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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【一 地獄の一丁目】

 2022年、十月某日。
 爽やかな秋晴れのもと、新たに開店した大型商業施設ツァンダ・スーパーモール
 午前十時の開店と同時に、三千人を超える買い物客が一斉に店内へと雪崩れ込んでいく様は、ある種の壮観であった。
 様々な店舗が軒を連ねる敷地内な大勢のひとびとで賑わい、スタッフ達は開店記念セールが上々の売り上げを計上するだろうと皮算用を重ねながら、輝くような笑顔を振りまいて買い物客達をもてなしていた。
 そのような華やか且つ和やかな空気が、僅か数時間後には阿鼻叫喚の殺戮地獄に一変しようなどと、一体誰が予想し得ただろう。
 鮮血を涙のように両目から垂れ流し、全身の筋肉が異常に発達して、人間だった頃の面影をすっかり失ってしまった異形なる食人の怪物赤涙鬼が大量に跋扈し、逃げ惑うひとびとを次々に食い殺してゆく光景は、酸鼻を極めた。
 猫科の大型肉食獣の如き敏捷性と強靭性を兼ね備えている上に、人肉を噛み切る顎の強さは1平方センチメートルあたり数百キログラムに達する程の破壊力を誇る赤涙鬼の群れの前に、無力な一般市民達はただただ、逃げ惑うばかりであった。
 そして、そんなひとびとに救いの手を差し伸べる者は皆無であった。
 今やスーパーモールは、シャンバラ教導団のレブロン・スタークス少佐率いる武力封鎖部隊によって完全包囲され、赤涙鬼もろとも、哀れな一般市民達はスーパーモール内に押し込められたまま、逃げる場所すら失われてしまっていたのである。
 最早スーパーモール内のひとびとには、絶望しか残されていないのではないかとさえ思われた。

 そんな中、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)は名前も知らぬ幼女を抱きかかえたまま、赤涙鬼の攻撃を必死にかわしながら、必死の形相で店内通路を駆け巡っていた。
(どうして……!)
 シェリエは、心の底で何度も叫んでいた。
(どうして、教導団は救出に入ってこようとしないの!? これだけ大勢のひとびとが死の危険に晒されているというのに、彼らは一体、何をしているの!?)
 美貌を怒りの念に染めながら、シェリエはただ包囲網を築くだけに留める教導団の武力封鎖部隊に、呪詛の念を送り続けている。
 普通であれば、教導団こそがいの一番に突入してきて、モール内のひとびとを救出するのが筋であろう。
 ところが彼らはその逆に、被害者である一般市民を、鮮血の涙を垂れ流す怪物達と同様に扱っている節が見られる。
 これは一体、どういうことであろう。
(教導団は……罪もないひとびとを、見殺しにするつもり!?)
 シェリエの中で、一切救いの手を差し伸べないどころか、モール内のひとびとを全て、異形の怪物の餌にしてしまおうとしているとしか思えない完全封鎖行動に、極度の不信感が湧き起こりつつあった。
 勿論、現段階のシェリエは赤涙鬼を生み出す凶悪な細菌兵器屍躁菌(しそうきん)については何も知らない。
 だが仮に知っていたとしても、ただ包囲してこの惨状を眺めているだけの教導団に対し、怒りと不信を抱かなかっただろうかといえば、それも疑わしい。
 教導団があてにならないというのであれば、自分達で何とかするしかない。
 コントラクターであるシェリエの中で、ひとびとを守らなければという義務感が芽生えてきていた。
 少なくとも、今、自分が抱きかかえているこの幼女だけでも、何とか脱出させてやらねばという強い思いが、今のシェリエを突き動かしているといって良かった。
「駄目だ! そっちは、拙い!」
 大勢のひとびとに押し流される格好で西側ホールへ足を向けようとしていたシェリエを、店内案内版を覗き込んでいた匿名 某(とくな・なにがし)が呼び止めた。
 某はこの日、買い物客のひとりとして開店直後からスーパーモール内に居た為、シェリエ同様、この騒ぎに巻き込まれていた。
 だが他の一般市民とは異なり、某はコントラクターである。
 これだけの大混乱と惨状の中にあって、その冷静さは矢張り、他の面々とは明らかに異なっていた。
「何があるの!?」
「開けた空間で、しかも行き止まりだ! 囲まれたら防ぎようがない!」
 某の見立てでは、化け物達は俊敏な動きを見せている故、逆に狭い場所であれば一対一の戦いに持ち込めるという算段があった。
 下手に広い空間に身を晒すのは、包囲された上に、あの素早い動きで一斉に襲われるという危険性が高い。
 狭い場所というのは一種の圧迫感がある為、今以上の恐怖感を味わうことになるかも知れないが、戦術上では寧ろ、現段階では最も戦い易い、或いはひとびとを守り易い場所なのである。
「トイレと喫煙所への通路が、このすぐ近くにあるわ! そっちへ!」
 フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)の言葉に、シェリエは一瞬、迷う仕草を見せた。
 確かにフェイのいうように、狭い空間ならば赤涙鬼の群れに包囲される恐れはなくなる。だが避難出来るひとの数にはどうしても限りが出てしまう為、この場に居る全員を誘導することは出来ない。
「迷っている場合じゃない! その女の子を助けたいんだろう!?」
 そのひと言で、シェリエは腹を括った。
 誘導し切れない残りの一般市民達には申し訳ないが、この局面では全員を救うなど、とてもではないが無理な話であろう。
 つらいところではあったが、シェリエはフェイの言葉に従い、心を鬼にして割り切る必要があった。
「皆、彼女の後について行くんだ!」
 某は声が届く範囲の一般市民に向けて、指示を出した。
 代わりに某自身は、迫り来る怪物達と一般市民の間に割り込むようにして飛び込んでゆき、追いすがる魔の手の前に立ち塞がる。
「ここから先は、行かせない!」
「それにしてもこいつら……何でこんなに、すばしっこいのさ!」
 フェイが深紅の涙を撒き散らしながら俊敏な動きを見せる化け物どもに、思わず悪態をついた。
 これだけの敏捷性を見せつけられては、確実に頭を撃ち抜くというのは至難の業であった。
 だがそれでも、やらなければならない。
 自分達が諦めてしまえば、戦う術のないひとびとには最早、死以外の道は残されていないのだから。

     * * *

 スーパーモールの屋上に、教導団の空挺部隊が運用する大型飛行船が接近しつつあった。
 今回のバイオテロの首謀者と思われる若崎 源次郎(わかざき げんじろう)を捕縛する為の突入部隊が編成され、その突入路として、屋上が選ばれたのである。
 突入部隊は幾つかの班に分けられ、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)中尉はそのうちのA班の指揮を任される運びとなっていた。
(皆……緊張しているな)
 レオンは、キャビン内に並ぶ若いシャンバラ人兵士達の強張った表情を一瞥した。
 彼らはいずれも、シャンバラを守りたいとの熱い思いを抱いて教導団に入団してきた、年若いシャンバラ人達である。所謂、教導団一般兵と呼ばれる存在であり、その大半がコントラクターではなく、レオンのように優れた身体能力と戦闘技術を有している者は少数派であった。
「随分、酷いことになってるね」
 教導団員ではないものの、コントラクターとしてのこれまでの実績からA班の副長を任命され、レオンと同行することになった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、キャビンハッチから下方を眺めて表情を歪めた。
 屋上の白い床面は、そこかしこで鮮血の海が広がり、食い散らかされた犠牲者の遺体が、無残にも放置されたままである。
 のみならず、屋上に脱出路を求めて飛び出してきていた買い物客やスタッフ達が、今も尚、赤涙鬼の群れに追い回されて必死に逃げ惑っている姿が、屋上のあちこちで見られた。
 彼らは大型飛行船の接近を知るや、助けを求めて、藁にもすがるような切なる思いを口々に登らせたが、大型飛行船は一定の高度を保ったまま、決して屋上に接地しようとはしない。
 操舵手に義務付けられているのはあくまでも突入部隊の降下補助であり、民間人の救出ではなかったのだ。
「しかし、だからといって、このまま捨て置くのは人道に外れるってやつですなぁ」
 教導団ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉がキャビンハッチ脇に設置された陸上支援用のマシンガンに手を添えながら、低く呟いた。
 屋上に接地出来ないのであればせめて、目に見える範囲の赤涙鬼を一掃してやろう、というのである。
 照準器を覗き込んで、手近の赤涙鬼の頭部に狙いを定め、トリガーにそっと指先をかける。
(あんな姿ではあっても……もともとは、罪も無い一般市民だった筈、なんですよねぇ……)
 罪悪感が、無い訳では無い。
 だが今はとにかく、逃げ惑うひとびとを救う方が先決である。ルースは己の中の後ろめたい感情を意志の力で捻じ伏せながら、静かにトリガーを引き絞った。
 マシンガンの砲口が火を噴き、人間の頭など一撃で吹き飛ばす威力の徹甲ライフル弾が弾き出される。その場の誰もが、その赤涙鬼の頭部が一瞬にして消し飛ぶ姿を想像していた。
 ところが。
「何!? かわされた!?」
 思わずルースが、口の中で小さく呻いた。
 いや、驚いたのはルースだけではない。レオンや美羽も、同様に驚きの念を湛えて、赤涙鬼の信じられない程の速度による回避運動に言葉を失っていた。
「何てこった……あの化け物、想像以上に手強いぞ」
 ゾンビ映画に登場するような、動きの鈍い生ける屍の類を想像していたら、手痛いしっぺ返しを食う――レオンの言葉の端々に、背筋を震わせるような危機感が漂っていた。
「そういえば、レイビーズS2型は発症者の筋肉を暴走させるって説明だったよね。暴走ってことはつまり、極端に発達するって考えるのが自然って訳だね」
 美羽は戦慄の念を浮かべながらも、その一方で納得したといわんばかりの口調で静かに唱えた。
 だが、ただ納得するだけでは話が進まない。
 俊敏性と強靭性に富んだ食人の怪物が、数百という数で行く手に立ち塞がろうとしているのである。
 コントラクター達はもとより、特別な力を持たないシャンバラ人の一般教団兵達の間に、秘かな動揺が走り始めていた。
(拙いですな……ここで彼らの士気を落とす訳にはいかない)
 ルースは再度、照準器を覗き込みながら、マシンガンのトリガーに指をかける。
 今度は、外さない。いや、逃さない、というべきか。
 相手は異常な危機察知能力をも備えた俊敏な怪物ではあるが、動きそのものは知能の低い獣と同じで、予測が可能である。
 ルースは三発続けて、徹甲ライフル弾を放った。最初の二発で赤涙鬼を一定の方向に誘い込み、三発目の弾道を予測ポイント上に合わせる。
 果たして、その赤涙鬼は二発続けてかわしたところで、三発目に飛来した徹甲ライフル弾に側頭部を撃ち抜かれて、その場に昏倒した。
 大型飛行船のキャビン内に、おぉ、と小さなどよめきが起こる。
 手強いが、倒せない相手ではないということを、ルースがその技量を持って証明してみせたのである。士気の低下は辛うじて免れたといって良い。