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愛を込めて看病を

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愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

「うーん、37度9分……今日もまだ、眠っていた方が良いですね」
 と、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は言った。
 セイニィの熱はいまだに下がらず、風邪は長引いていた。
「食欲はあるのに、まだ治らないなんて……」
「仕方ないですよ、セイニィ。きっと明日の朝には熱も下がりますから」
「そうだといいんだけれど……」
 弱気になるセイニィへ、シャーロットは元気づけるように微笑んだ。
「大丈夫です、心配しないで下さい」
 セイニィの氷枕を新しいものへ替えてやり、額に冷たいタオルを載せる。
 やはりまだ熱がある証拠なのだろう、セイニィは冷えた枕とタオルを気持ちいいと思った。
「ありがとう、シャーロット」
「いえ、いいんです。おやすみなさい、セイニィ」
「ええ、おやすみなさい」
 両目を閉じたセイニィのそばから、シャーロットは離れなかった。
 セイニィの額に載せたタオルが温まると、すぐに氷水へつけて冷やす。そしてそれを再びセイニィの額の上へ……と、同じ作業を繰り返す。
 彼女を思うからこそ、シャーロットは看病を苦に思わなかった。
 しばらくすると、熱が少しずつ下がり始めたのか、セイニィの様子は落ちついてきた。
 これなら安心できそうだと、シャーロットはそっと彼女の手を握る。

 やがて夜が明けると、シャーロットはセイニィのベッドに突っ伏して眠ってしまっていたことに気がついた。握っていたセイニィの手を、抱きかかえるようにして。
 はっと顔を上げたところで、セイニィの視線にぶつかった。
「おはよう、シャーロット」
「お、おはようございます、セイニィ……」
 あまりにもセイニィの目が優しく微笑んでいたため、シャーロットはドキッとしてしまう。
「あ、具合はどうですか? 熱は?」
「うん、それが治っちゃったみたい。身体もだるくないし、すっかり熱も下がったわ」
 シャーロットはほっとして微笑んだ。
「良かった、です」
「心配かけたわね、看病してくれてありがとう」
 と、セイニィは言った。

 同じ頃、目を覚ました牙竜はひどい咳に襲われていた。どうやら、セイニィに風邪をうつされてしまったらしい。
 寒気を感じた牙竜は、ぶるぶると身震いするのだった。

   *  *  *

「うわぁ、38度9分……これは、たーいーへん、だ」
 と、呟くなり、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は倒れこんだ。
「他の皆は出かけてて私一人だけど、安心して。本格的に看病なんてしたことないけど、見よう見まねで何とかなるから! 多分きっと!」
 と、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は自信満々に言う。
 ベッドの中へ入ったエースは、少し不安を覚えたが、今は自分の心配をするのが先だ。
「じゃあ、頼んだよ」
「ええ。まずはー……そうね、暖かくしないといけないわね」
 リリアはひらめくと、ペットたちへエースを温めてくれるように指示をした。
 布団の中に猫たちが入って来て、温かくなる。
 リリアは満足すると、部屋を出て台所へ向かった。今度は身体の内側から暖まってもらおうと、ホットワインを作る。
「エース、ホットワインよ。これでも飲んで、落ち着いてね」
「ああ、ありがとう」
 エースはゆっくりと身体を起こし、ホットワインを受け取った。一口飲んでみると、身体がじわりと暖まっていくのを感じる。
「うん、温まるね。ちょっと心配だったけど、リリアに任せても大丈夫そうかな」
「まだ心配してたの? 大丈夫よ、私に任せて」
 と、リリアは微笑む。
 エースはうなずき、ホットワインを飲み終えると再びベッドへ入った。

「さて、次はおかゆっていうのを作ってみるわ!」
 と、リリアは台所へ立つなり、意気込む。
「確か、ご飯を煮るだけだったわね……それなら簡単だし、きっと大丈夫ね」
 鍋にご飯と水を入れて、リリアはさっそくおかゆ作りにチャレンジする。
 高熱で寝込んでいるエースのために、意気揚々と火をつけるリリア。料理が得意でない彼女でも、こんな時くらいはきちんと――出来るわけもなかった。
「あれ? いやん、どうして焦げ付いたりしちゃうわけ?」
 リリアは首をかしげた。鍋にはたっぷり水を入れたはずなのに、ご飯が焦げ付いている。
「えっと、これじゃあおかゆにならないから、お水を――って、お鍋が!」
 水を用意する間に鍋の焦げ付きは進み、底はあっという間に真っ黒になってしまった。
「……ど、どうしましょうか。お、お水……は、もう遅いわよね」
 おかゆだったと思しきものをお玉でつつきつつ、リリアはひらめいた。
「そうだ、具を入れるのを忘れてたわ!」
 と、すぐに卵を取って来て、鍋へ投入する。それからぐるぐると適当にかき混ぜた。

「ん、焦げ臭い、におい……」
 目を覚ましたエースは、嫌な予感を覚えて起き上がった。
 すると、鍋を手にしたリリアが部屋へやってくる。
「ごめん、ちょっと失敗しちゃった……」
 と、リリアは鍋を差し出した。
「おかゆ、作ってみたんだけれど」
 鍋の底部分にあったと思しき米は、見事に炭と化している。
 しかし、エースはにっこりと優しく微笑んだ。
「……ありがとう、リリア。いただくよ」
 リリアは嬉しそうに顔を輝かせた。
 まるでおかゆとは思えない代物だったが、エースは紳士を務め上げた。最後まで完食したのだ。
 薬を飲むためにも、胃に何かしら入れておかなくてはならないと、エースはまずい顔一つせず、笑顔でおかゆ(?)を食べきった。
「リリア、薬を取って来てくれる?」
「ええ、すぐにっ」
 と、リリアは嬉しさを隠しきれない様子で、薬を取りに行くのだった。

   *  *  *

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、元からあまり体調の良い方ではなかった。身体はすっかり衰弱し、吐血さえ日常茶飯事だった。
 そのため、少し寒気がしても気にしなかった。風邪を甘く見ていた。
「ぁ……」
 油断したグラキエスは、ついに高熱を出して倒れ込んでしまった。

「――エンドロア!?」
「…………ウルディカ?」
 気づくと、目の前にウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)がいた。
 グラキエスははっとして、彼に抱き起こされていたことを知る。
「……ああ、そうか……少し、具合がおかしいとは思ったんだが……」
「何故、変調を感じた時にすぐ呼ばなかった。俺が何のために側に居ると思っている」
 と、ウルディカは怒った様子で言う。
 グラキエスはもうろうとする意識の中で答えた。
「すまない……。軽い風邪だと……甘く見た」
 と、笑う。
 ウルディカが自分を心配し、同時に責任を感じていることに気づいていた。そして、彼の想いがとても嬉しいものであることにも。
「……何故笑う。俺は怒っているんだがな」
 と、ウルディカは不機嫌そうに眉を寄せた。
 グラキエスは笑ったままで、彼へ言う。
「……なあ、ウルディカ。このまま、眠っていいか……?」
「は?」
「……あなたに、触れていた方が……安心できる」
 ウルディカは戸惑ったが、顔には出さずに言い返す。
「眠るのはいいが、この状態で寝る気か……いや、いい。眠って体を休めろ」
 と、少し身体を動かして、グラキエスの楽な体勢へと変える。
「うん……ありが、とう」
 ぱたりと眠りに落ちるグラキエスを、ウルディカは優しい目で見守っていた。こんな風に甘えてもらったことなどなかったため、本当はとても嬉しかった。
 その様子を見ていたのは、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)だ。
「……ふむ。素直になったものだな」
 と、つぶやいて二人へ背を向ける。風邪が流行っていると聞き、パートナーを心配したゴルガイスだが、ウルディカがそばにいるなら大丈夫だろうと思った。
 これまでの二人を思えば、今日はゆっくりと絆を深めてもらう良い機会だ。
 ゴルガイスは彼らの邪魔をしないよう、静かに外へと出て行った。

   *  *  *

「……おかしいわね、頭がふらふらする」
 と、起き上がったフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)はつぶやいた。
 額に手を当ててみると、熱い。熱が出ているようだ。
「おはようございます、フレリアお姉ちゃん」
 と、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が部屋へ入って来て、フレリアは言った。
「ああ、ヴェルリア。ちょっと風邪ひいたみたいだから、今日の学校は休むわ」
「え? 大丈夫なんですか、お姉ちゃん!?」
「大丈夫よ、自力で動けるし」
「でも、風邪だなんて大変です! すぐに氷枕を用意しますね!」
 と、ヴェルリアは慌てて部屋を出て行く。
「……」
 ごそりとフレリアは布団の中へもぐった。

「フレリアが風邪? それは大変だ」
「そうなんです! なので、すぐに氷枕と冷たいタオルと――」
「落ち着け、ヴェルリア」
 と、柊真司(ひいらぎ・しんじ)は彼女の肩に手を置いた。
「す、すみません……お姉ちゃんが風邪をひくなんて、思ってなかったので」
「大丈夫だよ、ちゃんと俺も手伝うから」
「はい、ありがとうございます」
 と、ヴェルリアはようやく落ち着きを取り戻した様子で言った。
 真司はさっそくフレリアの部屋へ向かうと、暖房を入れて室内を暖かくしてやった。布団も一枚多くしてやり、フレリアへ問う。
「フレリア、これでどうだ? 寒くはないか?」
「ええ、十分よ。むしろ、熱いくらい」
「熱くていいんですよ、フレリアお姉ちゃん。風邪をひいたら、しっかり汗をかかないと」
 と、ヴェルリアは枕を氷枕に変えてやる。
「……そうだったわね」
「分かったなら大人しくしてるんだぞ、フレリア」
 そして二人はフレリアをゆっくり休ませるため、部屋を出た。

 数時間後、様子を見に行ったヴェルリアはびっくりした。
「フレリアお姉ちゃん、そんな起き上がって窓の外なんか見てたら風邪が悪化しちゃいますよ!」
 いつの間にかフレリアはベッドから出て、外の雪景色を眺めていた。
「もう、大人しく寝てなきゃだめじゃないですか」
 と、涙目になりながら言うヴェルリア。
 すると、真司までやって来て、フレリアへ言う。
「そうだぞ、フレリア。窓の外なんか見てたら悪化するだけだ。素直に布団で大人しくしていてくれ」
「……だけど綺麗なんだもの」
「そういう問題じゃない」
 フレリアはしぶしぶベッドへ戻ったが、ふとヴェルリアへ言った。
「お腹が空いたわ。ねぇ、おかゆを作ってくれない?」
「え、おかゆが食べたいんですか?」
「ええ」
「分かりました。じゃあ、ちょっと作ってきますので、大人しく寝ていてくださいね? 無茶しちゃダメですよ?」
 と、ヴェルリアはすぐに台所へと向かっていく。
 真司はその場に残って、フレリアの布団をかけなおしてやった。

 出来上がったおかゆを持ってきたヴェルリアは、スプーンを手にして言う。
「ほらフレリアお姉ちゃん。あーん、して、下さい。」
「ちょっとヴェルリア、おかゆくらい一人で食べられるから!」
 と、フレリアは返すが、妹はひく様子がなかった。
「さすがに恥ずかしいんだけど……て、真司も見てないで止めなさいよ!」
「いやぁ、別にいいんじゃないか? 無理して身体を動かすのも良くないしさ」
 と、真司。
 フレリアは仕方なく、あーんと口を開いた。
 妹におかゆを食べさせてもらうほど、恥ずかしいものはない。どうにかこうにか皿を空にすると、ヴェルリアは片づけをしに出て行った。
 二人きりになったところで、真司は言う。
「まったく、こっちは心配してるっていうのに、熱があるわりに元気そうじゃないか」
「最初から言ってるでしょ、これくらい大丈夫だって」
「でもまぁ、今日はちゃんと休むことだな」
 と、真司はフレリアの額に濡れたタオルを置いてやる。
「お前の調子が悪いと、ヴェルリアが落ち着かないんだ。だから早く元気になってくれよ、フレリア」
 そう言って、優しくフレリアの頭を撫でる。
「っ……言われなくても早く良くなるわよ」
 と、フレリアは照れくさそうに言い返すのだった。

   *  *  *

「やっちゃった、わね……。ザマ、ないわ……」
 空賊団の本拠地でもある飛空艇「アイランド・イーリ」の一室で、呆然とリネン・エルフト(りねん・えるふと)はつぶやいた。
 義賊として活動していた際、戦闘で負傷してから様子がおかしかったのだが、ついに体力が落ちて倒れこんでしまったのだった。
「リネン、大丈夫か?」
 と、パートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が声をかけてきたが、リネンは答えなかった。
「……おい、リネン」
「……大丈夫、よ。ただの風邪、だもの」
 フェイミィは困った様子で苦笑した。
 ただの風邪だと言いつつ、リネンは長いこと寝込んでいた。良くなる気配などまったくなく、このままでは心配だ。
 リネンは『風邪で倒れた』という事実に対し、ひどくショックを受けていた――。

「リネン、入ってもいいかしら?」
 ふいに声が聞こえて、リネンはそちらへ顔を向けた。
「私よ、フリューネよ」
「ふ、フリューネ……?」
 リネンの声を聞いて、フリューネは扉を開ける。
「な、なんで……」
「風邪の噂で聞いたのよ。リネンがずっと寝込んでいる、って」
 と、フリューネは静かに歩み寄ってくる。実際は、フェイミィから連絡を受けてやってきたのだった。
 リネンは困惑してしまい、彼女の顔を見られなかった。
「ご、ごめんね……、心配かけてばっかで……」
「いいのよ、リネン。それよりも、きちんと栄養は取った?」
「……」
 リネンは首を横へ振った。寝込んでからというもの、ろくな食事をとっていなかった。
 フリューネは彼女を心配そうに見つめると、励ますように言った。
「それなら、おかゆを作りましょうか。何でもいいから食べないと、ますます悪化するだけよ」
「っ……ごめん、ね。こんな私、じゃ……情けない、よね……」
 今にも泣き出しそうな、弱々しい声だった。
「情けないことなんてないわ、リネン。私だって風邪くらいひくもの」
「……で、でも」
「今はとにかく休みなさい、いいわね?」
 と、フリューネは言う。
 リネンは口を閉じると、こくりとうなずいた。
「それじゃあ、少し待っていて。おかゆを作ってくるわね」
 と、フリューネはリネンのそばを離れる。
 ベッドの中で、リネンは自身の弱さに真っ向から向かい合おうとしていた――。

   *  *  *

「大丈夫か?」
 と、成田樹彦(なりた・たつひこ)は言いながら、部屋に入ってきた。手にはおかゆを持って。
「う、ん……だめ」
 返事をしながら顔を向けるのは、妹の仁科姫月(にしな・ひめき)だ。
 樹彦はベッドのそばへ置いた椅子へ座り、おかゆの入った皿を手近な棚の上へ置いた。
 すると、姫月は甘えるように言った。
「ねえ、兄貴、食べさせて」
「え? まったく、仕方がないな」
 と、樹彦はうなずき、スプーンでおかゆをすくう。
 もぞりと起き上がった姫月は、少しだけ彼のそばへ寄って口を開ける。
「あーん」
 恥ずかしそうにするのと同時に、嬉しそうにおかゆを食べる姫月。
 風邪をひいたからと甘えてくる妹を、樹彦は半ば呆れつつも優しく看病していた。
 皿の中が空になり、樹彦は立ち上がろうとした。
「そばにいて」
 と、姫月の華奢な手が彼の袖をつかむ。
「……」
 樹彦は息をつくと、腰を上げるのをやめた。そして、姫月の手をぎゅっと握ってやる。
「ふふ、ありがとう。兄貴」
「気が済んだら離せよ」
「分かってるよ。でも……」
 と、姫月はまた甘えたように彼を見上げる。
「ねぇ、お兄ちゃん。一緒に寝よ」
「っ……さすがに、それは」
「いいでしょ、ただ一緒に寝るだけだよ」
 しばらく樹彦はためらっていたが、覚悟したのか、布団をめくってベッドへ入ってきた。
 姫月はすかさず抱きついて、彼の腕を枕にする。
「やっぱり、お兄ちゃんのそばにいると安心するなぁ」
「そんなことより、早く眠れよ。じゃないと風邪が治らないだろう」
「うーん……ねぇ、お兄ちゃん、ちゅーして。そしたら寝るから」
 と、姫月はわがままを言う。
 樹彦はどうしたものかと困惑し、彼女の額にそっとキスをした。
「おでこじゃないよ、私の唇だよ」
 と、姫月は唇を突き出す。
「……ったく、仕方ないな」
 樹彦はついに観念し、ちゅっと唇を重ねる。
「うん、これならいい夢見れそう」
 と、満足げに笑う姫月。
 樹彦はドキドキと心臓を高鳴らせながらも、ぎゅっと姫月を抱きしめて寒くないようにした。
 数分後にはすうすうと寝息を立て始めた姫月の、愛らしい寝顔をじっと見つめる。この状況はやばい。すぐにでも姫月を襲ってしまいたい衝動に駆られたが、相手は病人だ。
 樹彦はどうにかこうにか衝動を抑えつつ、まるで拷問のような時間を過ごしたのだった。

   *  *  *

「博季くん! 早く来て、博季くん!」
 唐突に名前を呼ばれて、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は手を止めるなり声のする方へ向かった。
「どうしたんですか、リンネさん……って、リリー!?」
 と、その場にぐったりと倒れこんでいるリリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)を見て叫ぶ。
「ねぇ、どうしたらいいの? 一緒に遊んでたら、なんか急に倒れちゃって……っ」
 と、わたわたするリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)
 博季は娘の額に手を当てると、ぱっとひらめいた。
「熱がありますね、おそらく風邪でしょう」
「風邪!? まさか、風邪ひいてたのに遊びに来たの?」
 と、リンネは問う。
 リリーは頭がぼーっとしていながらも、笑って見せた。
「えへへ、我慢、してたんだけど……やっぱり、調子が悪い時は、遊びに来ちゃいけなかったね」
「まったく、リリーってば……」
「とりあえず、ベッドへ寝かせましょう」
 博季はリリーを抱き上げ、自分たちの寝室へと運んだ。
「えっと、こんな時は……リンネさん、おかゆです」
「お、おかゆね、分かった。すぐに作ってくる!」
「それと、あと……」
 と、博季は娘にしっかりと毛布をかけてやりながら考えをめぐらせる。
「氷嚢だ! 待っていてください、リリー。すぐに用意しますから!」
 あまりにも唐突な出来事に、アシュリング夫妻は大慌てだった。
 ベッドへ寝かされたリリーは、そんな彼らを少しおかしく思いながら見ていた。
「博季くん、チーズケーキ!」
 と、台所でリンネは叫んだ。おかゆを作っている途中で、彼の焼いていたチーズケーキが放置されていることに気づいたのだ。
「ああ、すっかり忘れてましたっ」
 慌ててオーブンからケーキを取り出す博季。
 現われたのは見るも無惨な光景であり、博季は苦い顔をした。
「……とりあえずこれは、あとでどうするかを考えましょう」
「うん、そうだね……って、おかゆ作ってるの忘れてた!」
 と、今度はリンネが慌てる。
 こちらはまだ間に合ったが、二人とも慌てすぎだ。リンネは博季と顔を見合わせ、苦笑した。
「ダメだね、リリーが倒れたっていうだけなのに、こんなに慌てちゃって……」
「ええ、そうですね。だけど、ちょっと愉快っていうか」
「不謹慎だよ、博季くん」
「あはは。でも、客観的に見たらきっと滑稽だろうなぁって思って」
 と、博季が笑うと、リンネも口元をゆるめた。
 二人はリリーを心配に思うあまり、つい落ち着いていられなくなっていた。しかし、リリーにとっての頼りである自分たちがこれではいけない。
「少し、落ち着こうか、リンネさん」
「うん、そうだね」
 火を止めて、ぎゅっと抱きしめあう。リンネに頭を撫でられながら、博季はつぶやくように言った
「大丈夫、大丈夫だから」

「パパ、ママ……今晩、お泊りしてもいいかなぁ?」
「え?」
「リリー、一緒に寝たいな。パパとママと三人で」
 と、リリーは笑う。
 博季は彼女の頭に手を置き、うなずいた。
「うん。今晩は、三人で一緒に寝ようか。下宿先には連絡しておくから」
「うんっ」
 嬉しそうに笑うリリー。
 リンネもまた、にこっと微笑んでいた。
 そして博季はリリーの下宿先へ連絡をしに部屋を出た。気づくと、外はすっかり雪景色になっている。こんなに寒い中では、風邪をひいた娘を帰らせられるわけもない。
 連絡を終えて寝室へ戻ると、リンネは博季へ振り返った。
「博季くん、リリーがお風呂も一緒に入りたいって言ってるんだけど、いいよね?」
「え、お風呂まで? いや、いいけど……」
 三人で、という言葉に博季はどぎまぎしていた。
 しかし、リンネとリリーはおかまいなしだった。
「わーい! パパとママと一緒にお風呂に入れるー!」
「リリー、大人しく寝てないとダメだよ。嬉しいのは分かるけどね」
「えへへー」
 娘のそばに、夫婦は寄り添う。具合はどうかと熱を見たり、毛布をかけなおしてやりながら。
 そして無邪気な娘の笑顔に、博季とリンネは幸福な気持ちを覚えるのだった。
「大好きだよ。パパ、ママ」

担当マスターより

▼担当マスター

瀬海緒つなぐ

▼マスターコメント

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

久しぶりのリアクション執筆だったため、どうやって書いていたかを忘れてしまい、これで良かったのかと悶々しています。
やはりブランクは空けるものじゃないですね……。
次のシナリオでは、今回の反省を行かせるようにしたいと思います。

それでは、またの機会にお会いしましょう。