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リアクション
5章「願いの先」
〜イコン搬入口・出入り口付近〜
唯斗に言われてシエルは初めて剣を持っていないことに気が付いた。落下中に落としたのかと周囲を見回すと
刹那が剣をファンドラに渡している場面が視界の端に映る。
「どうやらこれが奴の弱点となりうる剣のようじゃ。見た目は……何の変哲もないただの剣なのじゃがな」
「やっとですか。これさえなければ……奴は……倒せませんよね」
ファンドラは力任せに剣を武器で殴り付ける。一撃で刀身にひびが入り、今にも根元から折れてしまいそうだった。
「ファンドラッ!! 貴様あぁぁぁッ!」
クリムは静止しようとする北都を振り払うと腰に提げた予備のショートソードを抜き放ち、ファンドラへ猛進する。
すかさず刹那がクリムとファンドラの間に入り、柳葉刀でショートソードを受け止めた。直後、流れるような連撃が撃ち込まれ、
その場にクリムは膝をつく。首にひやりとした柳刃刀の感触を感じながらも、彼はファンドラに叫んだ。
「それを壊してしまえば……奴を倒す術は無くなってしまう……! お前は一体何をしているのかわかっているのか!!」
何の表情もない顔で冷たくクリムを見下ろすと、ファンドラは幻槍モノケロスを構えるとクリムの肩に突き刺した。
「ぐぅあああ!!」
「わかっていますとも。自分のしている事ですからね……」
ひびの入った剣が再び強く殴られ、金属音を響かせながら折れてその場に落ちた。
ファンドラは幻槍モノケロスを握りなおすと、クリムの傷を抉りながら冷たい微笑を浮かべる。
「ふふっ……貴方は実に予想通りに動いてくれましたよ。おかげでこんな簡単に……あのような災厄を世に放てる」
傷を抉られる度にクリムは苦しそうに呻き声を上げる。肩に深々と刺さった幻槍モノケロスを掴もうと腕を上げようとするが、
刹那に腕を蹴り飛ばされ動かすことはかなわない。
「……っ!」
その様子を見ていた北都は悔しそうに唇を噛んだ。手は武器に添えられいつでも飛び出せる姿勢ではあった……が、
クリムに刃を当てている刹那の目線は彼らを常に捉えており、その視線を感じている二人は
いたぶられるクリムの様子をただ見ている事しかできなかった。
「これで私の復讐が実現できます。残念なのは……この世の滅ぶ様をあなた方に見せてあげられないことですが――ここで
死に絶えてしまうあなた方には関係ない事柄でしたね」
ファンドラは幻槍モノケロス引き抜き、刹那に合図をする。刹那はクリムを蹴り倒すとファンドラに追従し、
小型飛空艇エンシェントに乗り込むと空の彼方へと飛び去って行った。
倒れたクリムに北都とモーベットが即座に駆け寄り、傷の治療を開始する。
傷は深く、さらにファンドラがなんらかの妨害措置でも施したのか、蘇生術とヒールを併用しても傷の治りは遅かった。
既にクリムの意識はなく、二人は助かれと願いながら治療を続けた。
「俺のせいだ……ちゃんと剣を……ぁ………ああ……」
膝をつき、死を運ぶ闇と戦う契約者達を呆然と眺めるシエル。彼に先程までの燃えるような闘争心はない。
あるのは自らを責める後悔……ただそれだけ。
彼の視界に黒い大鎌が迫ってくるのが映るが、ひどくゆっくりに見えたそれを避ける気すら彼には起きなかった。
黒い大鎌は深々と胸に突き刺さると、背中に抜け赤い鮮血を辺りに撒き散らす。
口からは血液が溢れ、ごぼっと吹き出すように口から流れ落ちた。
撒き散らされた鮮血が顔に掛かり、ふとシエルは思う。なぜ痛みがないのだろう。
死ぬ時というのはこうも痛みが無いものだとでもいうのだろうか。
彼は恐る恐る自らの胸に触れてみるが――そこには傷一つなかった。何も刺さっていない。
疑問に思いながら彼が顔を上げると……目の前に誰かが立っている。
背中まで伸びる長い髪、見慣れた服装……会いたかった人。助けたいと願った人。
……最愛の人。
「リー……ル…………」
黒い大鎌が引き抜かれ、血を胸から吹き出しながらリールは仰向けに倒れた。
シエルは彼女を抱き抱え、必死に声をかける。
「おい……なんでっ! ……リールが……! こんな……!」
彼の目からは大粒の涙がとめどなく溢れて頬を伝い、リールに落ちる。
それを手で拭うとリールは精一杯の笑顔をシエルに向けた。
「なに……情けない顔……してんのよ……みんながあなたの為に……戦ってくれ……てるのに……
……はぁ、はぁ…………こんなとこで、ぼーっと……しちゃっ……て」
「でも、俺のせいで……死を運ぶ闇を倒す方法は、もう」
震える手でリールはシエルの額を小突く。
「いてっ」
「ばーか……何諦めてんの? 私の知ってるシエルは……こん……なことじゃ、諦めないような人だった……はずだけど?」
「リール……」
その言葉でシエルの瞳に闘志が戻る。彼は死を運ぶ闇を見る。そこでは巨大な身体に臆することも無く契約者達が激闘を繰り広げていた。
彼は願う。あいつを倒したい。倒す為の力が欲しい。全てを救うような力が。
二人の近くに転がっていたファンドラに折られた剣が空中に浮き、赤く輝きだす。
地面に広がったリールの血が刀身のあった位置に集まり、凝縮していく。根元から新たな赤い刀身が生成される。
以前の刀身よりも大きく、長く、鋭く。
赤い大剣となったそれは宙に浮かんだまま静止している。掴み取る主を待つかのように。
「あいつは……俺が倒す」
「うん……それでこそ……シエル。いってらっしゃい……」
リールの言葉を背に受け、シエルは赤い大剣に向かって歩き出す。
手を伸ばし赤い大剣の柄を握ると深紅の稲妻がシエルを襲った。暴れ溢れる剣の力は痛みで膝をついたシエルに
なおも容赦なく襲い掛かる。
(握ってるのがやっとだなんて……)
ふと、シエルを襲う痛みが軽くなる。何者かの手が彼の手に重なり、大剣の柄を一緒に握っていた。
「ったく、世話の焼ける奴……ぐっ! ……結構いてぇな。ま、一人では耐えきれなくても二人ならいけるだろ」
柊は腕を伝ってくる痛みに耐えながら死を運ぶ闇を睨む。
その顔は喜びに満ちていた。
「これでやっとあいつに今までのお礼ができるってもんだ……行くぞ、動きを合わせろ!」
「はいっ!!」
シエルと柊は死を運ぶ闇に向かって走る。彼らに目掛けて勢いよく骨の足が数本振り下ろされた。
大剣の重さと、二人で持っている状況からそう機敏な対応はできない。
しかし、彼らは避けるも受けるもせずただ走る速度を上げた。なぜなら、信じていたから。彼が来ることを。
「うぉぉおおおおおーーーっ!!」
叫びと共に唯斗の百獣拳が繰り出される。次々と放たれる必殺の拳は骨の足に強い衝撃を与え、その軌道を大きく変えた。
軌道を逸らされた骨の足は地面に深々と突き刺さり、土煙を巻き上げる。
「露払いは任せろっ! 行けっ」
二人は骨の足を伝って死を運ぶ闇の身体を駆け上がる。彼らを振り払おうと死を運ぶ闇が大鎌を構えるが、振り下ろされる前に
赤い軌跡を残しながら大剣が大鎌を持った右腕を斬り飛ばす。苦しむような咆哮を上げ、もがく死を運ぶ闇。
落下していく巨大な右腕を足場にし、二人は一気に死を運ぶ闇の頭まで飛んだ。
大剣を上段に構えると、渾身の力を込めて振り下ろす。
「でやあぁぁぁぁーーっ!!」
刃が骨の頭を裂き、胸部、腰と勢いよく両断。真っ二つになった死を運ぶ闇はぐらりとその体を揺らして地面に崩れた。
不死と言われた災厄が倒れた瞬間であった。
契約者達はしばらく呆然としていたが、ほどなくして歓喜の声を上げる。
ここに長い戦いは終結を迎えたのである。
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