!」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が手を振って駆け寄ってきた。南はクレアとは親友だ。互いの水着を褒めあう。クレアの白い水着には大きなリボンが胸元についており、キュートかつ優雅である。
「ビーチボール、持ってきたんだ。これで遊ぼうよ」
 クレアは満面の笑みを浮かべて、スイカ型のビーチボールを南に見せた。
「わたくしも参加させてもらってよろしいでしょうか?」
 ミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)も姿を見せた。ミリィはビキニだ。星のマークを散らした紫のパステルカラー、どんな素材が使われているのか、ビニールのような光沢はあるが布は柔らかで、着心地はかなり良さそうだ。
「あれ? 涼介さんは?」
 クレアとミリィがそろっっているのに涼介の姿がない。不思議そうに南が問うと、
「お父様はみんなで遊んでおいでって、さっきからデッキチェアでゆっくりしてますわ。ほら、あちらに」
 ミリィの言う通り、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は籐で編まれた涼しげなチェアで休憩しており、南の姿に気がつくと手を振った。傍らには音楽プレーヤーを設置して、悠々とくつろいでいる様子だ。
「さあ、行くよっ」
 とクレアの上げたボールを、南は両手でトスした。
「はい」
 南が返すと、今度はクレアは、やはりボールと共に問いを投げたのである。
「そういえば、南ちゃんに聞きたいことがあったんだ。南ちゃんっておにいちゃんのことどう思ってるの?」
「え……っ!?」
 慌ててボールをレシーブして南は言った。
「尊敬する先輩です。目標としたい人の一人ですね。クレアさんは?」
「え、私?」
 クレアはビーチボールを受け損ね落としてしまった。
「私は今の関係……お兄ちゃんと妹、ってつながりかたに満足してるよ。すごくいい距離でいるから」

 流れる音楽はいずれも、懐かしいという形容詞の似合う昔の流行歌だ。なかには涼介が生まれるより前に人気を博した曲もあるが、不思議なノスタルジーを彼は感じている。特にテーマを定めて音楽をチョイスしたわけではないのに、夏をテーマにしたナンバーや、そうでなくても涼しげなナンバーが主流になっていた。選曲するにあたり、涼介は無意識に夏を意識していたのだろうか。
 やがてクレアとミリィ、そして南は、「ワタシも入れて」とやってきたローラを交え、四人できゃっきゃとバレーをはじめた。といってもバレーボールではなくビーチボールを使うので、ボールことスイカ玉はふわふわと、軌道の読めない飛びかたをする。
 なにを話しているのか、少女たちは遊びながらずっと話し、笑っていた。
 そんな少女たちの様子を眺めているうち、涼介は保護者のような気持ちになるのだった。いや実際ミリィについては保護者であるし、クレアもローラもまだ心は幼い。南だって、成熟していると言い切るのは早計ではないか。
「どないでっか?」
 急に声をかけられ、涼介は現実に引き戻された。
 人形ほどのサイズのカエルが、二本足でたって涼介を見上げているのだった。彼はゆる族のカースケ、南のパートナーである。
「楽しんでいるよ」
 どうぞ、と涼介が手をさしのべると、「あーどっこいしょ」と実にオヤジくさいかけ声とともに、カースケはデッキチェアの縁にに腰かけた。
 涼介も南にカースケを紹介されてはいるが、こうやって話したことはなかった。せっかくの機会なので会話を楽しむことにしよう。
 カースケは単純な顔つきながら、遠くを見るような、あるいは慈しむような目をしていた。
「若いもんが楽しそうにしてる姿は、活気があってよろしおすなぁ」
「そうだね」
 涼介も『若いもん』に入るはずだが、気楽に彼はカースケに相づちを打って、
「それにしても周りはカップルが多いね」
 独り言のように言った。
「私も結婚をしているので恋をすることはいいことだと思っている。恋愛は人を強くすることも優しくすることもできるからね」
「涼介はんエエこといいますなあ。実際、どないですのん? クレアはんとミリィはんは?」
「どう、って……? ああ、恋愛という意味? それはまだ、ちょっと先のことになりそうかなあ。南ちゃんも?」
「長い間そばを離れていたワイが言うのもあれやけど、まだまだ南も、『恋に恋する』状態にすぎひん感じや。『あこがれ』が恋とごっちゃになってるようで」
 相通じるものがあったか、涼介とカースケは顔を見合わせて笑った。
「クレアやミリィ、南ちゃんもそうだけど素晴らしい人と出会って、人としても大きな成長をしてもらいたいよね」
「そうやねえ」
「今はただ、彼女たち三人が伸び伸びと過ごせるようにしないとね。そのための保護者なんだし……って、本当に最近、父親役が板についてきたなぁ。前は優しいお兄さんとか先輩だったのにな」
 苦笑いする涼介の背を、小さな手でカースケがぽんと叩いた。
「それは涼介はんが成長した証や。おっと、『老けた』言うてるんとちゃいまっせ」
 などとカースケは笑わせる。ところで彼って何歳なんだろうと、ふと涼介は思ったりもした。
「まあ、今の立場も悪くはないけどね」
 真面目な表情になる。
「もちろんご存じと思うけど、クランジの事件のせいで南ちゃんから笑顔が消えた時期があったよ……。二度とそんなことがないように、私たちで支えていきたいよね」
「まったくや。わいもがんばるけど、今後とも頼んまっせ」
 二人はまだ当分、『保護者』役をすることになりそうだ。

 ところで南はいつの間にやらミリィに手を引かれ、クレアとローラはもちろん、陣にリーズ、真奈にも付き添われてウォータースライダーへの階段を昇っていた。
「名物ウォータースライダー、どうせなら一番早くてスリリングなのに乗ろうよ南ちゃん!」クレアはそう決めて、命知らず(?)にどんどん行く。
「Enjoy the Stairway to Heavenってやつやね♪」陣が南の背を押しながら応じた。
「他人ごとのようにおっしゃってますが、私たちも滑るんですよね……」真奈は『超・危険!』とある看板を見上げて多少不安げな顔をし、
「死なば諸共的に楽しんじゃおうかな。ア〜イキャン……フラ〜イ♪ って感じで」リーズが告げると、
「フライ……? エビフライ?」ローラは真剣にそんなことを言ったりした。
「いえそうじゃないと思います……」ミリィはそんなことを言っていたが、はたと立ち止まった。
「あれ……本当にやるんですか?」南も同じ気持ちだったようだ。
 一瞬、このモスト・デンジャラスなスライダーに挑戦する命知らずの姿が見えた。
 なんというか凶暴なスピードだ。阿鼻叫喚、「え?」と思ったときにはもう、その姿も声も遙か向こうに遠ざかって消えた。まるで幻だったかのように。
「やっぱりやめま……」
 振り返ろうとした南の肩を、目をキラキラさせてミリィが押さえていた。
「楽しそうですわね」
 ミリィは上気した顔で言った。彼女の瞳にはまるで嘘の色がない。
 果たしてミリィはこの事態を本当に楽しんでいるのか? それともわかってないだけか?
 ……という謎を明らかにする前に紙幅が尽きた。
 それではいったん、真昼のスプラッシュヘブンから視界を動かすとしよう。

 次は幕間、つづいて夜の部をお送りする。