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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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「辻永が死んだか。一度手合わせしたかったが、残念だ……」
 左翼の中段辺りに部隊を配備していた第三十八団長のマルクス・リヴィウス・サリナトルは、鶴翼の先頭で戦っている第三軍団がじりじりと後退してくるのを見て、自軍の兵を前進させようとしていた。
「敵兵力が、まとめて両側に来たな。右翼と左翼への集中攻撃を選択したということか……。それは構わんが、総司令は軍を再編し直すか、布陣を移動させるかどちらだろうか」
 マルクス・リヴィウス・サリナトルは、シャンバラ教導団のギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)の身体を借りて、この世界に降臨していた。
 紀元前219年と紀元前207年に執政官を務めたローマ共和政期の政治家であり、軍人としては、ハンニバル戦争中に北イタリアや南仏属州の防衛を担当した。クラウディウス・ネロと共に、メタウロの会戦においてハンニバルの弟ハシュドュルバルを敗死させた功績を持つ。
 その経験がこの戦いで生きるであろうか……。
(あるいは、敵は、平原には抑えの兵だけを置き、主力部隊は森林地帯を抜けて信長の本陣を衝こうとする気かもしれんと思っていたが、結構本気で攻撃してきたな。まあ、大歓迎だし、その時は、こちらも平原の敵を蹴散らした後、ハイナの本陣を強襲してやるだけだがな)
 彼は、自信に満ち溢れた様子で、戦術を考える。
 敵が森を通り外側から回り込んでくる可能性も十分に考えてある。
 森を利用した奇襲を防ぐなら、森林地帯の外周部に火をかけて焼き払ってやればよい。敵は隠れ場所をなくし慌てるだろう……。
「よし……、善は急げだ。今の内に森に火を放て。潜伏している敵がいたらあぶりだしてやれ」
 マルクス・リヴィウス・サリナトルの指示により、さっそく火計が実行される。部隊を何人かに分けて放火作業に取り掛からせ、ゴォォォと火を放つと、辺りが燃え始めた。
「これでよし、あとは敵が慌てて飛び出してくるのを迎え撃つだけだ」
 さっそく敵が飛び出してきた。
「森に火をつけた悪い奴らをやっつけろ!」
 木々の間から、石つぶてが飛んできた。慌てて盾で防ぐ歩兵たち。
「森の奥に何者かがいるぞ。迎え撃て!」
 マルクス・リヴィウス・サリナトルは姿を隠した敵の正体を見極めようと、大胆に兵を押し進める。
 その奥から、今度は茶色く柔らかめの塊が連続で飛来して来た。
「ぎゃああああっっ!?」
 肉体的にはダメージを受けていないのに、兵士たちは悲鳴を上げる。
 ほんのりほかほかの茶色い物体が、大切な盾にどろりとへばりつく。
「こ、これは馬糞……!?」
「な、何てことしやがるんだ、奴らひでぇ……!」
 兵士たちの間に動揺が広がる。武器での攻撃よりも嫌な感じだ。 
「第二弾、いけぇ!」
 森の中に潜んで号令をかけているのは、シャンバラ軍の遊撃部隊として参加していた鳴神 裁(なるかみ・さい)だった。
 森の中を進軍し、敵を翻弄すべく待ち構えていたのだが、森林の生態系を破壊する放火行為に怒っているらしかった。
 彼女の声と共に、自然にやさしいエコロジーな攻撃が襲い掛かってくる。
「ぐああああ!」
 敵を追って森に入った兵士たちはたじろぐ。次に飛んできたのは腐った卵だった。肉体的ダメージは皆無に等しいが、精神的には大打撃だ。悪臭が辺りを包み込む。
「そんなものに惑わされるな。構わず押し込め!」
 マルクス・リヴィウス・サリナトルは兵を鼓舞し、敵を追わせた。古代ローマの重装歩兵たちは一列横隊になって、逃げる場所を防ぎながら真っ直ぐ突き進んできた。
 馬糞は本当は泥団子なんだけどね、とチロッとイタズラっぽく舌を出して、裁は【隠行の術】で姿を消す。
 燃え広がりつつある炎をかいくぐりながら、第三十八軍団の兵士たちは姿を見せぬ敵を探索し始めた。
 そんな彼らを狙って、またしても木々の間や樹上から石つぶてや硬い木の実がわらわらと飛んでくる。
 裁が率いているのは兵種的には歩兵なのだが、剣や槍は捨てエコロジー攻撃に特化しているようだった。1000人の部隊を50人ずつ20組に分けて森の中に散開し、木々の間や繁みの陰に隠れて待ち構えている。
 印地部隊という、石つぶての技術に優れた者たちを集めた部隊らしいが、飛んでくるのは石ばかりではなかった。
 第三十八軍の兵士たちが迫ってくると、さっと逃げていってしまう。そしてあらぬ方向から馬糞や腐った卵が飛来してくるのだ。
【隠行の術】の他にも【妖精の領土】を使い、見え隠れしながら挑発する裁。兵士たちは敵を捕らえられずに苛立ちばかりが募っていく。バラバラ飛んでくる石は、当たってもすぐに死にはしないが痛い。ストレスに悪い、士気を下げる戦法だった。
 兵士たちは精神的疲労を募らせ士気を落としている。次第に混乱し始めた。
 さらには、そこへ放火で燃え盛る木々の間から一陣の風が部隊を切り裂いていく。
「うわぁ、何だあれ!?」
 兵士たちは目を丸くする。
 仕掛けてあったワイヤークローによるワイヤーアクションで樹上から強襲をかけてきたのは、裁のパートナーのジュピター・ジャッジメント(じゅぴたー・じゃっじめんと)だ。イコンフェオンを装着し、イコンアビリティで攻撃してくる。
「食らえ、【神木の杖】!」
 などと言いながら、なぜか【サンダービーム】で一撃を加えてくる。
 その後、ワイヤークローを木の枝に引っ掛けながら仏斗羽素を吹かしての大ジャンプで樹上へと離脱していき、見えなくなった。
「小細工に翻弄されるな」
 マルクス・リヴィウス・サリナトルは変則攻撃に戸惑う兵士たちを叱咤し体勢を立て直す。
「よし、落ち着いて対処せよ」
 と……。
「……?」
 ヒュン、とマルクス・リヴィウス・サリナトルの頬を何かがかすめて通り過ぎていった。彼の背後で、うめき声を上げながら、兵の一人が倒れる。
「弓隊だ!」
 倒れた兵士の首筋に矢が刺さっているのを見て、兵士たちがざわめいた。
「……バカな。こんなに近寄られるまで気付かなかっただと!?」
「だって、あなたたち森のほうばかり見ているんだもの」
 そんな声が聞こえたような気がした。
 前方の右斜め前辺りの繁みから姿を現す敵兵の姿に、マルクス・リヴィウス・サリナトルは表情を変える。
 タイミング的にはちょうど、左翼で狂信者集団と第二軍団、第十二軍団辺りが戦い始めた時である。
 あの連中の背後からもう一つ部隊がついてきていたのだ。
 次の瞬間、横に長く展開された敵の弓隊から、無数の矢が雨あられと襲い掛かってきた。その数、1000。
 1000の弓隊を率いていたのは弥狐のマスターの奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)だった。
【武将イラスト保有者】のれっきとした『弓隊』なのであった。
 シャンバラ軍のサポート役と参戦していたのだが、まさか最前列で戦う羽目になるとは思わなかった。ハイナも無茶をさせる……。
 いや、ここで【シェーンハウゼン】の右翼軍団を長時間足止めするのが目的なので、十分に他の部隊の援護にはなっているか。
「第二波、行くわよ! 撃て!」
 彼女の号令で、1000の弓隊が第二軍団に一斉に矢を射かける。 
 横隊に陣取らせた部隊から、『指矢懸かり』の戦法で放たれる矢の嵐に、歩兵のみで構成された第二軍団は固い防御陣形を取ったままその場に耐え忍ぶのみだ。
『指矢懸かり』は、野戦で鉄砲隊とも撃ち合いできる速射性に優れた弓戦術だ。一種の弾幕戦術で、敵の動きを封じ込めるのに適していた。
「相手に隙を与えず撃ち続けるのよ!」
 弓隊を指揮しながら、兵士たちの士気を高めるため元気の出る小唄を口ずさむ沙夢。
 緊張と規律の極限の中に身をおく古代ローマ兵たちの神経を逆なでするのに十分なくらいの余裕っぷりだ。
「全員、防御体制を取れ! 盾で防ぎながら、粘り強く耐えるんだ」
 と、マルクス・リヴィウス・サリナトル。
「オレのことをもっと早く呼んでくれよ」
 忘れてはいけない。この部隊には、無双武将や飛び道具の敵と戦えるイコン装備の護衛役を引き受けるサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)がいたのだ。
 イコンニーベルンゲンで武装しており、すぐさま敵を押し止めるべく突進していく。
 このまま盾になってもいいが、相手はひ弱な弓兵。隙を見て一掃してやろう。そうサミュエルが考えたときだった。
「……!」
 不意に、あらぬ方向から攻撃が飛んでくる。
「【疾風迅雷】+【ブラインドナイブス】!」
【隠形の術】で繁みに身を隠し、【殺気看破】で警戒していた忍者雲入 弥狐(くもいり・みこ)は、サミュエルに攻撃するなり、またすぐに姿を消してしまう。
「くっ」
 彼はすぐに気を取り直し、弓隊との
 ズボリ。
 足を踏みはずして体勢を崩してしまった。
「……!?」
 良く見ると、周囲に罠が張り巡らされている。弥狐の【トラッパー】効果らしい。
「もういっちょ、【ブラインドナイブス】!」
「ちっ、ちょこまかしやがって……!」
 大きなダメージを受けた上に、相手の姿を見失ってしまったサミュエル。自分自身もスキルを活用し、急いで【ミラージュ】で身を守り【ヒプノシス】や【鬼目】で弓隊を大人しくさせようと試みる。
 弥狐は、隙を探りながらじりじり迫ってくるサミュエルに、用意してあった【しびれ粉】を撒き散らし始めた。
 作戦とイコン武装の威力に余程自信があったのだろうか。特に対策を立てていなかった彼は、スキルとアイテムフル活用で万全のサポート体制を整えていた弥狐に、いいように翻弄され、身動きが取れそうになかった。
「ありがとうね、弥狐。こちらは計画通り作戦を遂行させてもらうわ」
 沙夢は【野生の感】を働かせながら、少しずつ優位な距離へと自軍の陣を変形させていく。
「危なくなったら構わず退きましょ。命を落としたら絶対に許さないんだからね!」
 痺れを切らした歩兵たちの一隊が、命令を無視して突撃してきた。
「はい、皆さん帰りましょう」
 沙夢がパッと手を上げると、弓隊は素早く散開する。
 と思いきや、あっという間に別の箇所に集結して反撃していた。沙夢隊を見失っていた歩兵たちの一隊は矢を射掛けられてあっさり全滅した。
「もう一度命令系統を徹底させよ! 勝手に動くな!」
 第三十八軍団長が腹立たしげに舌打ちする。
「矢は、山ほどあるの。最後までお付き合いしてね」
 沙夢はニッコリと微笑んだ。
「尺玉花火:【シリンダーボム】!」
 反対側からは、裁が爆弾まで投げてくる。
 もう、散々だった。どこから攻撃が飛んでくるかわからない状況に、第三十八軍団は相手とにらみ合ったまま、時間だけがじりじりと過ぎていく……
 ところで……。
 森林ワイヤープレイで兵士たちを翻弄していたしていたジュピターだったが、イコンの魔力を察知して撃破にやってきた【シェーンハウゼン】のイコン殲滅部隊に取り囲まれ、ほうほうの体でどこかへ逃げていってしまった。
 ゲームクリア後、会えるだろう。
 どちら側にとっても油断も隙もない世界だった。

▼第三十八軍団:3000→2950