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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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 アニスが何かぞっとするものを感じ取る数分前、城の玄関近くで、箱岩 清治(はこいわ・せいじ)は、キャスケットの少女に目を止めていた。
 宴に来るにしてはラフすぎる、パーカーにハーフパンツという出で立ち。TPOに合わなすぎて浮いている。その浮き立ち方は何となく気にかかる。まるで、宴にいながら、宴に加わることが目的でない人間のように映る。
「あの……君」
 自分から声をかけるのは苦手なのだが、清治は思い切って声をかけていた。物騒な手紙が届いていることは聞いて知っている。見たところ小柄な普通の少女のようだが、不審なところがある人物をただで通すわけにはいかない。ここにはジェイダス理事長がいるのだから。
「あの、……どうしたの。この城に用事でもあるの?」
 少女はぎろんと清治を見た。あまり友好的な雰囲気ではない。キツい目をしている。だが、避ける風でもなかった。
「もしかして、あの千年瑠璃って魔鎧を、見に来た、とか?」
 頑張って話を続けてみる。じろじろと無遠慮に清治を見るばかりだった少女が、この時ようやく口を開いた。
「まぁ、そんなところよ」
「あ……、そうなんだ。けど、宴に来たなら、もうちょっときちんとした格好じゃないと入れてもらえないと思うけど」
 今のままでは浮きすぎている。もしも彼女が本当にただの客なら可哀想だし……もし、腹に一物持っているなら。
「待ってて。女性ものの服は難しいけど……シエロー?」
 清治が呼ぶと、程なく玄関近くの小部屋で私物を片付けていたらしいシエロ・アスル(しえろ・あする)がやって来た。
「お呼びですか。……おや、これはまた随分とかわいらしいお客様ですね」
 清治のごく少ない言葉と身振りと状況だけで、シエロは大体を察した。
「あいにく女性用の正装の用意はないのですが、清治様の着替えとして持参した上下黒のスーツでしたらすぐにご用意できます。
 そちらをお召しになっていただいてもよろしいですか?」
 そう言うと、少女の答えを聞かず、さっきの小部屋の方に戻っていった。少女は動揺したらしかった。
「き、着替えって、そんな、別に必要ないし」
「大丈夫だよ、着替えはちゃんと他の人に見られない場所でしてもらうから」
 何故か急に及び腰になった少女を、引きとめるように顔を見ながら清治は懸命に考えて言葉を紡いだ。
 やはり何かあるかもしれない。迂闊に通してはいけない客かも知れない。
「皆、千年瑠璃が見たいんだね。僕は正直、魔鎧って特に興味ないからよくわからないんだけど……
 でも、僕はこの宴、ただ魔鎧を目覚めさせたくて開いたとは思えないんだ。
 だって目覚めさせたいなら、200年の間にとっくにやってるはずでしょ。
 目覚めさせたいんじゃなくて、ローモア卿は待ってるんじゃないかな。
 この宴の噂を聞きつけて、残りの『炎華氷玲』シリーズとヒエロさんがやって来るのを」
 考えていたその疑問を、何気ない風を装って独り言のように呟きながら、少女の反応を窺う。
 ――少女の目はどこか、切迫した色を湛えていた。
「お待たせしました、こちらです。サイズも何とか調整できるかと」
「さぁ、どうぞ」
「いやだから、あたしは別に着替えなんてっ」
「遠慮しないで」
「せめて髪だけでも、きちんとセットした方が」
「やめてっ」
 手を取って軽く引いた清治の、その手を指先で切るような鋭さで、少女が振り払う。見上げるその目の鋭さに、清治よりも先にシエロが動いた。
「清治様に手荒な真似をされるとあれば、こちらとしてもそれなりの対応をさせていただきますよ」
 清治を背後に庇い、袖の中に隠しておいた匕首を密かに握る。
 最初からシエロは睨んでいた。この場にそぐわない格好で来場した彼女が“ただのお客様”ではない、と。
 一瞬、どう動くか迷うような間が、少女にはあった。が、身構えた二人の一瞬の隙を突いて、少女は踵を返して、玄関と中庭を隔てる植込みの暗がりに逃げ込んだ。
「待っ……!」
 がさがさ、という音がしばらく聞こえて、遠ざかっていって、消えた。庭の方に出ていったのだろう。
「……シエロ」
「他の契約者の皆様にも、お伝えしておくべきでしょうね」
 清治にも、彼女がただの宴客ではないことは分かった。自分の揺さぶりの言葉で動揺したのだ。
「衣装を変えられないのには、あるいは何か意味深い理由があったのかもしれませんね」


 正門近くで、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)はパートナーの鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)と話していた。
「ちょっと不思議な事が…あるんだぁ…がーちゃん、聞いてくれる?」
 警備をすることに決めて庭園に出てきたネーブルだが、どこか悲しげ顔をしている。
「千年瑠璃さんは…200年前に見つかっていたんだよね? 何故…今更パートナーを探そうとしたの…かなぁ?」
 話す彼女を、画太郎は気遣わしげな表情(ゆる族なせいかいまいち人目には分かりにくいが)で見つめていた。
「他にも…不思議な事が…あるよね。
 こうやって、入場に制限をかけないっていうのは……
 こういう考え方は…好きじゃないんだけど……千年瑠璃さんが…貴重な魔鎧だったなら…不審者を入れないようにするのが…普通な気がするよね。
 …モーロアさんは…千年瑠璃が大切じゃ…ない?
 不審者を歓迎してるように…見える…かな」
 そこで画太郎の表情に気付いて、ネーブルは小さくかぶりを振った。
「う、ううん、疑うのは良くない事…だね。じゃあ、考え方を改めて……
 千年瑠璃さんが大切、だけど…危険なところに置いておく意味、は……
 …千年瑠璃さんを餌にして…誰かをおびき出そうとしてる?
 そのために手段を…選んでられなかった…とか?
 その相手、は…千年瑠璃さんの恋人さん?
 …それとも、殺した犯人さん? …判らなくなってきた」
 話しながらも、考えはなかなかまとまらない。分からないことが多すぎる。
「…誰か…ここに来る人で事実を確認できる人と会えればいいんだけど」
「かぱ? かっぱー!」
 画太郎は持っていたスケッチブックに筆でさささっと書くと、パッと上げて示して見せた。
【了解です。
 ネーブルのお嬢さんが周りを周ってくるのなら、俺は入口で待機してましょう】
 続けて書く。
【大丈夫。ネーブルお嬢さんがしたい事は察しがついてますよ。
 なんていっても俺は、かっぱで執事 ですから。】
 キリッ。
 ――という顔で紙を示す画太郎に、ネーブルはようやくうっすらと微笑んだ。
「ありがとう、がーちゃん…お願い、するね…」
【任せてください!】
 ネーブルは、客で賑わう庭園の方へ歩いていった。


 夜空の下の庭園はランタンと篝火で煌々と明るく、光と影に彩られた花々は昼間の光の下で見るよりも妖しげな色を映し、白いクロスを敷いたテーブルは美味満載で脚が呻きを上げそうだ。
「ちゃんと見回りをしろ、見回りを」
 警備を受け持つ瀬乃 和深(せの・かずみ)は、ナチュラルに歩きながらテーブルの上の皿から失敬して歩いている春夏秋冬 刹那(ひととせ・せつな)に気付いて、呆れたような声を出す。
「ね、さっきはなかった皿が出てきてるよ! これ何の肉かな。鹿?」
「……やれやれ」
「おや? キミは」
 突然、隣りから声がかかった。和深が見ると、
「やはり、キミだ」
 いやに親しげというか馴れ馴れしいというか、笑みを湛えた友好的な様子の悪魔が立っている。
 青い髪と褐色の肌に、辛うじて見覚えがあった。
「あぁ……これはまた、意外なところで」
 隣でつまみ食いに勤しむパートナーを製造し、和深に売りつけた魔鎧職人だ。
 ――が、名前が浮かんでこない。それも当たり前で、もともと和深は彼の名を知らないのだ。
「本当にねぇ。元気そうだね」
 いやに友好的なこの男も、和深の名は知らないはずだ。というか、名も知らない、顔も数回合わせた程度なのに何故こんなにフレンドリーに接してくるのか、不可解ですらある。
「…あんたの目当てもやはり千年瑠璃?」
「まぁ、職人としては一度は見ておかないとね」
 和深の問いに、悪魔は軽い口調で答えた。そして、和深と、その隣でテーブルに釘付けになっている刹那を見ると、
「キミ達はどうしてここに?」と尋ねてきた。
「警護でな」
「あー……なるほど、きな臭い話しも耳にするし」
「聞いているんだな」
「死亡説を吹聴して回っている奴がいるってね。しかし、ヒエロ・ギネリアン自身、消息不明になってから何やらいろんな噂が出ているからねぇ。何を聞いてもあり得ない話じゃないって思えて、ちょっと怖いね」
 などと、しかしニコニコしながら言う。
 二人の会話には気付かず、刹那は「ケーキもある!」と別の皿を引き寄せようとしている。
「キミは相変わらずだね」
 その言葉でようやく、刹那は自分の製作者の存在に気付き、「あ、」と呟いた。口の端についていたケーキの切れ端が落ちる。
「ボクはキミのそういった下品なところが好みじゃなかったから捨てたけど、良い主人に買われて何よりだよ」
 薄笑みを浮かべて酷いことを言う。趣味と実益を兼ね、彼が情熱を注いでいるのは、“清楚でおしとやかな”女の子の魔鎧を作ることだ。その彼の嗜好基準から、刹那は脱落している、ということを包み隠そうともしない言いように、しかし刹那は、
「あちしもお前の所にいた時よりも、自由で楽しく過ごせているから満足なのだ」
 と、屈託なく笑って答えた。
「…ふ、それは何よりだよ」
 毒気を抜かれたような表情を一瞬見せた後、悪魔も笑った。
「じゃあな。何かあったらボクのことも守ってくれよ。知り合いのよしみなんだし、もちろんタダで」
と言い、手をひらひらと振って去っていった。
「……まったく、調子のいいやつだ」
 和深は溜息をついた。
「はぁ……警護に戻るか。ほら、行こう」
「あっちのテーブルには何があるかな」
「全く……」
 警護を頼まれたところで、結局また、互いに名前を知らずに終わっているのだが。