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雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった) ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね) アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく) 




勧められてもいないのに、勝手に注いだ琥珀色の液体を一気に飲み干した後、雷霆リナリエッタはグラスを絨毯に投げ捨てた。

「御予約をいただいて、参上したら、仕事もさせずに帰れだなんて、それはなんていうPLAYなのかしらん。
マジェスペシャル、それとも、バロン(男爵)スペシャルコース。うふふ。アッハハハッハ。
って、笑いごとじゃないわぁ。
娼婦相手でもご無体がすぎるんじゃなくてぇ? ねぇ、執事様」

大きくフチどられた目、濃いめにルージュを塗った濡れた唇で、誘うように艶めかしい表情を浮かべて、リナリエッタは小首を傾げた。

「アアン。私、そんなの納得できないなァ。あなたも我慢できないんじゃないのぉ」

マジェの高級娼館「後宮」の女将であるリナリエッタに、ズボンの上から股間を撫でられ、からかわれては、白髪をワックスでかため、スーツをびしっと着、英国紳士然とした初老の執事も、さすがに困惑している様子だ。

「だいたいさぁ、ここは、男爵様がゲストの人に、どうぞ、ご自由にイケナイコトしてくださいって、提供している部屋でしょ。
だったら、私とあなたも、もっと素直に男と女の関係になって、仲良くしてもいいんじゃない」

「ほ、本気でございますか」

「どうかしら。あなた、私を本気にしてくれるの」

直立不動の老執事に、リナリエッタは巻きつくように体を寄せて、片手で彼の下半身を愛撫し、空いたもう片方の手で執事のネクタイをほどき、シャツのボタンを外してゆく。

「おじいさま、いいえ、おじさま、あなた、なかなかたくましいのね。
うふふ。もしかして、まだまだ現役なの」

「私には、リナリエッタ様のおっしゃる意味がわかりかねます」

「頭の中も、こっちと同じでカチコチなのね。
だったら、私はコッチの子に直接、お口できいちゃおうかな」

「んぐ」

「だぁかぁらぁ、我慢は体に毒だって。男の生理にさからっちゃダメ」

プロの技をタダで味あわせてあげてるんだから、楽しんだほうが勝ちだと思うけどねぇ、私は。
私も楽しませてもらっているし。
目を閉じ、顔全体をプルプルと震わせながら、耐えている執事の姿が、リナリエッタにはおかしくてしようがない。
当然、最後までしてあげる気はハナからないけどさ。
アンタがその気になるまでは、せいぜい遊んであげるよ。

「執事様ぁ。リナリエッタ、こんなに素敵な紳士の方に遊んでもらえるの、久しぶりよぉ」

「ん、んんんんんん」

ふん。ずいぶんと堪え性のある、じいさんだね。まさか、実は、すでに打ち止めなんじゃないだろうね。

「リナリエッタ様。申しわけございません」

「なぁに。なぁんにも悪くないわよん。ほら、がんばって」

「そうではありません。今夜は、いつものようにリナリエッタ様を予約させていただいておりましたが、直前になって急に都合が変わりまして、普段とは違う種類のお客様たちがお泊りにこられることになったのです」

「あらー。いつもの男爵様のお友達のみなさんは、この1週間のあいだに抗争で皆殺しにされちゃったのかしら。
オッホホホホ。冗談よ。私ったら、ゴメンなさいね。つい」

仕事の相手が死人だろうと、いただくものさえいただければ、私としてはかまわないんだけどねぇ。

「それで、今夜は、どんなタイプのお客様がいらしているの」

「ご存知ありませんか」

「ええ」

知らないから聞いているんだろ。

「貴女様のパートナーであらせられる、ベファーナ・ディ・カルボーネ様とアドラマリア・ジャバウォックにも招待状をおだしいたしました。
本日、午前零時からの3日間は、今年のはじめに起きた殺人事件の件の会合でございます」

なにそれ。
ベファとマリアが殺人の会合。
聞いてないねぇ。いや、聞いたかもしれないけれど、忘れちまったかい。
なら、ここで、また聞けばいいだけのこと。

「殺人ですって。こわーい。いったい、どなたが殺されてしまったの」

「美術館の館長のデュヴィーン男爵様と、家具職人のアーヴィン様。それに後は、まだ身元のはっきりとしていない被害者の方がおられます。
男爵様は、関係者をここに集めて、事件の真相を暴きだすお考えでございます」

デュヴィーン男爵とアーヴィン。
金だけは持ってる海豚みたいな体のデブと、前戯にこだわる偏屈親父じゃないか。
あいつら、最近、ウチの店に顔をださないと思ったら、殺されてたのかい。
おやおやだったら、私は。

リナリエッタは、執事から急に体を離した。バランスを崩した執事は、服装の乱れた半裸の状態で危く転びかけ、壁に手をつく。

「ごめんなさーい。私、思い出しちゃったの。かわいそうな男爵様と家具職人のおじ様のことを。
こうしてはいられないわ。
執事様、私をアンベール男爵様にすぐにでもあわせてくださらない。
私、知っているのよ。
2人を殺した犯人を。
たぶん、ね」

「なにか知っておられるのですね」

「あのお2人は、私の店のそれはそれは大切なお客様だったの。
私も何回かご奉仕させていただいたわ。
ウフフ。私たち、ベットでいろいろお話したのよ。
お2人のご冥福のためにも、私は、男爵様に真実をお伝えしなければ」

「かしこまりました。少々だけ、ここでお待ちください」

執事は、驚いたような、それでいて少しがっかりしたような顔で返事をし、衣服の乱れを整えはじめた。