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リアクション
◆第二章◆
舞台の上の司会者から開会の挨拶とポミエラの紹介が行われ、会場に古今東西様々な食事が運び込まれる。
来客達が豪勢な食事に舌鼓する中、一人の老婆が通路を歩く司会者に声をかけてきた。
「のぅ、そこの若いもん。儂は魔法実験の被験体を探しに来たんじゃが、先ほどの少女をもうちと間近で見させてはもらえんかの?」
しわがれた声の老婆は、瞼の隙間に映る瞳にギラギラとした熱い炎のようなものを宿していた。
すると司会者は、ゆっくり頭を下げる。
「申しわけございません。お客様個人での接触は控えるよう、支配人から言われておりますので」
「なんじゃと!? 融通の利かん若造じゃ!?」
老婆は舌打ちをすると、メイド服を来た給仕に案内させてトイレへと向かった。通路に杖を叩きつける音が鳴り響く。
司会者は肺に貯まった息を吐き出して、奥へと消えようとし――
「おぬし、少々話があるんだが」
今度は桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に声を掛けられた。
「わしらは今日は孫の世話をさせる召使いを探しに来たのだよ」
隆元は裾を掴んで横に並ぶ、ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)の金色の髪を優しく撫でる。ピンク色の可愛らしいドレスに身を包んだラグエルは、気付かれぬよう金色のカツラで髪を隠していた。
「先ほどの少女、この子も気にいったようなのでな。あれはわしが頂こうと思うのだ。金の心配はせんでもいいぞ。充分すぎるほど用意してあるからの。むしろ、わしが気になっているのはそこではない」
ビシッと指先を司会者の鼻先へと向ける隆元。
司会者は腰を引きながら、寄り目になって指の先を見つめる。
「服についてだ! あんな格好では風邪を引いてしまうであろう? 召使いが風邪になっては使い物にならん! すぐにでも何か服を着せておいてくれ!」
「か、かしこまりました。そのように伝えておきます」
「うむ。よろしく頼む。ほら、お主も」
「はいっ! お願いします!」
隆元はラグエルを連れて、食事会の始まった会場へと戻っていく。
司会者は再び息を吐きだした。
「今日はやることが多くて大変だというのに……」
愚痴をこぼす司会者だったが、口元には笑みを浮かべていた。
予定外の拾い物は思いのほか好評のようだ。他にも予定外のことはある。けど、これなら……
「大変そうだなぁ」
声に振り向けば、いつの間にかスタッフとして潜り込んでいるナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が隣に立っていた。
「君はあまり見ない顔だね。新人かな」
「まぁね。それより、服を着せろとか言っていたみたいだけど、持ってきます?」
司会者は(主に軽い態度に対して)怪訝そうに眉を潜めながら、給仕の格好をしたナディムを暫く見つめていた。
「……好きにしたまえ。後で呼びに行かせよう」
背を向け、司会者はガードマンが目を光らせる通路の向こうへと歩いていく。
「やれやれ、賑やかなパーティーになりそうですね」
「お願いしますわね」
崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は相手の顎をなぞるように手を引きながら、そっと耳元で囁く。
彼女は情報交換をしつつ、自分が目当ての物を手に入れられるように客に協力をお願いしていたのだ。
他に大金を使ってくれれば、目当ての物を確実に手に入れられる。亜璃珠は既にいくつかお目当ての物を決めていた。
「あとは状況次第。他の方が何を狙っているのか、もっと知っておきたいですわね」
「お話中に失礼します。何やら楽しそうな声が聞こえてきたものですから」
そこへ御凪 真人(みなぎ・まこと)がやってきた。真人は軽くお辞儀をすると亜璃珠に優しく笑いかける。
「聞いていた所、お目当てのペットがいるとか」
「盗み聞きとはよろしくないですわね。ま、せっかくのパーティーですから、今日の所はその無礼を許して差し上げますけれど」
「これは失礼いたしました」
真人が深々とお詫びをいれる。
「それで、あなたも動物がお好きですの?」
「はい。今日は珍しいのがいないか見に来ました」
「私と同じですわね。何かお目当ての物はございまして?」
「それなんですが、実はリストの方を途中で落としてしまいまして。よろしければ見せてはいただけませんか?」
「いいですわよ」
予定通り亜璃珠から本日の出品リストを受け取ると、真人はじっくり目を通していく。
リストは招待状と一緒に送られてきた物らしく、そこにポミエラの名前はなかった。
取引禁止の物から聞いたことのない物まで様々。他にもリストにない物が出品されることは度々あるらしい。
「何か気になるものは見つかりましたか?」
「ええ、おかげさまで。これなんか研究材料にぴったりかと――」
「え?」
亜璃珠が大変驚いていた。何がまずいことでも言ったかと、真人は表情に出さず焦る。
「あの、何か――」
「申しわけございませんが、ご職業をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「学者です。希少生物の研究をしています」
その回答に亜璃珠は眉を潜めると、用事を思い出したと鋼鉄の笑顔で去って行った。
動物好きの彼女にとって、研究材料を探しに来たという真人の発言は気に触れるものだった。
呆然とする真人。すると、電動車椅子に乗ったフランソワ・ポール・ブリュイ(ふらんそわ・ぽーるぶりゅい)が近づいて来て、一言。
「おやおや、お目当ての女性にでもフラれましたかな」
真人は苦笑いを返していた。
「そこのキミ! ここは一般人立ち入り禁止だよ!」
下層エリアをうろちょろしていたトーマ・サイオン(とーま・さいおん)は、従業員に声をかけられた。
「あ、すんません。面白い物がないか探してたら道に迷っちまって」
「そうなのか。ま、俺達でも迷うくらいだからな。階段まで案内するよ」
気さくな従業員に連れられて階段まで歩くトーマ。道中、建物の構造について聞くことが出来た。
建物は三つの層に別れていて、今トーマがいるのは下層エリアだ。オークション会場があるのは中央エリア。西と東で分離している上層エリア。客が利用できるのは中央エリアの一部だけだという。
有益な情報を聞きだせたな。
「……案内サンキューな。あとは自分で調べるから。あんたはここらで休んでていいぜ」
気絶させた従業員を倉庫となっていた一室に隠し、トーマは捜索を再開する。
トイレの入り口近くで立ち尽くすホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)は、誰かを待っているように見えた。
通路ですれ違う人は笑顔を向けられ、このトイレを利用しづらい状況だった。
すると、中から一人のメイドが出てくる。
「どうですか?」
「そうだな……赤い髪が少し乱れていることをのぞけば、問題はないだろう」
ホレーショは白い手袋をはめた手でメイドの髪をそっと撫でた。
「にしても、俺が生きていた時代とはずいぶん変わったものだ」
「お客様のニーズにお応えした結果です♪」
眼鏡の奥にある垂れ目を細くして、メイドは微笑んだ。
二人は別れて会場へと向かう。客は皆、メイドを会場のスタッフと思って話しかけてくる。
誰も彼女の正体に気づかない。彼女は時に優しいメイドであり、杖をつく老婆であり、その下にはまた別の顔も隠していた。
そんな彼女の本当の名前はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。姿を変えながら、今宵は潜入捜査に乗り込んでいた。
「……怪しい、人……」
魔鎧になっていたアイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)がぼそりと呟く。
月詠 司(つくよみ・つかさ)は他の人に気づかれぬようにアイリスに話しかけながら、挙動不審な人物を見つけた。
(――怪しい人物を見つけました。これから確かめに行きます)
(――待って!)
シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が【テレパシー】を通して叫ぶ。
(――ツカサ、油断は禁物。ここは様子を見ながら冷静に行動よ)
(――了解)
司は潜入捜査を続けながら、その人物の監視を行う。
会場での食事会が盛り上がるのに比例して、料理を作る厨房は忙しさを増していく。
熱気と料理人達の声が飛び交う中。巨大なフライパンを片手に、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)はすぐ隣の料理人の青年から情報収集を行っていた。
「ここって地下だよね。食材とかってどうやって運んでるの?」
「搬入口のこと? 客が使ってる正面口から時もあるけど、基本は大型の搬入用エレベター使ってるよ。真上の建物はうちの管理なんだとさ」
「ふ〜ん……」
料理人の青年は料理の味付けをしていた。胸に時々視線を感じるが、透乃は気にしないでおくことにする。
「じゃあ、このオークションの主催者ってどんな人?」
「支配人のことだね。給料のことなら心配しなくていいよ。人相は悪いだけど、ちゃんと払ってくれるから。それよりさあ……」
「ん?」
「あんた恋人いんの?」
「いる」
青年は思いっきり舌打ちしていた。
「そこ、しゃべってないでちゃんと仕事しろ!」
「「はーい!」」
透乃がフライパンを振うと、真っ赤な海老が空中を舞った。
すると、厨房の一角から歓声があがる。
「こいつらすげー」
「手がいくつも見えてきた」
霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)の特選料理隊が、派手なアクションで次々と料理を仕上げていた。
「……おい、今の見たか――あり?」
特選料理隊に見惚れていた青年が透乃を振り返るも、そこには誰もいない。
彼女とその仲間の姿は既に厨房から姿を消していた。フライパンの中には作りかけの料理だけが残されていた。
「料理を受け取りに来ました!」
「そこにあるのを持ってけ!」
メイド服を着た騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は厨房に入ると、すぐさま指示されたトレーを持ってその場を後にする。
上層―西エリアは行き交う従業員で慌ただしい。
「そういえば、どこかに化け物がいるって聞いたんだけど本当かな?」
「え!? その話をどこで……」
一緒に食事を運んでいた先輩メイドは、詩穂の発言に驚いていた。
「ガードマンの人が話しているのを聞いたの」
「そう……でも、ちょうどいいわね。見せてあげようか?」
「本当!?」
「もちろん。でも、一つだけ忠告。絶対に自分の匂いをつけないでね」
「それって、どういう……」
「あなたの方がエサにされちゃうってこと♪」
先輩メイドは不安そうな表情をする詩穂の肩をガッシリと掴み、ニッコリと笑う。
再び、中央エリアの食事会場。
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は転びそうになったフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の手を掴む。
「フレンディス、今日はドレスなんだから気をつけないと危ない。俺がエスコートした方がいいか?」
「だ、大丈夫ですよ。これでもお姉さんですから」
フレンディスははにかんで頬を赤く染めていた。
そこへ、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が飲み物を手に歩いてくる。
「せっかくの食事会だ。あまり緊張せず好きに振る舞うといい。それとグラキエスはあまりはしゃぎすぎないようにね」
ベルテハイトから飲み物を受け取りながら、グラキエスとフレンディスは二つ返事をする。三人は貴族の兄弟という設定で会場に乗り込んでいた。
ふいにベルテハイトが、護衛ということで傍に立っていたウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の方をみる。
「ん? いつまでそこにいるんだい? せっかくの楽しい時間に護衛は不要だ。会場の外で待機していてくれ」
「…………わかった」
ウルディカはうまいことベルテハイトに追い払われ、不服そうにしながら施設内の捜索へと向かった。
「どうも〜」
賑やかな食事会となっている大広間を抜け出した清泉 北都(いずみ・ほくと)は、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を見つけて声をかけた。
周囲に人がいないことを確認して、エースは言葉を返す。
「やぁ、元気そうだね。そっちは何か掴めたかい?」
「う〜ん、僕はセキリティがどうなっているか聞いてみたよ。一応ソーマの執事だからねぇ」
北都は通路を塞いでいたガードマンに話を聞き、二人がいる中央エリアのどこかに監視システムの制御室があることを突き止めていた。
「そっちは?」
「俺はいま話を聞いていた所」
そう言ってエースは腰の高さまで伸びた観賞植物の葉に触れる。彼は【人の心、草の心】によって言葉を理解し、情報を聞き出していたのだ。
「聞きだした話だと、連れてこられた子供を下の階層に運んでいるみたいだね。監禁場所はいくつかあるらしいから、ポミエラを探し出すのには少し苦労しそうだね」
二人の情報は他の生徒にも伝えられる。
生徒達が聞き出した情報をかき集め、徐々に建物内部の構造が判明してきた。
「こいつぁ、珍しい生き物だな。こういう相棒も悪くねぇ」
ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)に抱かれたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)を、ジェニー・バール(じぇにー・ばーる)は優しく撫でる。
「ジェニー様はペットを探しに来たんですの?」
「いいや、相棒の猫を探しに来たんだ。目つきが悪い。海賊にお似合いの――」
「海賊?」
「あ、いや。イメージだよ、イメージ」
ジェニーは海賊バール一家に加える目つきの悪いを猫を探しに来ていた。けれど、海賊が会場にいたとなると、何かと問題視されかねない。ここは黙って普通の客として振る舞うことにする。
ヨルディアは深くは追及せずに話を続ける。
「リストではそういった細かい所はわかりませんものね。直接見れたらいいのでしょうが……保管場所について何か知りませんか?」
「あたしは知らんな。けど、あっちで悪どく顔をした奴が話していたぜ」
「あ、すいません。その方がどなたか教えてもらえませんか?」
「どうだ?」
「もう少し待ってください……」
メイドに扮したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)から渡されたグラスに【サイコメトリ】をかけてみた。
脳内に様々な映像や音声が流れ込んでくる。
「駄目みたいです。これまでにもたくさんの人が利用しているせいもあって、人物の特定は厳しいですね」
工作員と思われる人物の使ったグラスから、それを特定することはできなかった。
「でも、可能性は高いんだろう? なら試してみるさ」
ローザマリアにお礼を告げ、エシクは怪しいと感じていたその男と接触を行う。
壁際に立っていたその男の前に立つと、潤った唇に人差し指を当て瞳を潤ませながら声をかける。
「ちょっといい? あなたからは他の男にない魅力を感じるんだ。なぜだろうな?」
身体を寄り添わせるように、煽情的なドレスから伸びた細い足を男の股の間に滑り込ませる。
男の喉にゴクリと唾が押し流される。
「ねぇ、二人だけの秘密にするから、オ・シ・エ・テ」
エシクは耳元で囁くと、男は「話せない大事な仕事があるんだ」と答えた。
「そう、残念」
身体を離し、エシクは笑顔で男から立ち去る。
会場でホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)とすれ違い際に、言葉を交わす。
「奴はほぼ確定だ。要監視対象として対応しろ」
「了解した」
エシクはそのまま、ポミエラの話をする客の輪に入っていく。
「あの少女の話か? 向こうの方でもかなりの大金を出すと話をしていたぞ」
少しでもライバルを減らすための情報工作である。
その間に会場の前の宿屋で待機するグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)から、意外なくらい静かで異常がないことが伝えられた。
会場の隅ではソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)がメイド(騎沙良 詩穂(きさら・しほ))と話をしていた。
神秘的な情景が描かれたタイル張りの壁に手をつき顔を近づけるソーマの様子は、口説いているようにも見える。
「これが地下道に入る鍵です」
「じゃあ、試してみるよ」
ソーマは受け取った銀のカギに【サイコメトリ】を行う。
すると、泣きさけぶ子供や雄叫びをあげる醜態な化け物の姿が見えてきた。
「間違いないな。その先に捕らえた子供を隔離していおく牢がある。ついでにけったいな化け物もいやがるみたいだ」
「その化け物にはこれから餌をあげに行く所」
「それは御愁傷様」
苦笑いをする詩穂に、ソーマは優しく微笑んだ。
「ねぇ、そろそろ離れてくれないかな」
「男に詰め寄られるのは嫌かい?」
「嫌というか……」
「いいから離れなよ、ゴシュジンサマ」
声に振り返ると、腰に手を当てて清泉 北都(いずみ・ほくと)が立っていた。ソーマは肩を竦めてようやく離れる。
「おかえり、北都」
「ただいま。もうっ、給仕に手を出すとかやめてよね。もっと貴族らしくしてよ」
「してるじゃないか。メイドに手を出すとか貴族にはよくある話だ。あ、それともただの焼きもち――いてぇ!?」
ソーマの冗談に、北都は踵で思いっきり足を踏みつけた。
中央エリアの一般客が立ち入ること禁止された場所。
「おやおやキミたち、こんな所でどうしたのかな?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、黒服二人を連れた中年男性に声をかけられた。
監視カメラなどの位置などをチェックしていたなどと正直に話せるはずもなく、セレンフィリティは適当にごまかす。
「ごめんなさい。ガードマンに差し入れを持っていくように頼まれたんだけど、帰り道に迷ちゃったのよ」
「そう、私達まだ新入りなのでどこに何があるかわからないの」
「ならば仕方ない……」
男の視線がメイド姿の二人を舐める様に見つめる。如何にも人の悪そうな顔が、隠すこともなくにやける。
「なかなか魅力的な体をしているね」
イヤラシイ視線に不快感を覚えながらも、セレンフィリティはセレアナに【テレパシー】を送った。
(――ねぇ、この人……)
(――そうね。ただの客じゃないわね)
服装は客を装っているが、立ち入り禁止エリアを堂々と歩いていることが男性が特別な人物であることを教えている。
この男に近づけば情報が手に入ると思ったセレンフィリティは、うまく取り入ろうとした。
「お兄さんだって素敵な体をしているじゃない」
「んん、本当か?」
「ほんと、ほんと。あたし、お兄さんのためにお酒注ぎたいなぁ」
甘い声を出しながら男を褒める。すでにお酒が入っていたこともあり、あっさり気をよくする男。
「気にいった! キミたちを部屋へと招待しよう!」
(――やった!)
(――ナイスよ、セレン!)
ついてこいと、男が奥の方へと歩き出す。向かう先は特別な許可がないと入ることを許されないエリア。
「ああ、そうだ。その前に準備が必要だな……」
「「――!?」」
男の言葉に、黒服達がセレンフィリティとセレアナの両サイドに立ち塞がった。
「これ……いったい……何が入ってるのっ!?」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は何キロもある袋を引きずりながら、通路を歩いていた。
目指すは地下道への入り口。化け物にエサを与えにいくのだ。
「あ!」
「ん?」
ようやく入り口に辿りついた時、見張りをしていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)を見つけて驚いた。思わず声をあげてしまった詩穂は、慌てて口を閉じる。
もう一人の見張りが眉を潜めてエヴァルトに問いかける。
「知り合いか?」
「あ、いや。今朝道端でぶつかった程度の顔見知りだよ」
「ふ〜ん。じゃあ、ちょうどいいや。お前手伝ってこいよ」
「了解」
詩穂はうまく話を合わせて、一緒に扉を潜って地下道に入る。
知り合いだとばれて困るわけではないが、妙な詮索させるよりはいい。
地下道は薄暗く、中に入って少し進むと鉄格子が道を塞いでいた。エヴァルトは鉄格子のカギを取り出し、詩穂が引っ張ってきた、ヒト一人が入りそうな袋を見やる。
「そいつがエサか。何が入ってんだ?」
「さぁ? 今から開けて――!?」
袋を開けた詩穂は息を飲む。
そこにあったのは、白目を剥いた男性の遺体だった。
エヴァルトは表情を歪ませながらも遺体に触れる。
「まだ温かい……偽造招待状。ということは工作員か」
懐から飛び出した紙切れを確認し、そっと元に戻す。
「どうしよう……」
「…………」
鉄格子の向こうで真っ赤な瞳がいくつもこちら見つめる。唸り声と異臭が地下道を満たしていく。
遺体とはいえ、化け物のエサにするのは心が痛かった。
すると、エヴァルトは袋を閉じ、端の方へと隠した。
「あとで埋めてやろう。こいつだって化け物のエサにはなりたくはないはずだ」
「そう……だね」
二人は合掌すると、遺体の男性のような人を増やさないためにも、ポミエラを絶対助けようと胸に誓うのだった。
「お邪魔しました」
入り口に戻り、詩穂は給仕の仕事に戻ろうとする。
「……おい、待て。袋はどうした?」
見張りの男性に止められた。
袋は回収することになっていたが、遺体と一緒に置いて来ていた。
詩穂に疑いの眼差しが向けられる。見張りは腰の拳銃に手を触れ、いつでも抜けるようにしていた。
行動を起こすにはまだ早いが、仕方ないかもしれない。そう思った時――
「ちょっと、早くしてくれないですか?」
通路にメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の声が響いた。
少し怒った様子のメシエは靴音を響かせながら近づくと、詩穂の手を掴んだ。
「なんだ、きさ――」
「いつまで待たせるんですか。早く会場までの道を案内してください。でないとレディーを待たせてしまうでしょう」
そう言って、メシエは強引に詩穂の手を引いて来た道を戻り始める。わけがわからない様子の詩穂は、流されるままその場を後にする。
見張りの男性が追いかけてくる気配はなかった。
「あっ、ありがとう。助けてくれたんだよね?」
「何やらお困りのようでしたのでね。それより、そろそろ準備をした方がいいですよ」
すると、放送でオークション会場となっている大広間に集まるように指示が出される。
「透乃ちゃん、そろそろ行くわよ」
下層エリアの一室で、月美 芽美(つきみ・めいみ)はコック服から着替えて、隠しておいた装備に着替えた。
「おっけー。情報は聞き出せたし、いつでもいいよ」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は尋問を終えたガードマンの後始末を行っていた。
聞き出した話によると、支配人の部屋は上層ー東エリアのどこかにあるらしい。
緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が扉を数ミリ開けて外の様子を窺う隣で、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は銃型HCで他の生徒からの情報をチェックする。
「客はだいたい会場に集まったらしい。これで途中の中央エリアはがら空きだね」
「通路には誰もいません。……それでは、行きましょうか」
四人は一斉に飛び出す。
下層エリアを駆け抜け、中央エリアを抜けて上層へ向かう。
「邪魔!」
芽美が途中のガードマンを俊足の蹴りで吹き飛ばし――
「一気に駆け抜けるよ!」
透乃が柱ごと粉砕する。
監視カメラに映った彼女達を止めるべくガードマンが続々集まるが、その勢いは止まることを知らない。瞬く間に上層エリアへと乗り込んでいった。
その頃、トイレの一室では――
「やれやれ、無駄じゃというのに」
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が最後まで抵抗しようとする工作員にとどめを刺す。
連れ込んだトイレの個室は、四方が真っ赤なインクに染まっていた。
「これで何人目じゃったかの?」
「4人ですね」
ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)は後始末をお願いする連絡を入れながら答える。
刹那はアーベントインビスに護衛を兼ねた暗殺者として雇われ、ファンドラが誘い出した相手を始末していた。
通路に出ると、遠くの方から激しい戦闘の音が聞こえてくる。
「なにやら騒々しいが、わらわが出向かなくていいのかのう?」
「秘密兵器があるから大丈夫だそうですよ。それより護衛を重視して欲しいとか」
「ふん、己の保身が第一か」
刹那は次の獲物を探して再び会場へと戻ることにした。
オークション開始を前に、そろぞれの思惑で、様々な場所で行動が開始される。
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