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魔術師と子供たち

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魔術師と子供たち

リアクション

   3

「すみません、ちょっといいですか?」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は“名無し”を家の裏に連れ出した。そして、ハンドガンに変形したレーレ・スターリング(れーれ・すたーりんぐ)の銃口を向けた。
「的外れな事をしていたらすみません。けれど確認したかったんです。貴方の正体が何であるのかにせよ、子供たちの意思を尊重したい気持ちが本物なのか」
 引き金を引くと、“名無し”の足元の土が抉れた。
「何をしていらっしゃるんですか!?」
 悲鳴のような声を上げたのは、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)だ。薪を取りに出て、この場を目撃した。
 しかしセルマは怯まなかった。
「俺には貴方の正体を探る意思はありません。今その情報は重要ではない。貴方の彼らを想う気持ちは間違いなく本物であると、そう言い切る自信はありますか? もし子供たちを守る立場の者として思わしくない反応があれば俺はもう一度引き金を引きます」
「……意味のないことをするものではない。我輩にその人工物は効かぬ」
「俺は本気なんです!」
「本気ならば、なぜ、魔術師を連れて来ぬ? 貴様のそれはただの脅しよ」
 リーブラは二人のやり取りをはらはらしながら見守った。“名無し”の言うとおり、セルマの行動はただの脅しかもしれない。だが、もし引き金を引いたら? それが誰かに当たったら?
「だが、問いには答えよう。我輩は、エディに拾われた。あの子がおらねば、死んでいたかもしれぬ。それはそれでよい。だが、恩は返すべし。エディと、幼子たちが望むよう我輩は動く」
“名無し”の言葉をそのまま受け取るなら、たとえ子供たちが不幸な結果に終わろうと、彼は構わないと言っているようでもある。だが、彼らの「望み」が、真実が何であるか、セルマはよく知らないのだ。
 レーレが翠燕の形に戻り、クークーと囀りながらセルマの周りを飛んだ。リーブラはホッとし、“名無し”に尋ねた。
「“名無し”さんは、自分の正体や記憶に興味はないのですか? いえ、責めているわけじゃないのですけど……すいません……」
「思い出してどうする?」
“名無し”は、長い前髪の下で眉を寄せた。「因果律ゆえ、忘却の彼方に閉じ込められた。我輩はそう受け取っている」
「だけど、貴方の過去のためにみんなが危険に晒されるかもしれません」
と、セルマ。
「案ずることはないだろう。どの道、そう長くはここにはおらぬ」
「どういう意味ですの?」
“名無し”は己が手をじっと見つめた。
「我輩はここに落ちる前にも、どこかにいた。その前にもどこかに。記憶の壺にあるのは、そんなことだけだ。どの地でも、長く留まることはなかった」
 そして、手の平の中に何かを握り締めた。
「……まだ、時はある」
 それは、どういうことなのだろう?
 セルマもリーブラも、喉元まで出かかった質問を飲み込んだ。“名無し”自身、答えようのないことだったからだ。


 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、食料品の入った箱をキッチンの床に置いた。
「ここでいいか?」
「助かります。どうお礼を言ったらいいか……」
「なーに、オレも孤児だったんだ。こういうことはお互い様さ」
「本当にありがとうございます」
 十三歳とも思えぬ大人びた口調で頭を下げたのは、ステラ・ミラーだ。礼代わりにコーヒーを出してから、シリウスが一緒に持ってきた服を見て、「私にはまだ大きいかな」と呟いている。この辺は年相応の女の子らしい。
 ジョーイはこのシリウスのお節介を忌々しげに見ていたが、ステラの「家計を考えれば、ありがたく受け取るべきよ」とのやんわりとした、だが断固とした主張に押し切られてしまった。
「やっぱり、厳しいのか?」
「父たちが遺してくれたお金があるにはあるのですが……」
 ステラとエディの父親、そしてキーチミホの両親は、ジョーイの両親と一緒に、アイールの更に東へ探索に行き、戻ってこなかった。身の振り方を考えているとき、「家ならあるから」とジョーイに誘われたのだ。
 冒険家だった母の死後、家事全般を引き受けていたステラが、そのまま一家の支えになった。ジョーイは、両親の遺した牛一頭と鶏三羽を飼い、畑を耕しているが、貯蓄は減る一方である。
「エディがもう少し頼りになればいいんですけど」
 十歳のエディは、亡き両親と同じ道を歩むのだと宣言し、木の棒を腰に差してはしょっちゅう出かける。危険だと何度注意しても、聞く耳を持たない。そして一か月前、「人が死んでる!」と飛んで帰ってきた。それが“名無し”である。
「ジョーイが連れて帰ってきたんです。優しい子なんですよ、本当は。でも信用できないからって、治ったらすぐ追い出そうとして……でも、その頃にはエディたちが懐いてしまって。だから」
「だから納屋暮らしねえ」
“名無し”は、牛と一緒に納屋で寝起きしているのだという。本人は、左程不満でもなさそうだった。
「……なあステラ、これはジョーイにも訊いたんだが、このままでいいと思っているか?」
「ジョーイは答えました?」
 シリウスは苦笑した。
「でしょうね」
「その気があるなら、創世学園はいつでもお前たちを歓迎するぞ」
「……考えておきます」
「ジョーイにもそう言ってくれ。お前からなら、少しは聞いてくれるだろう」
「どうでしょう。優しい子ですけど、頑固なんです。きっと、ご両親に似たんですね」
 そういえば、とシリウスは思い出した。部屋には何枚もの写真が貼られていた。その内の一枚に、ジョーイと両親が写っていた。厳格そうな父親と、ふんわり優しい笑顔の母親。だがどちらも真面目で、善良そうな人々だった。
 そしてステラの父親が逞しく、やんちゃそうな笑顔だった。キーチとミホの親の写真はなかった。幼い二人の荷の中には、写真はなかったのだろう。
 どんな家族だったのだろう。自身も家族を知らぬシリウスは想像し、切ない思いを抱いた。