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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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  地下施設


 血の臭いを嗅ぎ、墓場喜多郎は懐かしいと思った。
 人肉を混ぜていた食肉工場で嗅ぎなれた臭い。
 喜多郎が工場の秘密を知ったのは、両親の遺骨を探しているときだ。
 両親の亡きがらに会わせてほしい――いくら頼んでも、周りの大人はそれを拒否した。不審に思った彼が、立ち入り禁止区域に踏み込んだ結果。
 二人の死体は、挽き肉用のミキサーに投げ捨てられていた。

「ア゛ァァァア゛ア゛ァァァァ!」
 嫌な思い出が起爆剤になり、喜多郎は暴れた。ヒキガエル姿の彼は、舌を振り回し、腐った臭いのする毒液を撒き散らす。
「自分は喜多郎を取り押さえるであります」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、紫色の粘液を避けながら身構えた。彼女が避けた床は毒液でドロドロに溶けていく。
 喜多郎の攻撃を見切り、だらしなく伸ばした舌を掴む。そのまま担ぎ上げ、一気に投げ飛ばした。
 その先では、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が待機していた。
「コルセア、頼んだであります!」
「ええ。頼まれたわ」
 宙を舞う喜多郎へ、彼女は【グラビティコントロール】をかけた。重力に干渉し、喜多郎を押しつぶしていく。

 コルセアにより、地面に叩きつけられた喜多郎。ジタバタともがき、全身の水疱から、悪臭のするガスを噴出した。
「あのガスは神経毒よ。吸い込まないで」
「了解」
 吹雪がいったん距離をとる。少量ながら、毒ガスを吸い込んだ彼女は、胸に狭圧感を覚えていた。近づくのはまずい。
 喜多郎は、長い舌で彼女を追撃した。ネバネバとした液が、吹雪の足元を溶かしていく。
「往生際が……悪いであります!」
 吹雪は舌をかわしながら、ワイヤークローを放った。鋭い糸が、喜多郎をがっしりと拘束。
 完全に身動きがとれない。毒ガスも、すべて出しきってしまったようだ。
 ついに喜多郎は諦めた。弱々しく舌をしまうと、項垂れたように、ゆっくりと両目をつむる。

「さてまずは一人、向こうはどうなったかな」
 戦意喪失を確認すると、吹雪は彼の百合籠を捕獲しに向かう。
「この子はワタシが見張っておくから」
 ワイヤーを預かったコルセアが、喜多郎の監視を引き受けた。ヒキガエル姿ながら、どこか少年の面影を残す彼を見て、コルセアはわずかに口元を綻ばせる。



「体を張って敵を食い止めるのです」
 そう宣言したイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は、百合籠に血を吸われていた。
 ぶよぶよした頭に、無数の髪の毛を刺されている。毛先を口吻とする百合籠の吸血。イングラハムから、みるみる血の気が失せる。
 百合籠を仕留めるなら今がチャンスだ。イングラハムの血が持つうちに、ケリをつけなくてはならない。
 吹雪は、【天空落とし】を繰り出すタイミングを見計らっていた。

「ちょっと待って。ここは俺に任せてほしい」
 南條 託(なんじょう・たく)が、吹雪をさえぎる。女性想いの彼は優しく告げた。
「相手は女の子だから。出来る限り、傷つけたくないんだよね」
「我なら傷ついてもよいのだろうか?」
 イングラハムが何か呟いたようだが、誰も聞いていなかった。
「では……任せたであります」
 吹雪はこの場を譲ることにする。託は軽く礼を言ってから、百合籠に向き合った。

「こんな状況は嬉しくないんだけれどねぇ」
 助ける相手を傷つける気にはなれない。託は【ヒプノシス】で眠ってもらおうとするが――
「うわっ」
 ついに、イングラハムの血では足りなくなったようだ。百合籠が、新たな獲物を求め髪の毛を振り乱す。
「髪は女の子の命って聞くし、切りたくないんだけどねぇ」
 肩をすくめる託。髪を切らずに近づくには、どうしても羽を切断する必要があった。
 彼は一気に高く飛び上がり、【真空波】で百合籠の背中を狙う。羽だけを切り落とすつもりだったが、少しだけ、深く命中してしまった。

「ごめんね」
 血しぶきが降り注ぐなか、落下する百合籠を両腕で受け止め、託はヒプノシスをかけた。
 悪鬼の形相だった百合籠も、眠ってしまえば幼い少女の寝顔になる。
 しかし、出血の量があまりにも多い。そんなに深くは切ってないはずだけど……。首をかしげる託だったが、流れる血にはイングラハムの分も混ざっていることを思い出し、合点がいく。
「ありがとう、イングラハムさん。君のおかげだよ」
 託が握手を求めた相手は、血を吸われすぎて失神していた。



 墓場兄妹に阻まれ、富永 佐那(とみなが・さな)ソフィアの繭に近づけずにいた。
 だが、ただ手をこまねいていたわけではない。毒火粉の対策として、【風術】を使い、あらかじめ風を呼んでいたのだ。

 ソフィアは繭の中で夢を見ていた。強化人間の少女が見る夢は、静謐な哀しみに満ちている。一面の雪のなか、亡くなった両親と思しきふたつの頭蓋骨を抱きながら、彼女は一人ぼっちで泣いていた。
「……ソフィアさん。聞こえますか」
 彼女の深層意識に、佐那が語りかける。
「戦いたいのでしたら、気が済むまで私が御相手します」
 その宣告に呼応するように、ソフィアの繭が開いた。広げた真紅の両翼から、毒の火粉が舞い上がる。
「佐那さんを掩護しますわ」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)もすぐに身構えた。
 佐那は風術を使用しながら移動する。最初は微風。それを少しずつ強め、戦場を囲う様に、確実に気流を作り出す。
――負けない。風の声が聞こえている限り。
 風使いの佐那は、『無光剣』をぎゅっと握りしめた。

 エレナが、弱点を探すため『ピーピング・ビー』を飛ばす。機晶蜂の眼を通して送られる、異形化したソフィアの姿。
 銀色の髪をなびかせる頭部は、人間時を美貌を彷彿とさせた。
 しかし、肝心の弱点は見つからない。
「どうしましょう」
 エレナは思案した。
 狙うならやはり、羽の無力化だろう。
 佐那が『グラウスアヴァターラ・ベスト』で烈風を纏った。毒火粉を吹き散らしていく。
「風が、あなたの動きを教えてくれます」
 佐那の【殺気看破】。ソフィアの反撃をかわし、背後に回りこむ。
 見えない光が、胴を切った。
「キィィィゲェェェェェェェェ」
 この世のものとは思えない唸り声を上げ、ソフィアが体中の毒火粉を振り撒く。
「ソフィアさん。こちらです!」
【龍鱗化】したエレナが、炎を防ぎながら前進。ソフィアの注意が逸れた隙に、佐那が嵐を召喚した。
 舞い上がる風の渦。竜巻に煽られて、鱗粉が火柱となる。
「ゲェェェ! キィィゲェェェェェェ!!」
 すかさず佐那はコインを撃ち出す。電磁加速された硬貨が、ソフィアの羽を突き破った。
 彼女はバランスを失い、ふらりと舞い降りてくる。


「もう大丈夫ですよ。あなたには、戦う必要がないのですから」
 佐那が優しく受け止める。
 柔らかい腕に抱かれて、ソフィアはゆるやかに目を閉じた。自身の体からも奪われ、しばらく忘れていた人の温もり。
 実験に翻弄された少女は、今ようやく、幸せな夢に微睡んでいた。