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2023春のSSシナリオ

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リアクション



4


 エイプリルフールから、早一ヶ月以上が経った。それでも、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)はその日のことを気にかけている。
 どうして、あんな嘘をついたのだろう。
 嘘をつくにしても、もっと上手くできればよかったのに。
 いや、そもそも、慣れない嘘なんてつくべきじゃなかったんだ。
 本当は、本当に伝えたかったことは、ひとつだけで。
 それがどんなものなのか、明確にわかっていたのに。
 思考はずっと同じところをループし、出てくるのはため息ばかり。
 そんなパビェーダを見かねたのか、あるいはただの気まぐれか。
「工房、行くわよ」
 茅野 菫(ちの・すみれ)が、声をかけてくれた。


 テーブルの上に、買ってきたケーキを並べる。色とりどりで可愛いケーキに、自然と口元が綻ぶ。
 ケーキの隣に、クロエ・レイス(くろえ・れいす)がティーカップを置いた。中身は各人に合わせてコーヒーと紅茶だ。
 ティータイムの準備が整ったところで、それまで客人を放って人形作りをしていたリンスが顔を上げる。「食べるわよ」と菫が言うと、うん、と素直に頷いて、ケーキが置かれた席に座った。
「薀蓄を語り忘れたの」
「はあ。……?」
 ケーキを食べながらの唐突な切り出しに、リンスが軽く首を傾げる。構わず菫は話を続けた。
「エイプリルフールの日。語れるだけのネタを仕入れてきたのに」
「ああ。今でよければ聞くけど」
「じゃ、聞いてもらおうかな」
 起源は、由来は。こんな逸話がある。等、あるだけの知識を滔々と。
「嘘の嘘の新年、なんていうのもあるのよ」
「へえ?」
「その日だけは、嘘をついてはいけない日になるの」
「普段とは逆なんだ」
「そう」
 本来なら、パビェーダの嘘に合わせて上手くこの話をして、パビェーダの気持ちに気付かせようと思っていたのに。
(鈍感。……いや、素直?)
 目の前でゆっくりとケーキを食む男は、どちらにあたるのだろう。どちらもだろうか。
「そういえば
もうすぐジューンブライドね」
「飛躍したね、話」

「女の子の話はあっちこっちに飛ぶものなの。いちいちケチつけないことね」
「それは失礼を」
「六月に結婚すると幸せになれるって言うけど、日本の六月って梅雨で天気が悪いのよね」
「パラミタでも、その時期は雨がよく降る気がする」
「そうね。それでもやっぱり、六月が人気なのよね。結婚」
 ちらり、隣に座るパビェーダに目をやる。俯きがちにケーキを食べつつ、リンスの反応が気になるのか視線を向けたり外したり。煮え切らない様子に、思わず息を吐く。
 リンスもリンスで、パビェーダのこの様子に気付かないのか。気付いているならどうして声をかけないのか。
(ああ、もう。やきもきする)
 紅茶を呷り、カップの中身を空にした。立ち上がる。
「おかわり淹れてくる。キッチン借りるわね。クロエ、茶葉の場所教えて?」
「うんっ」
 上手いこと言って連れ出せば、さああの場所にはふたりきり。
(少しくらい、どうにかしてよね)





 菫とクロエが席を立ち、場には沈黙が落ちていた。
 パビェーダは、何も言えずにずっと黙り込んでいる。
 きっと菫は気を利かせてくれたのだろう。だけど、顔も合わせづらい状態でふたりきりにされたところでどうしようもない。
 いつもならできるはずの気軽な世間話も浮かんでこないし、膝の上に置いた両手をじっと見つめた。
「俺、雨嫌いなんだ」
 沈黙は、リンスが払ってくれた。ぱっ、と顔を上げる。
「そうなの?」
「うん。でも最近、雨の後の空気とかは好きだなって思うようになった」
「好きなものが増えるのはいいことよね」
「うん。俺もそう思う」
 言葉を上手く繋げられず、話はそこで終わった。
 終わったけれど。
(良かった)
 何事もなかったように、喋れて。リンスから、話を振ってもらえて。こっちが気にしているほど、気にしていないらしい。それもそうだ。気にしていないから、気にしていたんじゃないか。そこに思い至って、良いと考えていた気持ちは霧散した。
(伝えなきゃ、伝わらないんだ)
 きちんと、本当の気持ちを。
 嘘だなんて、便利な言葉で隠さずに。
(……でも、今日は、無理)
 さすがにそこまで踏み出せない。
 深呼吸をするパビェーダを、不思議そうにリンスが見ていた。