リアクション
02 妖精郷へと そして、勇者や国軍の技官たちは、その頃ティル・ナ・ノーグへと移動していた。 「ここは、自分が先行偵察をします」 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はそう言ってミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)とともに愛機ザンダーレーヴェを駆ってまっさきにティル・ナ・ノーグにはいる。 しばらく飛行していると、通信に【人の子よ、止まりなさい】という声が響いた。 「どなたです?」 トマスの問に、声は【私は妖精の女王】と答える。 「これは失礼を。どこに降りればよろしいですか?」 そう尋ねるトマスに、女王を名乗る声は【前方に巨大な樹が見えますね? そちらの近くに降りてください】と答える。 その声のとおり、前方には天まで届きそうなほどの大きさの樹木がある。 「あれはなんの木かしら?」 ミカエラが尋ねる。 「うーん、オークじゃないかな? とはいえ、現実世界ではあれだけの大きさのオークなんて、何万年も生きていないとありえないが……」 たしかにその言葉通り、世界を支えるかのような大きさのこのオークは、ゲルマン神話のユグドラシルを想像するかのような存在感で、近づくに連れて前方にはそのオークの幹視界に入らなくなってくる。 「着陸するわよ」 「了解」 そしてトマスがザンダーレーヴェを着陸させると、大樹の下には真夏の夜の夢の妖精の女王タイターニアの衣装にそっくりの服装の女性が立っていた。 【ようこそ人の子よ】 「あなたが、女王様ですか?」 失礼のないように、尋ねる。 【はい。試練を受けに参ったのですね。コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)から伺っています】 女王の出したその名前に、トマスは少し驚愕する。 「彼は死んだはずだーー」 それに対し、女王はおどろくべきことを答えた。 勇者はその命が尽きた時、その魂は妖精の国ティル・ナ・ノーグの女王の手で黄金に輝く【勇者の泉】へと返される。勇者の泉へと返された魂は長き眠りを経て、再び勇者として別の世界に生まれ正義の為に戦う。したがって、彼の魂もここに帰ってきているのだ――と。 【けれど――】 そこで女王は言葉を濁す。 「どうしたのですか?」 ミカエラは不審を覚えて尋ねる。それに女王はこう返した。 しかしある時、【勇者の泉】に異変が起きた。 元々【勇者の泉】には【剣】と【心】の二つの泉があった。 その【剣】の泉に一滴の悪が落ちたのだ。 悪は【剣】の泉に眠る勇者達の魂を瞬く間に取り込み、強大な邪悪となった。 勇者と妖精達は力を合わせて戦ったが、ついに倒す事は叶わなかった。 妖精達は【剣】の泉ごと邪悪を異空間に閉じ込め、長き封印を施した。 勇者達はいつか来る邪悪との決戦の為、力を磨くために多くの世界へと旅立って行った……。 「なるほどねえ……確かに勇者と呼称されない連中がいたようだけど、それも彼らなのかなあ……」 その通信を傍受していたリカインは、そう納得するとさらなる調査に入った。 【だから、ハーティオンは心の泉にいます】 「ふむ……剣の泉と心の泉の違いはなんでしょう?」 【それは……剣の泉には勇者の力が、心の泉には勇者の記憶や思いが宿ります。そのはずでした。しかし剣の泉がなくなったことによって、今は心の泉にその両方が宿っています】 それ故――心の泉はもういっぱいだ。 「なんて……ことなの……」 戦艦紀伊に乗ってトマスの機体からの通信で現場の会話の中継を聞いていた技術部の高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)は、驚愕のあまり飲んでいたコーヒーの缶を落としてしまった。 「つまりあたし達が戦ってきたヘルガイアの手先は、邪悪に乗っ取られた『かつての勇者』達……? そしてヘルガイアの真実とは……真の敵の正体は、【剣の勇者の泉】に眠っていた全ての勇者達の力を取り込んだ存在……ハーティオンが言ってた勝てないって言うのは、ずっと以前にすでにヘルガイアと戦って……彼らは敗れていたという事だったのね」 「鈿女さん……」 同行していた夢宮 未来(ゆめみや・みらい)が、心配そうな顔をしながら缶を拾って、こぼれたコーヒーを雑巾で拭く。 「ありがとうね、未来……」 「それで、我らはヘルガイアに勝つためにはどうすればいいのでしょうか、女王様?」 【泉へ、お行きなさい。そこで、泉を守っている妖精に話を聞くといいでしょう】 トマスの問に女王はそう答える。それを聞いたトマスは、女王からはもう情報を引き出せないと考えて、丁寧な挨拶をしてから、機体を泉へと向かって移動させた。 (ふむ……女王め、余計なことを……) 同じく、技術部として戦艦紀伊に乗っていた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、その正体はヘルガイアの参謀である。 (とはいえ、ヘルガイアを止める切り札である【剣の泉】を解放できる神剣勇者エクス・カリバーンはこちらの手の中にある。我らの安泰は間違いない……) そう、勇者の一端をヘルガイアが握っている以上、それでもまだ勇者たちに勝ちは見えてこないのだった。 そして戦艦紀伊とトマスたちが泉へと近づくと、身長30センチくらいの妖精が歌いながら踊っていた。 「あったしは妖精のアイドル、ラブちゃ〜ん♪ 泉を守ってルルル〜♪」 その妖精はラブ・リトル(らぶ・りとる)という名前で、ずっと泉を守ってきた妖精だった。 「って、何よアンタたち。この神聖な【勇者の泉】に何入ってきてんのよ〜! え? 女王さまにここに行けって言われた?」 それを聞いたラブは あんのババア……部外者入れるなんてどー言う事よ…… と小声でつぶやいた。 「あの、それで……」 未来がラブに何かを言おうとする。ラブはそれを遮って言葉を続けた。 「あーはいはい、判ったわよ。え〜っとね、ここは勇者の泉って言って……ま、細かい事はいいわ。あんた達が、本当に勇者を信じているなら……」 そこで言葉を切ってラブは葉っぱでほんの僅か泉を掬った。 「この泉の水を飲みなさいよ。もしも、ホントの絆があるなら勇者は真の姿になれる。でも……これを飲んだら絆があっても無くても、あんた達人間はその命を勇者に捧げる事になるわ。……どーすんの?」 重い沈黙が、場を支配した。 |
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