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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第9章 真実

「それこそが彼女の力」
 落ち着き払った声がした。モーロア卿だった。
「炎華氷玲シリーズの魔鎧には、製作者が力を振るって与えた特殊な力があった。
『その前に立つ者の戦意を大幅に減退させる』……戦わずして相手を屈服させる、ヒエロが全力を注いで造った千年瑠璃に贈った、武具としてはあまりに優雅、そして強力な戦闘能力なのだ」

 この場にそぐわぬほど落ち着き払ったモーロア卿の言葉に、一同は唖然としたが、ついで納得した者も多かった。
 トライアルで武芸のパフォーマンスをした者が力を出し切れなかったのは、その特殊能力の作用によるものだったのだ。

「それだからこそ、彼女の美しさは千年も万年も損なわれない。彼女の主となる者は、美しい強さを手に入れる。
 アーティストと呼ばれしヒエロが追い求めたロマンよ」
「なるほど、それで警戒が薄かったのか……」
 ジェイダスがぽつりと呟く。事実、立候補者に紛れ込んだヒットマンは、無防備な石柱を前にして、彼女を害することができなかった。
「だが、それは絶対の力ではないはずだ」
 突然、それまで聞いたことのない声とともに、柱の陰から現れたのは、フォーヴ・ルーヴァルだった。
「君は……」
 新たな陳入者の出現に、モーロア卿は眉をひそめ、呼雪やエメらはジェイダスの身を庇うように一歩、前に踏み出す。何者かは分からないが、万が一のことがあってはならない。しかしフォーヴは、ジェイダス等の姿は目にも入らぬように、真っ直ぐに卿の前に歩み出た。
「お初にお目にかかります、モーロア卿。私はフォーヴ・ルーヴァル、千年瑠璃――マシェア・テンメリエの恋人です」
 千年瑠璃の、元の名前を知っている。その語調は、その事実を誇張するような、効果を狙った響きがあった。
「私は彼女をずっと捜していた。だが、貴方がこのような形で、衆人のもとに彼女を晒すと知って驚いた。貴方がどのように彼女を扱っていたのか。それが今わかった。
 殺害予告がありながら、彼女の能力を過信して平気で危険にさらしてこの騒ぎ――
 貴方に、彼女を所有する資格はない。
 私は貴方に話が通じるかどうかわからず、一時は力ずくで彼女を奪うことを考え、助力を募りさえした。だが、結果として正攻法に訪ねてきてよかった。策を弄する価値も、貴方にはない。
 彼女は、私のものだ」
 一方的にそう言い放ち、フォーヴは石柱の前に進み出た。
 が、そこには恭也が立ち塞がっていた。
「……ずいぶん一方的に言いたいこと言いやがったが、てめぇの言い分の方が正しいって根拠はあるのか?
 本名知ってたくらいじゃ、証拠にはならんだろ」
 一瞬口ごもったフォーヴに、今度は背後から声をかかった。
「全くその通りよね。あんた、ヒエロと違ってマヌケね」
 またしても、聞き覚えのない声だ。見ると、無人となったテラスから、巨大な広刃の剣が近寄ってくるかに見えて、誰もが瞬間、ぎょっとした。
 それを、肉切り包丁か何かのように手軽にぶん、と振って下ろすと、現れたのは赤い髪の少女だった。
「君は……」
 振り乱した赤い髪、きつく細められた深い蒼い瞳。あどけなさと自己本位の残酷さが共存する、しかし美しい未成熟の少女の顔。

 モーロア卿はこの時、宴が始まってから初めて、驚きの叫びを発した。
「『刀姫カーリア』ではないか!」




「やっぱり覚えてた。会ったのはほんの一瞬だったのに。本当、魔鎧マニアってやつなのね、あなたは」
 ぞんざいな口をきいて、少女――炎華氷玲シリーズの一、『刀姫カーリア』は、禍々しい気を放つ大剣を気軽に手首で振りながら、つかつかと、傲然と旧・謁見の間に入ってきた。驚いて硬直するフォーヴに向かって、
「誰も知りゃしないと思って、随分大ボラ並べ立てたもんねぇ。部屋の外で聞いてて笑っちゃったわ。へぼい魔鎧が逃げ出した時もだけど。何これ、喜劇の一幕?」
「お前……」
「いつからあんた、ヒエロに成り代わってんの。千年瑠璃が愛してたのはヒエロだけ、あんただって知ってるはずよ」
「!」
「誰も知らないだろうけど、こいつ、ヒエロのアトリエにいた弟子だったの。
 あたしがいた時は、師匠の作品の美人に横恋慕してるただの使いっパシリの小僧だったけど……まぁ出世したものよねぇ」
 皮肉の毒を浴びせかけながら、カーリアは無遠慮にフォーヴをじろじろと眺めた。
「今は一人前の魔鎧職人とでも言うの? 千年瑠璃を越える美人の魔鎧を作れなかった? それで、昔の想いが再燃して、またタイミング良く所在の知れた千年瑠璃を奪い取りにきたってわけ」
「黙れ!」
「でも無駄よ。千年瑠璃はとっくに、死んでるんだもの」
 フォーヴの激昂も知らぬ顔で、カーリアはモーロア卿に冴え冴えとした視線を向ける。
「なぜ君はそう言い切れる?」
 卿の言葉に、カーリアはうっすらと笑う。
「だって、2百年前に彼女を斬ったのはあたしだもの」



「なぜ、そんなことを!?」
 激昂したのはフォーヴだった。
「……そうすれば、元に戻れると思ったのよ」
 カーリアは不意に、手にした大剣に目を落とす。
「元通り、一つの魂にね」
「一つの?」
 不思議そうに言葉を繰り返したモーロア卿に、カーリアは言う。
「さすがにあんたでも知らないか。
 ……あたしと千年瑠璃は、元は一つの魂。魔鎧を作る時に、ヒエロがあたしたちを分けたのよ。
 千年瑠璃を清らかな、敵の戦意を奪う力を持つ魔鎧に生まれ変わらせるために、あたしという魂は抜かれた。
 好戦的な性格と、マシェア・テンメリエの魂にまで食い込んだシュバリスの呪い。それが抜かれて、『刀姫カーリア』になった」
 その手の中の鈍い色の大剣がひゅんっと唸りを立てた。
「この剣は呪いの結晶。マシェアを蛇狂女たらしめていた呪い。
 だから、バカよね! そこの男たち。
 二つに分裂した時、千年瑠璃からはシュバリスの気性も、子殺しを繰り返し阻む者をも食い殺した記憶も抜け落ちて、ここに凝縮したのよ。
 本当に標的にするのは私であるべきだったのに、何も気付かず、あの鱗の瑠璃色ばかり追いかけていたのよ!」
 ここ、という言葉で剣を指示し、高らかに言い放つと、刀姫カーリアは、挑発的に笑った。
 縄に縛られた襲撃犯、そして魔鎧を失って取り押さえられた襲撃犯は、その哄笑に歯軋りして悔しげに身悶えた。
 そんな男たちを、今度はスイッチを切り替えたように冷たい瞳で、カーリアは見据える。
「言っておくけどね、シュバリスを作ったのは、アンタらが散々誇りだとかなんとかぬかしてる、あの古い部族の里そのものなんだからね」
「何…っ」
「強い戦士を産めよ育てよ、の風習の中、子供を産むことのできない女にのしかかる重圧は非人道的なくらいだった。
 実際、産めないなら生きている価値はない、なんて偏見がまかり通り、差別と侮蔑で酷い仕打ちを受けた。
 産めない女が無事に生んだ女を呪い、蛇狂女シュバリスは生まれた。
 産めなかったマシェアはシュバリスに取り憑かれた――そして、苦しんだ女たちの歴史を呪いとして一人で負って里に復讐したのよ」 


 カーリアは、じっと大剣を見つめた。
「その歴史も、この呪いの結晶が教えてくれたんだけどね。千年瑠璃にはシュバリスの記憶なんかなかったわ。
 あたしと分かたれた時、そういう穢れた血腥いものは一切、彼女から抜けたのよ。
 ヒエロは千年瑠璃を清純な魔鎧にしたかった。彼女を愛してたのよ。
 愛せない、穢い部分は取り除いて捨てた。それがこのあたしってわけ」

「違う……」
 絞り出すような声で、フォーヴが言う。怪訝そうに、カーリアはフォーヴを見た。
「師は、彼女も君も愛してた。いうなれば、子殺しのシュバリスを丸ごと愛してた。
 二人を分けたのはただ、魔鎧として安定させるためだったんだ。
 本当に君が不要だったら、未完全な魂の欠片として、そのまま捨ててしまってるよ。
 大事な一部だから、君を魔鎧にしたんだ」

 俺は、完成した千年瑠璃を愛した。でも師は、素体そのものを愛してたんだ。――何故だか、悔しそうに呟いた。


「あの方が『魔鎧アーティスト』と呼ばれるのは、ただ単に美しい、強い魔鎧を作るからというだけじゃない。
 作る魔鎧に、自分の人生や感情、己の内面を反映させずにはいられなかった。だから、アーティスティックなんだ」
 恋敵である師を湛える言葉を紡ぐフォーヴを、カーリアは不思議そうに見ていた。  


「千年瑠璃は生きているよ、カーリア」