リアクション
■ エピローグ ■
どうしてドラゴンが倒れたかと聞かれたら、すっかり出来上がってしまったと答えることしかできない。
大量のアルコールと十分な運動をしている所に体力を思う存分削られて、終に共鳴竜は動けなくなった。
翼の先端と前脚が僅かに動くので気を失ったわけではないが、完全な泥酔に白濁に濁る眼を回している。
何人かが鱗病に羅患したパートナーへ視線を走らせる。が、その視線を受けてドラゴニュート達は首を横に振った。
「なんで……」
呟いた。
まだ、歌っている。
この歌はどう止めればいいのだろう。
戸惑う契約者達のそばをクロフォードは横切った。その手はナイフを握っている。
「クロフォード!」
「一枚だけだ」
名前を呼ぶ大鋸に「一枚だけだ」と白髪の男は繰り返した。
「どうせ然るべき機関に送るんだろう? こんな事例滅多にないんだから。どの研究所も欲しがる症例だ。鱗一枚でも良い金額になる」
横たわる共鳴竜の前で立ち止まったクロフォードが周りの契約者達を見渡した。
一枚くらい、いいだろ? そんな意味を込めて。
返答を待たずクロフォードは鱗一枚剥ぐためにナイフを握り直し、その体表に触れた。
その時だった。
共鳴竜が突如首を持ち上げ喉を逸らし、空に向かって咆哮した。
絶叫とも取れる鳴声に促されるように鱗の一枚一枚がそれぞれ光り出した。
光は文字に変換し、文字列は一定の規則に習い、その配列を変え、整理され、整頓され、整然と並べられ、型枠にきっかりかっちりと鱗の一枚一枚に嵌められていった。
全てが終わる頃、竜は両眼を閉じると音を立てて再び大地に伏した。
その衝撃で限界を迎えた大地が、ビシリと音を立てて亀裂を走らせ崩壊する。
巨大な空洞が口を大きく開けて待っていた。
「ふぅん、強制終了させたのぉ」
一人、ルシェードは誰にも聞こえない大きさで吐息と囁く。
「和輝!」
合流した和輝にアニスが飛びついた。
「私は和輝を護る、矛と盾よ。大丈夫安心して怪我なんてさせてないんだから」
心配するアニスをスノーは優しく宥めている。
和輝の視線を受けてルシェードはにんまりとご満悦だ。
「さっさと退散が賢明よねぇ?」
破名に戻ってくるまでの体力は残ってないと切り捨てたルシェードがそう四人に提案した。
撤退しながらルシェードはそう言えばと飛ばされたエッツェルを思い出した。つい惹かれてしまったのは自分が呪いの研究をしている業だろうか。
「び、びっくりしました」
陥没落下から全力で逃げ出し危機から脱したリースは大きく息を吐いた。
空洞の深さと規模を示すように共鳴竜の姿はそこには無く、代わりに大きくへこんだ地形が残されていた。その大きさに「わぉ」と驚くナディムとは対照的に隆元は無言だ。
何かを踏みしめてクロフォードは足元を見た。踏んでいたのは、いつ落ちたのか知れない一枚だけ地上に残された共鳴竜の鱗だった。深く息を吐いてからそれを拾い上げた。隠しに入れ、顔を上げた破名は、ふと、気づく。
「死んだと思うか?」
共鳴竜を飲み込んだ場所をじっと見つめているティーに声を投げかけた。
「生きてるか死んでるかの二択なら生きてる可能性が高いぞ」
「なんで言い切れる?」
背後から近寄ってきた恭也にクロフォードは振り返った。丁度窪地を背負う形になった。
「竜が生き埋めになって死んだって話聞いたことあるか?」
逆に質問するクロフォードを眺めティーは側に来た鉄心とイコナの方に駆け寄った。
「絶対じゃないだろ? そんな事よりなんでここに居るのか説明してもらおうか」
「その前に名前教えてくれない?」
「クロフォードだ」
セレンフィリティに即答し、嘘でないと厳しい眼差しを向けてくるセレアナに頷いてみせた。
「で、目的は?」
「大先輩がどうして怒ったのか是非説明してもらいたいぜ?」
詰め寄るルカルカと怒りを隠さないカルキノスを前にクロフォードの顔色は変わらず、
「先にも説明した。生態調査の延長で鱗が欲しいと頼んだ。確かに、気位の高いドラゴン相手に軽率だったと思う」
話す内容も変わらなかった。
「竜が最後に光ったのはどう説明するんだ?」
「明らかにあれは文字だったのぅ。そなたが触った途端起きた現象はどう説明するのじゃ?」
確信めいた目で探る甚五郎と羽純に、記録してます、逃がしませんとブリジットとホリイが畳み掛けた。
「尋問か? なら後にして欲しい。先にやりたいことがある」
片手を挙げ、逃げない意思を示し、クロフォードは大鋸達が居る方へ歩き出した。歩くのがやっとのふらつく後ろ姿は確かに逃亡の余力は残っていなさそうだ。
「大鋸、頼みがある。シーを診させて欲しい」
「随分と質問攻めだったな。何かやったのか? つか、診れるのかよ?」
交わす会話はいかにも顔馴染みで、孤児院繋がりというのはどうも嘘ではないらしい。
「不信の目で見られるのは慣れている。荒野で生き埋めになってたら質問もしたいだろ。診れるから頼んでいる。シー、共鳴は止んだろ?」
近場の岩に座り深く息を吐いたクロフォードはシーの腕を取った。
「そう言えばてめぇここ三ヶ月帰ってなかったろ? マザーが怒ってたぜ?」
冷ややかな大鋸の言葉に破名の動きが一瞬止まる。そうだな、と努めて平静に返した。
共鳴が終わって容態が落ち着いたガガを介抱する菊の元に武尊が訪れる。
「さっきは……協力感謝する。ありがとう」
「こっちこそ竜に酒なんて考えてみれば王道もいいところだよ」
酒の量が足りたようで本当によかった。また買い直す懐の痛みがあるが、武尊の作戦に乗った甲斐はあっただろう。
「ねぇ、本当にシーちゃん診れるの?」
疑わしいと感情も顕な素直な態度で遠慮もなく聞いてくる美羽。パートナーと同じ視線をベアトリーチェもクロフォードに向けていた。
「それを診て君は何を得るのかな?」
ブルーズを隣に天音も質問を重ねた。
「そうだね。医者じゃないんだろう? 生物調査員?」
メシエの言い回しにエースは僅かに苦笑を滲ませる。
シーの腕の検分を終えて、クロフォードは頷いた。
「確かに俺は医者じゃない。だが、仕事柄いくつかの研究所につてがあるから症状に合わせた薬の調達くらいはできる。勿論、シー以外のドラゴニュート達も同様だ」
少しだけ俯く。顔を上げ共鳴竜が埋まった場所を一度だけ流すように見た。
「俺の行動の結果で迷惑をかけてしまったようだ。これくらいの償いしかできないのを許してくれ」
すまない。謝罪の言葉を吐き出してクロフォードは立ち上がった。
立ち上がって、大鋸の名前を呼んだ。向ける紫色の目は焦点を失っている。
「頼み事ついでにもう一つお願いしてもいいか?」
「言ってみろ」
「俺を孤児院に運んで欲しい」
「あン?」
「限界だ」
言い終わるのと同時に、電源が落ちたようにクロフォードは気を失った。
共鳴竜の子守唄すら聞こえなくなった場所に、未だ残る人影。
「……見定めないと……ワタシも、君……も……この世界も……ずっと……」
囁いた言葉は風に飛ばされる砂の様に崩れて消える。
アルマーとグレンに振り返ったみのりは一度だけ頷くと、またどこへともなく荒野の風景の中を歩きはじめた。
皆様初めまして、またおひさしぶりです。保坂紫子です。
今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。皆様の素敵なアクションに、少しでもお返しできていれば幸いです。
鱗病の拡散の阻止、及び要救助者の救出本当にお疲れ様でした。
二週間後くらいに治療薬がドラゴニュートの方々の元に届くと思います。
今回は説明していない事も含め、壊獣と破名・クロフォードの情報の六割くらいが皆様のアクションで吐き出された形になっております。
それと当初の目的の通り破名は鱗を一枚手に入れました。が、破名が今後この鱗をどう使うかは不明です。共鳴竜の事は、破名も破名なりに思う所があるのかもしれません。
要救助者の正体はご想像の通り破名でした。ただし、救出後はクロフォードとして名乗りをあげています。黒衣の破名と白衣のクロフォード、どちらも同一人物です。二重人格とかではありません。こんな設定を作りあげて皆様がどう関わりを持っていただけるか考えるだけで、私はどうしてこう自分のハードルを自ら上げているのかと理解に苦しんでおります。精一杯努めさせていただきます。
それと気になる方がいらっしゃったらと思い表記させていただきますが、「壊獣」の読み方は「かいじゅう」になります。今更なお話で申し訳ありません。
地中に埋まってしまった共鳴竜の今後ですが、構想はありますのでいつの日かシナリオとして出せればと思います。
また、推敲を重ねておりますが、誤字脱字等がございましたらどうかご容赦願います。
では、ご縁がございましたらまた会いましょう。