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食材自由の秋の調理実習

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食材自由の秋の調理実習

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和食−釜飯



 食材も調理道具も教壇側の大きな机の上にあり、生徒はそれぞれ必要な物だけを調理台へと持ち込む形らしい。
 授業開始で、まず迅速に動いたのは行動力溢れる生徒達であった。
 道具を取り、籠に食材を盛りそれぞれの調理台へと往復を繰り返している。
「釜飯はお米と食材を洗って、お米をお釜に入れて、お水とだし汁、調味料、最後に具材を入れ、炊ければ完成です。詳しい内容は最初に渡したプリントに書かれていますので、わからない人は手を上げてくださいね」
 順繰りに見回るらしく泪は簡単な説明だけするとすぐに移動した。
「性に合わなくてもやらなきゃいけないわね。えぇっとお米にエビに……大正エビ、と。それに、椎茸。あとは銀杏、いくら……これだけ揃ってると他にも色々入れたくなるわ」
 そんな言葉を口に零すが、たまにはこういうことも楽しいだろうと籠を片手に宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は食材置き場と化している教壇の前でほくほくしながらそれらを眺めている。

「鰹節! 鰹節! 凄い硬い! 桐条さん、鰹節物凄く硬い! これを削るのね!」
 吟味に目を細めている祥子の横で、初めて見る鰹節を両手にマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に向かって声を張り上げた。
 釜飯の味を左右する鰹節。その削り出しの大役を仰せつかったマーガレットは道具を手にとっているリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)の手に削るという行為に相応しそうな調理具をいくつか渡し、自分も両手いっぱいに抱え込んだ。

「調理実習やて、上達にはもってこいとちゃうん?」
 これはいい機会だと参加表明した奏輝 優奈(かなて・ゆうな)ウィア・エリルライト(うぃあ・えりるらいと)は私も手伝うよと意気揚々である。
「料理の練習と研究、ですか」
「そうそう。二人で手分けしてやろ。それに自分で作るんはもちろん、他の人の料理も見たり食べたりしてみたいんや」
 実習の後に行われる試食会をも視野に入れて増々と膨れ上がる好奇心に食材選びにも力が入る。
「えーと、鮭鮭、と」
「学食に出すならデザートに梨や柿、ぶどうなんかを少し付けたらどうでしょうか?」
 鮭を手にした優奈にウィアが声を掛けた。

「なんでいちいち制服あるねん!! 自由でええやないか〜〜! って言ってもしゃーないか」
 ここは他校であり、制服着用は不審人物に見られないようするには一番お手軽な方法である。無用ないざこざを招くよりはマシと大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)はお財布にやさしいサンマの選り抜き作業に戻った。そんな彼の横で讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は庶民的な秋刀魚を眺め、ふむと頷くとお米コーナに回って新米を手に入れる。
「秋の味覚で、この味に合わせるなら……やはり新米そのままが素直で良い、か」
 呟いて籠に大根、きのこと食材を盛り始めた。

「調理実習って、お前たちは料理をした事があるのか」
 調理台に付属している洗い場で丁寧に米を研いでいる祥子の隣で野菜を洗っていた黒条 冬真(くろなが・かずさ)は、綺麗になったさつまいもを冴弥 永夜(さえわたり・とおや)アンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)とそれぞれに手渡した。
「そもそも永夜、お前はアイスが主食な様なもんだろ……」
 不安やら疑惑やら諦めやら複雑そうな冬真に、確かに料理経験を聞かれ簡単な料理は出来るがそれは野宿の経験程度で、まともにキッチンに立った事が殆ど無い永夜は手渡された野菜に視線を落とし、すぐさまパートナーの顔を見た。
「ま、黒条さんもいるし、なんとかなるよな。ええっと、賽の目だったか」
 いかにも料理慣れしてない手つきで包丁を持つアンヴェリュグも同意と頷いている。
「料理なんて召使いに頼んでるから自分ではしたことないけど、面白そうだからさ。料理が出来る人もいるわけだから、何とかなるよ」
「…………そんな事だろうと思った。だから、俺、なのか……。ああ、賽の目だ頼む」
 信頼を置かれ、まんざらでもなさそうに冬真は溜息を吐いて、口の端に僅かに笑みを滲ませた。
「にしても賽の目切りねぇ。皮はむいてもいいの? なら、むいてしまおうかな」
「さつまいもの賽の目か。正方形って……案外難しいな」
 今にも口笛を吹き出しそうな陽気さでアンヴェリュグは皮むきを始め、真剣な眼差しで包丁を丁寧に扱う永夜の手元にはさつまいも達が歪な形に成形され積み上がっていく。
「……俺、ぶつ切りを頼んだか?」
 それを見た冬真が思わずぼやいた。

 鰹節をミキサーで粉砕しよう作戦があえなく失敗し、少々考え込んだマーガレットが今度はすり鉢とおろし金を用意した。
「おい、小娘。鰹節の削り方もまともに知らんのか」
「え? 包丁じゃ上手くいかなくて……大丈夫だよ。きちんと削り節ってのを作るから。任せて♪」
 桐条さんから直々に任せられたんだからちゃんと全うするよと胸を張るマーガレットに人参の飾り切りをしていた隆元は作業を一旦中断した。
「鉛筆を削るのとは訳が違うのだよ。まったく携帯電話で釜飯の作り方を教えろと言われたときはどうしようかと思ったが、来てみて正解だったのだよ。魚が捌けないのは無論野菜の下拵えも満足に出来ないと予想していたが、まさか削り節もまともに作れないとは。いいか、まずはそのおろし金をそこに置け。そして、これを使うのだよ」
 小言が長くなる隆元はマーガレットが用意した調理具の山から削り器を探し当てて、彼女の前にそれを置いた。そしてそのまま厳つい眼差しで指導に入った。

 釜飯の準備が終わり蒸し器の用意もできた。さて次は洗い物を済ましてしまおうと祥子はスポンジを手に取る。
「あれ、茶碗蒸し?」
 そんな祥子に、米を研ぎ終わった優奈が並べられた器を見て感心の声を上げた。
「ええ。釜飯だけじゃ寂しいと思って」
「いいなぁ。美味しそうや」
 周囲の作業内容が知りたくてきょろきょろとしていた優奈は、銀杏、椎茸、鶏肉、と小さく彩りをまとめられた祥子が作っている茶碗蒸しの中身に本音がつい漏れてしまった。
「そう? 私はそっちに興味があるわ。鮭、別に焼いてたわよね? 釜飯なのに一緒に炊かないのね」
「うん。そうそう。ほんまはイクラも付けたかったんやけどほら、コストかかるやろ?」
「そうねぇ。学食にされるかもって言われると考えてしまうわよね」
 料理が上手くなるのは結構なことだが、狙えるものがあるのなら狙いたくなると二人は互いに笑いあった。

「ぬ。見せられぬ秘伝のレシピか?」
「え? へ?」
 軽量スプーンを片手に手書きのメモと睨めっこしながら、時折周囲を気にしているリースに、大根おろしに精を出していた顕仁は問いかけた。
「そのメモだ。何度も何度も見直して、しかも周りの目を警戒しているのを見ると、気になるのだよ」
「あ、こ、これですか? ひ、秘伝とかじゃないです」
「じゃあ、なんなのだよ」
「こ、これはですね。た、隆元さんに聞いた釜飯の味付けに使う調味料の分量を書いているだけです」
「ほう、じゃぁ、どうしてそんなに周囲を警戒している」
「マ、マーガレットがわ、私が調味料を合わせるのを手伝おうとしてくれるかもしれないですけど、その……マーガレットが調味料を合わせると変わった味になっちゃうと思うんです。だから」
 彼女の動向が気になってしまっているのだ。
「も、もし手伝ってくれるとしても、さ、最後にお釜の中に入れるだけの係をして欲しくて」
 他の人の口に入ると思うと緊張してしまい確認は何度もしてしまうし、手伝うにしても相手に合った手伝いを頼もうと焦るリースに顕仁は得心いったと頷いた。
「そうか……痛ッ」
 頷いて、拍子に指をすった。
 大根おろしを頼んだ泰輔に「まちがえて手ぇまですりおろして、もみじおろしにはしないように気をつけるんやで!」と言われ「モミジおろし? 誰がそのような鈍なことを」と、言い返していた経緯もあり、まさか本当に一緒にすってしまった顕仁はおろし金と大根を静かに睨む。

 釜飯づくりも終盤に入り、あとは炊けるだけの生徒がちらほらと出始めた。
「あれ、サンマ、ですか?」
 一通りの作業が終わり時間ができたウィアは周囲に立ち込める香ばしい匂いの元を見つけて今しがた教室に戻ってきた泰輔の側に近寄った。
「すごくいい匂いです」
「そやろ? 本格炭火焼きやねん! 落語では、御屋敷に戻ったお殿様の為に脂を抜いてすかすかのサンマ食べさせてアカンかったらしいけど、僕らはそんな事はせぇへんで」
 七輪を使っているとは言え、調理法が調理法だったので泪に頼んで一時的に外で作業していた泰輔は思わぬ反応の良さに外で煙と格闘した甲斐があったと誇らしくなった。
「顕仁に大根おろし頼んでるし、ネギのっけてきゅっと醤油で味をしめる――んー、理想やッ」
 釜飯ではなくメインをサンマに持ってきた泰輔の味の想像を掻き立て空腹を促す演説にウィアは目を輝かせた。