蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【若社長奮闘記】幻の鳥を追え!

リアクション公開中!

【若社長奮闘記】幻の鳥を追え!

リアクション


★第一話「人間を拒む山」★


 本日はロケの決行日。同行者たちが次々と集まる中、ジヴォートは誰かと電話で話していた。
「大丈夫なのか? ……うん……うん。無理はしないようにな」
 深刻そうな顔をしている彼に理由を尋ねると、どうもスタッフ数名が体調を崩して来れなくなったそうだ。
 早速来たか。
 数名がそう目を鋭くさせたが、ジヴォートは純粋に心配しているようだった。

「最後に念のため、確認する。本当に行くんだな?」
 はジヴォートに問いかける。それだけ危険なのだと、鋭い瞳が語っていた。
 ジヴォートは、しかしそれでも行くのだと頷いた。
 その瞳には強い光が宿っており、決意が固いのだと知れた。

 洋は頷きを返してから、せめてもとアニキら3人組に近づいて呟く。
「ふむ。動物ハンターとみる。念のために言っておくが、既に君たちの経歴は教導団の方で確認済みだ。トラブルが起これば君らのせいにしておく。ああ、保護対象を……なんて言わせるなよ?」
 ぎくり、とした彼らだったが、その場では笑ってごまかしていた。これで完全にとは行かないが、多少動きを制限することは出来るだろう。

 しかしこの3人にスタッフのことがどうにかできたとは思えない。視線を受けてみとが頷く。
「どう考えても、ジヴォートに恨みを持っている人とかいますね。少なくとも他にも妨害者がいるでしょう。この調子なら」
「まあ予想はしてたけど……あんまり無茶なルートを通らないようにするよー」

「でもほんと、大丈夫かな。あいつら。熱はないらしいけど」
 すぐに心配へと戻ったジヴォートに、エリスは首をひねった。
 どうしてそこまでこだわるのか。

 見てみたいから。
 嘘ではないだろう。
 いろんな人に見せたいから。
 嘘ではないだろう。

 でも、それだけでもない気がした。

「じゃ、行くか」
 出発を告げる声と同時に、強い風が吹いた。


* * *


「何かあったのか? 顔が暗いな」
 山を登ってしばらく。天候が荒々しく、予定より早く取らざるを得なくなった一度目の休憩中のことだ。
 ジヴォートは洋孝の操縦するサンタのトナカイに乗っていたため疲れていないが、ずっと気を張り詰めているように見えた彼に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が声をかけた。体の弱いグラキエスだが、寒さには抵抗があるのか。というより寒いほうが体に合うのか。いつもより元気そうだ。
 腕の中にもふもふ――忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を思い切り抱きしめられて嬉しい、というのもあるかもしれないが。
「このくらいで疲れたとか言わないでくださいよ。あなたが倒れたらロケが中止になってご主人様に氷の鳥を見せられなくなります。
 なのでコレでも飲んでちゃんと休んでください」
 ツンツンした口調で文句を言いつつ、温かい飲み物をポチから渡され、ジヴォートの顔から少し緊張が取れた。
「ありがとな」
「べ、別にあなたのためじゃありませんし」
 笑顔で礼を言われ、ポチの助はぷいっとそっぽを向くが、彼を抱いているグラキエスには分かった。尻尾がぶんぶんと嬉しげに揺れているのが。
 グラキエスはそんな2人に少し笑ってから、質問を繰り返した。
「それで、どうかしたのか?」
 山を登り始めてから、ジヴォートは口数が少なくなった。もちろんぺちゃくちゃとしゃべるのは体力を奪うことになる。だが、ジヴォートの沈黙は、どこか張り詰めているようだった。
「いや……登山って初めてだからさ」
「まあ、そうだったのですか」
 途中で話に入って来たのは挨拶にやって来たフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。後ろにはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)もいて、ポチがぐるると唸り、ベルクはぎろりとポチを睨んだ。相変わらずの仲らしい。
 そんな犬と吸血鬼に気づかず、フレンディスは「でも私たちにお任せくださいませ」と胸を叩いた。
「ジヴォードさんはお頭様なのですから、どーんと構えていて下さいませ!
 さぁ、マスター、グラキエスさん、皆さんと共に参りましょうー!」
「……いや、今休憩中だからな?」
 気合十分なフレンディスにロケ開始からそう経っていないのにつかれきった顔のベルク。

 お勤め(ツッコミ)ご苦労様です。

「うむ。頑張ろう。一緒に」
「ふふふー。ご主人様、ジヴォードさん!
 道中はこの超優秀なハイテク忍犬にしてイヌノクラートたる僕にお任せ下さい!
 氷の鳥が居そうな場所及び登山安全ルートを計算致しましょう。
 でも危険なルートに出現する可能性もありますから、そっちは吸血鬼に向かわせたらいいのです」 
「おいこら駄犬、どういう意味だ?」
 密かに毒舌なポチの助にツッコミをいれるのはベルクだけで、グラキエスもフランディスも
「うん。ポチの助はすごいな」
「私の自慢の忍犬ですから」
 などと笑ってポチの助の頭を撫でていた。ジヴォートも「頼むな」と微笑んでいる。
 そんな穏やかな空気を放っている彼らをじっと見守っていた、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は、グラキエスが元気そうなことに少し笑った。
「周囲は雪が積もり気温は低い。うむ、主には良い環境だ」
 相棒であるドラゴンのガディは、しかしどこか不満げにのどを鳴らしながらアウレウスに顔をこすり付けた。
 道中、その巨体を利用して風除けにしたことや雪をかきわけて道作りを不満を言わず(元々しゃべる事は出来ないが)こなしていたガディ。グラキエスのためならばそのような地味な作業も喜んでするガディの不満を、アウレウスはすぐに読み取った。

「……む?
 何だガディ、お前も主に構って頂きたいのか」
 ガディが肯定するようにまばたく。アウレウスは少し頬を緩める。
「主は任務の邪魔にならぬよう離れておられるのだ。
 安心しろ。任務が終われば愛でて頂ける」
 アウレウスの言葉にひとまず納得したようなガディ――の後ろにいたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、にっこりと笑みを張り付かせて、グラキエスたちのもとへと向かう。

「皆様、そろそろ休憩は終わりますよ。ご準備を。
 それとグラキエス様。足場の不安定な場所で両手を塞ぐのは良くありません。
 ソレは私のフラワシにお任せを」
 柔らかな物腰でありながら、ポチの助のことをソレと呼んだ時にベルクは冷たい何かを感じ取った。
 先ほどの発言を分かりやすく訳すと
『犬畜生め、調子に乗っているとピー(規制)するぞ』
 だろうか。つまり、グラキエスにかまってもらっているポチの助に嫉妬しているわけだ。
 ポチの助はポチの助で、エルデネストのことを『下等悪魔のくせに生意気です』と言わんばかりの目をしていたので、お互い様ともいえる。
 火花バチバチの2人に、グラキエスもフレンディスもジヴォートもやはり気づかず(ところが仲が良いなぁ、と微笑んでいる)、唯一気づいているベルクはため息をこぼす。

(はぁ、何やってんだかあいつらは……まあ別に俺に被害来る訳でもねぇからな。
 いや、まてよ?
 寧ろ邪魔犬を排除してくれっからラッキーじゃないか!?)
 自分にとって都合が良いのでは、と考えたベルクだったが、フラワシによって雪の中に埋められ死にかけているポチの助を引っ張り出した。
 さすがに死んでしまうようなものは放置できなかったようだ。

 毛布に包まれて半泣き状態のポチの助を、エルデネストは内心笑いつつ
「安全な場所に隠れてもらってました」
 とケロリと言ってのけた。
「まあそれはありがとうございます。良かったですね、ポチ」
 ちなみにフレンディスは笑って本心から礼を言っていた。

 犬VS悪魔の戦いはまだ始まったばかりである。


* * *


「あら、大丈夫? これでも飲んで」
 寒さに震えるポチの助に温かいミルクを差し出したのは
「あなたのほうこそ寒くないのですか?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。黒いロングコートの下にホルターネックタイプのメタリックレオタード、といういつもの格好である。
 ポチの言葉に苦笑するしかないセレアナは、ちらと隣に立つパートナーを見た。セレアナが少し肌寒い、と思える程度で済んでいるのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が発動しているアイスプロテクトのおかげであった。
 そこまでしてこの格好でいる必要があるのかとセレアナは思うのだが

「本当の美は、どんな過酷な状況でも変わらずにあり続けるものなのよ!」

 と主張するセレンフィリティに何も返さなかった。正確に言うと、返す言葉が見つからなかった。返せるものがあるとすれば、ため息か頭痛か。
 いや、頭痛は返せないが。
「寒くないのか、さすがだな。俺ももう少し体鍛えないとな」
「そうねぇ。あんたけっこうひょろいもんね」
 セレンフィリティが寒がっていないのが鍛錬の成果だと思い込まされているジヴォートに、パートナーが当然よ、と胸を張っている姿を見れば、やっぱり頭痛を返したいなと思わなくもない。
 いさめようと口を開くと、体が少し震えた。さすがにじっとしていると寒い。だが休憩中に体を動かすわけにも行かないので、ポチの助の隣で毛布に包まろうとしたセレアナだったが

「ぐるるるぁっ」

 友好的でない獣の唸り声に息を吐き出した。
「あら、ちょうどいい運動ができそうね」
「……そうね。温かくなるわね」
「ジヴォートは下がってなさいよ」
 嬉々としたセレンフィリティに、セレアナは額を押さえながら棒読み気味に返した。
 雪崩を起こさぬため、手にした銃の引き金を引くのではなくそれで獣たちをぶん殴り始めたセレンフィリティはいつも通りの明るさだったが、いつも通り護衛としての仕事もちゃんとこなしていた。ジヴォートに一切の危害が加わらぬように立ち回る。
 これであとは態度をちゃんとしてくれれば。
 何度思ったか分からないことを考えながら、セレアナはパートナーをサポートすべく槍を握った。
 敵の次に動く位置を読み取っていくセレンフィリティの動きを、目で見ずとも理解しつつ、光を操ってかく乱する。
 その隙をついてセレンが。時にはセレアナが攻め込んだ。


* * *


 きらりと光る刃が空気とともに血肉を切り裂く。きゃんっと予想していなかった愛らしい悲鳴が聞こえたが、すぐさまヘルハウンドたちの唸り声にかき消された。
 白一色を纏った顔は狼。足は鹿に似たその獣たちは不利を悟ったのか。すぐに逃げていった。
 元々無駄に殺すつもりのなかった十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が、ほうっと息を吐き出して剣を鞘に戻した。

「リイム。大丈夫か?」
「僕は大丈夫でふ。……獣さんたちは?」
「そっちも無事だ。多少怪我はしたかもしれないが、逃げを図る知恵が合ったらしいからな」
「それはよかったでふ」

 振り返った先にいたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)(マンモスの毛皮&トナカイフード着用でふわふか度↑)が、ほうっと安堵の息を吐く。
 なんだかその息の吐き方が先ほどの自分と似ていて、宵一は少し笑った。リイムがかわいらしく首を傾げたのに「なんでもない」と頭を撫でる。
 2人が今回のロケに参加したのは、リイムのある心配があったからだ。

『ロケ隊の中に、氷の鳥さんを捕まえようとする人がいたら大変でふ』
 
 可能性を宵一は否定できなかった。何より、基本人を疑わないジヴォートが主催しているのだから、他の誰かが警戒しなければいけないだろう。
 宵一もリイムの言葉に同意して参加を表明したのだ。今のところ、出発前のスタッフのドタキャン以外に異変はないが……。
「羽が発見された地点、か」
 ぽつりと呟く。もうすぐ、以前に氷の鳥のものといわれる(名前の由来にもなった)氷の羽が発見された地点に到達する。
 危険な道を通りながらもどこかのほほんとした空気を放っていたロケ隊に緊張が走り、宵一とリイムも警戒を強めた。

 怪しい動きをしているものはない……いや。
「あれは――」
「どうしたでふか?」
 宵一が何かを発見した。雪が降りすさぶ中、彼が見ていた先には1つの天幕があった。
 氷の鳥を捕獲に来た密猟者か?

「ん? お前らは」
 同じく警戒した顔で天幕から出てきたのは、マンモスの毛皮をかぶった柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)。顔ぶれを見て、少し警戒を緩めたようだった。
 恭也は『暑い夏には重宝しそうな生き物』だと思って、羽の一枚でも入手しようと数日前から山で過ごしているらしい。
 氷の鳥自体を捕らえようとしているわけではないと知り、リイムは少し嬉しげだ。
「珍しいからって、捕獲したら可哀想でふからね」
「……そうだな」
 宵一はリイムに同意を返しつつ、一瞬だけリイムの言葉に反応した男を見た。
(たしかあれはジヴォートの会社からきた……)
 そして他のメンバーもどうやら警戒しているらしいグループの1人だ。

「氷の鳥の映像を撮りに来た?」
「ああ。数日前からいたのなら、何か知らないか?」
「そうだな。……えっと、こことこことここは調査したが、痕跡はなかったぜ。他を探し回ると良いぜ」
「そうか。ありがとう。あ、そうだ。俺たちはここを通ってきたんだが、こちらも痕跡なしだ」
 互いに情報を交換し合い、拠点を移動すると言う恭也と手を振り合って分かれる。

「んじゃ、健闘を祈る」
「恭也も気をつけてな」

 恭也は一行を見送った後、聞いた情報を元に地図とにらみ合った。
「あいつらが通った道がここか。あれだけの人数だ。見逃すと言うことはないだろうし、次はこっちに行ってみるか。崖だったけどヴェンデッタとワイヤークローを使えば……」
 一歩間違えただけで死につながることを理解している恭也の選択は慎重であり、かつ決めるまでが早い。
 天気は相変わらず雪が降り続いているが、今の状態がこの山での晴れに近いことを、この数日で学んでいた。

 拠点の移動準備を始めながら、恭也はそういえば、と思いだす。情報収集のためにふもとの住民から話を聞いたのだが、この山は普段はもっと大人しい山のようだ。
 だが人が登るととたんに天候が荒れ狂うのだとか。偶然が続いただけかもしれないが、いつしか誰も登らなくなった山は、人の手がまったく入っていない。
 首をめぐらすと、真っ白な世界が広がっている。人工的な明かりも、先ほどのジヴォートたちの足跡でさえすでに消えてない、まさしく白銀の世界。
 どちらを向いているのかさえ曖昧になりそうな恐怖を覚えさせられるが、同時にとても美しい景色でもあった。

「こんな景色の中に在る氷の鳥、か」

 さて、それはいったいどれだけ美しいのだろうか。

 そして彼が目当ての羽を見つけられたかどうかだが、「良い氷枕が手に入った」と周囲にこぼしていたらしい。それが何であるかは本人しか知らない。