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2023春のSSシナリオ

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【五月晴れの日に・3】


「いらっしゃいま……せ……」
 手が離せないジゼルに頼まれて、彼女の代わりに鈴の音が聞こえた入り口へ向かった雫澄は、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)白銀 風花(しろがね・ふうか)が固まっているのを見て、自分がエプロンドレスに身を包んでいた事を思い出してしまった。知り合いしか会っていないのは幸いなのか、むしろ不幸なのだろうか。まあ――こざっぱりしたところのあるソランにネチネチいびられたりしなかったのは幸いだろう。
「ありゃ、知った顔が何人も……。
 そういえばこうして四季組と会うのも久しぶりね。
 私妊娠してて人と会っていなかったし、皆おひさー」
「たしかここが以前ハコ兄様が言っていた定食屋さんでしたわね。
 聞いていたよりもずっとおしゃれな内装ですけれど――」
 店内の内装を見回す風花は、オープンキッチンに琴乃の姿を見つけてカウンターへと向かった。
「琴乃さん、お久しぶりですわね」
「うん、お久しぶり。風花さんは元気だった?」
「ちょーっと立て込んでおりますが元気にしておりますわ。
 そうそう! ハコ兄様とソラ姉様に双子の赤ちゃんが生まれたのですよ!」
「わあ! おめでとう!
 男の子? 女の子?」
「男の子と女の子ですわ」
 自分の事のように誇らし気な顔をする風花の頭をポンポン叩いて、ソランは琴乃に夫の命名した名前を教える。
「シンクとコハクって名前」
「素敵!
 はぁ……なんだかまだ信じられないな。私と歳も変わらないような仲間からママになる人が出てくるなんて。
 凄いよね。子育てするママさんって憧れちゃうな」
「でも最近夜泣きが酷くって」言っているそばから欠伸するソランに皆が笑っている。だから一人ニコリともしない人間が目立って、風花はそいつに気がついた。
 その男に挑み、敗北したソランの夫、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が失踪したのは一月以上前の事だ。共に居た風花は、ハイコドの様子があの敗北の時からおかしくなっていったのを知っている。
 なら失踪の原因はその男――つまりアレクにあるはずだと考え、それをソランにも伝えていた。
 キッチンからカウンター席へ戻る時、アレクは風花の顔を一瞥もしなかった。
 つまり自分はその辺に居る有象無象の関係者程度にしか――いや、それ以下にしか認識されていないのかもしれない。
 「どーせハコ兄様の事なんて覚えていないんですわ! この人は!」
 苦々しく言う風花に、ソランはカウンターに座るアレクの横顔を見ている。
「――なんだろうね、怒りとかそういうの全然湧いてこないや」
「ソラ姉様!?」
「このデカブツがうちの旦那がある意味自爆とは言え今の状態になった原因ってことなのね。
 でも今あるのはハコの事を気づけなかった私自身への後悔だけ」
「自爆も自爆で『いいところ』だろ。元々殴り掛かってきたのはアンタの旦那の方だ」
 唐突にソランと風花の方へ向いてアレクは嘲笑った。
「煽ったのは悪かった。まー、あの程度の煽りで沸点越えるようじゃどうしようもねぇ不甲斐無い野郎だと俺は思うがな」
「お、覚えていたんですの!?」
「いや全然。殺しても居ない相手だろ。そんなのいちいち記憶しねぇよ。
 この間樹達から『無理矢理思い出させられた』。
 Japanac,Amber i plave,visina...170.....?(日本人男性、金と青(の瞳)身長170cm?)
 成る程。確かにあれはあの時の男だ。
 元の男の方は印象も薄かったが、この間のあれの方は忘れようにも忘れられないだろ。あの……ブツブツキモウロコ。子供が見たら夜中夢に見るて小便チビるぜ?」
 言っている話しの内容がそこまで良く分かっていないらしい、ただブツブツキモウロコという言葉に眉をひそめている風花は無視して、アレクはソランだけに向き直った。
「アンタあの犬耳タコの奥さんだろ? 旦那すげえ事になってるよ。
 これからあれと暮らしたり寝たりする訳か。傑作だね。正直同情する」
 同情の単語を口に出しながらもアレクの目からは薄い笑いが消えない。そしてさっきから中空に指先で描いているのは恐らく彼が『タコ』と称する今現在の夫――ハイコドの姿なのだとしたら、それはもう笑えない域だ。 

「はぁ……、ハコもめんどくさい事に巻き込まれたわね」



 ぱしーん。ぱしーん。
 白いアンゴラ兎がアレクの上に昇り、懸命に頭を叩いている。
 兎の正体は風花だった。
「(……うさぎ姿なら叩いても気づかれないかもしれませんわね)」
 と算段しての事だったが、勿論気づかない訳も無いしその攻撃力はと言えば見た目が愛らしいな、位だった。
事実その時章は、以前何かで見かけた飼育員だかご主人に構って欲しくて暴れる小動物の映像を頭に思い浮かべていた。
 明後日の方向へ捕われている章の前で集中しろと合図して、樹はキッチンから聞こえてくる騒がしさをBGMに真面目な顔になる。
「向こうのキャッキャウフフはおいといて、だ。
 本題だ。
 アキラ、私が持って帰った王子命名『犬タコ』の破片の検査結果を出してはくれまいか?」
「ああ、これだね」
 樹に促されて何かの解析結果を示す章に、正面に座らされ、本来の目的――食事をしながらソランは首を捻っている。アレクに――復讐なのか――人参を口に突っ込まれそうになっている風花も同様だ。
「ああ。セイレーン奪還作戦の際に遭遇しその後逃げられたのだが、この破片だけ残っていてな……
 検査する組織以外は樹脂埋没標本にしておいた」
 樹は透明樹脂内に埋まった『標本』をテーブルの上に置いた。
 欠片になろうと気味悪さが拭えないサンプルの目の前に捕まえた兎――風花の顔面を持っていったアレクは、手の中の彼女がビクリと震えたのを感じて鼻で笑う。
「ビビんな兎。これが犬耳タコ。アンタの愛しい『兄様』だ」
「ハコ兄様!?」
 風花は人間体に成る程派手に反応するが、ソランの方は押し黙っていた。冷静になろうと努めているのだろうか。ならそのうちに話しを終わらせてしまおうと章は続けた。
「はっきり言って寄生生物、フィラリアみたいなモンだよ。
 哺乳類の血管内に卵を産み付けて増殖する。樹ちゃん達の証言からして恐らく触手の先端の刃の部分からだろうね」
「ますますキモいな。どうかしてるよ。
 少なくとも飯屋で話す内容じゃねぇ」アレクの言う事は最もだった。余り詳しく話しても標本にされた人間の奥様の心中は穏やかでは無いだろうし、楽しくやっている『子供』達が聞いたらどう反応するか分かったものじゃない。章の説明は更に早口になる。
「厄介なのは、この寄生生物に意志が存在するかもしれないって言う論文があることだよ。
 心臓に達する前に、駆除薬が作れればいいんだけど……。
 筋細胞を浸食して増えるタイプだから、意志を壊して共生させるという救い方もあるかもしれない。
 ――ともかく本人を教導団の医療施設に来させないと、完全な治療は難しいかもね」
「……私も本人からメッセージを受け取ったという者の『犬タコのメール』の話しを聞かなかったらここまで手は尽くさなかった――」
「ってことでソランくん、旦那を縛って連れてきてくれないかい?」
「待て、アキラ。今何の話をした!?」
「面倒だな。チマチマ捕縛せずに一気に潰せばいいじゃねえか」
「オイ王子、貴様も何の話をしておる!?」
「冗談だよ、樹は怖いなぁ」
「こういう時はどうしようね、ミロシェヴィッチくん」テヘっと笑って目配せする章の背中を、アレクは叩いて立ち上がる。
「俺達もパイを作ろうか、章くん」
 いい加減な男達は言いたい事だけ言ってしまって、わちゃわちゃ楽しそうな雰囲気のオープンキッチンへと消えて行く。
 入れ替わりでやってきたのは格好だけは不真面目で、中身は真面目な男だった。
「話し、なんとなく聞いてたんだけどさ。
 ハイコドさん、アレクさんにかかっていった時に少し様子がおかしかったって僕も気になってたんだ。
 大変な事になってるみたい……だね。
 ソランさん、平気?」
 君が心配だという雫澄の真っ直ぐな視線を送られて、ソランは不安定な衝動を押し殺しながら必死に考えを巡らせていた。