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リアクション
同時刻 迅竜 イーリャ・アカーシ私室
「こちらをお使いください、アカーシ博士」
艦内の居住区にある一室。
そのドアを開け、丈二はイーリャに言った。
イーリャが持参した荷物や機材を運び込むの丈二を手伝いつつ、ヒルダも言う。
「何かある時は言ってもらえれば」
親切にしてくれた二人にイーリャは優しげな微笑みを向ける。
「色々とありがとう」
荷物と機材を運び終えた二人は、イーリャに敬礼する。
「では、我々はこれで」
「失礼します」
二人が戻っていった後、イーリャはデスクの前にあった椅子に腰を下ろし、持ち込んだPCを起動した。
「さて、今回得られたデータは――」
その時、ドアがノックされる。
「どうぞ」
ほどなくして開いたドアから入ってきたのは、鈿女だった。
「失礼するわね」
「ああ、鈿女さん。いらっしゃい」
部屋にあるポットから紅茶を淹れると、イーリャはそれを鈿女に差し出す。
「ありがと。それで、ちょっと貴方に意見を聞きたくてね」
そう切り出すと、鈿女は抱えていたラップトップPCを手近な台の上に置いて起動する。
ほどなくしてモニターには、前回と前々回、そして今回の戦闘を記録した映像だった。
「丁度良かったわ。私も今から、これについての分析を始めようとしていた所だから。さっき、迅竜のブリッジに到着してからも分析は行っていたけれど、ちょっとまだ気になることがあるから」
言いながらイーリャも自分のPCにデータを表示する。
「アカーシ博士、貴方はどこまで掴んでいるの」
「そうね。前回までの調査でわかったのは、正体不明機は数十年は先の技術で作られていることと、にも関わらず未来人の干渉の証拠は掴めないということね。そして禽竜……恐らく剣竜も敵の正体不明機と同タイプの部品が使われている可能性があることかしら。ちなみに、使われた部品のうち、一般メーカー部品の個体管理番号は調べがついているわ」
そこまで語ると、イーリャはUSBメモリを取り出し、それを鈿女に差し出す。
「調べのついた事項は全て教導団の方に回しておいたわ。できれば私も叶大尉が行っているという事件調査の方に加えてほしいのだけど、教職でも所属が違うと難しいからしらね。ただ今後、機体解析と調査は密接に関係してくるはずということは進言しておくわ」
言い終えると、イーリャは空いている椅子を引っ張り、鈿女に勧める。
「よかったら座って。これから分析を行うにあたって、ロボット工学者である貴方の意見も聞きたいから」
「ありがと。それで、アカーシ博士としては今回、どんな方向からアプローチしていくつもり?」
問いかけられたイーリャはラップトップのキーとタッチパネルを叩き、特定の映像を幾つかピックアップする。
幾つかピックアップされた映像は複数のウィンドウで並列再生され、ラップトップの画面を埋め尽くす。
「これは……黒い“フリューゲル”、それに“ドンナー”……?」
「ええ……前置きが長くなっちゃったけど、今回の主な調査対象は敵の上位機ね。黒いフリューゲル……コードネームがまだならフリューゲルbis――日本語で言うところの改、とでも呼称しましょうか。恐らくドンナーや他のタイプにも同じような上位機……ドンナーbis、○○bisと言えるのがいると思う」
イーリャが説明していると、やおらドアが開いた。
開いたドアから入ってきたジヴァは鈿女に気付き、彼女をじっと見つめる。
「どうも。お邪魔してるわ」
「ま、まあ……ゆっくりしていくといいわ」
高飛車に言うジヴァに、イーリャは水を向けた。
「ジヴァ、ちょうど良かったわ。あなたの意見も聞かせて」
そう持ちかけると、イーリャは先程から鈿女と話していたことをジヴァにも話していく。
説明を聞き終え、しばし考えた後、ジヴァは言った。
「まぁ第三世代機が現実になった今、連中を見てるとやっぱり系列が違うわね。一点豪華主義の特化型って流れは第二世代の拡大発展型って感じで。禽竜に剣竜と理論上で開発のとん挫していた技術を実用化させた、みたいな……」
今も複数ウィンドウで同時再生されている映像を見ながら、ジヴァはなおも言う。
「……うん。あたしからも解析から事件調査への参加、頼みたいわね。イコン開発者の足取りを追っていくのにイコン工学の知識がある人間は必要でしょ? こっちも教導団が足取りを掴んでいる開発者がいるなら、出向いて調べてみたいわ。学校の垣根を超えて協力しないといけないのは戦闘だけじゃないわよ、この事件」
ジヴァの意見に頷くと、イーリャは映像を一時停止し、それにマウスポインタを重ねながら告げた。
「ジヴァの言う通りよ。そして、今回私達が分析すべきもう一つの事項は、それらの前回と今回での動きの違いね。同型同士を戦わせるのが敵側の仕込みなら、それで得たデータをどこかに反映させて来ると思うのよ……」
しばし無言で映像を見直す三人。
ややあってイーリャが口を開く。
「そしてもう一つ。情報収集機からの報告だけど」
そう前置きしてイーリャは語り始める。
「撤退していったbisタイプの二機はどこかへと飛び去って行った。そして、その途中で忽然と消えたのよ。もちろん、各種センサーで探知はしたわ。でも、情報収集機の特化されたセンサーですら発見できなかった――」
鈿女も気になっていたのか、興味津津という目で聞き入っている。
「――そして、情報収集機が得たデータを見直したところ、bisタイプ二機が消えた位置には『完璧なまでに何の異常もなかった』そうよ」
その口振りから何かを察した鈿女は、すかさずイーリャに問いかける。
「違和感、感じてるんでしょ?」
鈿女の問いに、イーリャは小刻みに二度三度と頷いた。
「え、ええ……何か、その……まだ、私の中で曖昧模糊としているのだけれど」
しばし考え込むイーリャ。
そのせいか無言になってしまった部屋を静寂が支配する。
ほどなくして、それを破ったのは鈿女だった。
「で、アカーシ博士は迅竜に残るのかしら?」
鈿女からの問いに、イーリャはしばし考え込む。
「そうね。私は――」