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ニコラの『ドッペルゲンガー事変』

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ニコラの『ドッペルゲンガー事変』

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第4章  死闘

「アラバンディット、大変です! エンドのバイタルが急速に低下!」
「なんだと!?」
「私も向かっていますが、位置的に君の方が近い。エンドを助けて下さい!」
 ロアから連絡を受けたゴルガイスは、すぐにパートナーの元へと駆けつけた。
 そこで彼が見たのは、自身の分身に殴られ、意識を失いかけているグラキエスの姿。
「ゴルガイス……あなたを、憎みたくない。いや、憎めないんだ……。だから、俺を……許して……見捨てないでくれ……」
 あくまでも仲間を気づかいながら、グラキエスは昏睡した。
 傷つきながらも、自分を思う彼の姿に、ゴルガイスの心は揺れる。
 深く目を閉じたパートナーを横たえると、自分のドッペルゲンガーと対峙した。
「なんてアイロニーだ。我が背負いつづけた罪の意識、悔恨。――グラキエスを傷つけたくないという思いが、けっきょく彼を追い込んでいたとは」
 身構えるゴルガイス。
「ドッペルゲンガーよ。貴公は、我の罪そのものだ。貴公を倒し、過去を受け入れる糧にする!」
 自分を責め立てる感情を、すべて力に変え、彼は殴りかかった。
「守りなさい。フォースフィールド!」
 そこへ、到着したロアが防御魔法をかける。味方を強化した後、相手へ【サイコネット】を放ち、動きを鈍麻させた。
 支援をうけたゴルガイスは、総合力で相手を上回る。
 研ぎ澄まされた牙と爪で切り刻み、刹那のうちにドッペルゲンガーを粉砕する。
(断罪は瞬間……。しかし、贖罪は永劫だ)
 敵を噛み砕くゴルガイスには、裁かれる者の辛さだけがあった。
 自身の体が再現されたとはいえ、ドッペルゲンガーは償いの重さとして、あまりにも軽い。
 灰色のギアが消えていく。ゴルガイスの視界は明瞭さを取り戻す。
 それでも彼は、深く項垂れたままだ。
「済まない。我がついていながら」
「戒めるのは後回しです。今は、治療を優先しましょう」
 ロアが丁寧に遮り、グラキエスの前に跪いた。すぐに回復魔法をかける。傷ついたグラキエスの身体は、徐々に快方へと向かっていく。
 だが――。ゴルガイスは思う。
 心に負った傷を癒すには、どれだけの時間がかかるだろうか、と。


                                      ☆   ☆   ☆



「ああ!? こいつが俺の偽物だとぉ!」
 イルミンスール魔法学校、校舎内。
 ニコニコと穏やかに笑うドッペルゲンガーを見て、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が殺気立つ。
「冗談じゃねえ、こんな虫唾が走る奴放っておけるか!」
 即座に接近し、【昂狂剣ブールダルギル】で斬りかかる。
 だが、振り下ろした凶刃は、何も切断することなく弾かれた。
 斬撃を防いだのはドッペルゲンガーではない。命の駆け引きを至上の悦びとする戦闘狂、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)であった。
「いいねぇ。その本気で殺そうとする目……。ゾクゾクする」
 舌なめずりをして、透乃が構える。
「……こりゃ偽物に構ってる場合じゃねぇ」
 生粋のバトルフリークを前に、気合を入れ直す竜造。
「でもいいのか。てめえだって、偽物はさっさと倒さねーとヤバいんだろう」
「死の歯車。すでに私の視界で回っているよ」
 自らの瞳を指さす透乃に、怯みはない。あるのは歓喜への飢餓だけだ。
「私のドッペルは、平和主義の恥ずかしがり屋さんなの。今頃どこかを逃げまわっているでしょうね――。そんなことはどうでもいいけど」
 じりじりと距離を縮める透乃。
「命の危機に瀕してこそ、人は本気になれるでしょう!」
 一気に距離を縮め、透煉の左拳【キング・オブ・マーシャルアーツ】で槌激する。それ自体が武器にまで高められた強力な拳。紙一重でかわした竜造の足元が、無残にも粉砕された。
 舞い上がる砂煙のなか。灰色のギアに侵された彼女の瞳が、狂わしいほど滾っていた。
「こいつぁ心地いいぜ! てめえには、殺す価値がある」
 竜造は相手の気迫に対抗するように【修羅の闘気】を放つ。
 接近戦では、一瞬の躊躇が命取りだ。迷いなく【一騎当千】の斬撃で攻めこむ。バッドステータスと引き換えに得た極限の力。
「なかなかやるね!」
 透乃は剣戟をかわしながら、反撃のチャンスをうかがう。
 彼女の一撃は重い。それを理解しているからこそ警戒は解かない。向こう見ずに見えて、【行動予測】で敵を読み切るクレバーさも、竜造は備えていた。
 互いの得物が空気を揺らす。時折、肉の裂ける音が混ざる。戦場に血臭が立ち込めていく。
 死闘こそ、彼らにとって最高の遊戯だった。
「だから……。誰にも邪魔はさせませんよ」
 ふたりの激闘から離れた場所。
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が、好奇の目を向けるドッペルゲンガーと対峙していた。
「乱入する気でしょうけれど。私が許しません」
「えっへへー。あそこで戦ってる女の子。緋柱透乃、だっけ。別に殺す気はないんだけどさ。あの子をみてるとなんか邪魔したくなっちゃうんだよねー。可愛さ余って憎さ百倍ってやつかな。それとも憎さ余って可愛さ百倍なのかも? よくわかんないや。えへへ。とにかく、イタズラして困らせたい私は緋柱透乃専属かまってちゃん!」
「うるさいです」
 陽子は【無量光】を使い、ドッペルゲンガーの足を崩す。驚いた裏陽子だが、よろめきながらも同じ技で反撃する。
 三日月型の刃が飛び交い、鎖が絡まり合った――。

 代価は死。
 ひとたびの快楽を垣間見んとする、彼らの狂宴は、流血によって彩られていく。