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ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら) サン・ジェルマン(さん・じぇるまん)



ローザに願いを告げようとしたその時、俺と悪魔の顔の間に横に線を引くように、俺の唇の前に一本の棒が差しだされた。
黒く塗装され、磨きぬかれたこの棒は、たぶん、ステッキだ。

「ヤァ御機嫌麗しゅう。
ワタクシはサン・ジェルマン。伯爵と呼んでもらえると有難い。
サテサテ、此度は不運な惨劇により、かけがえのないラヴァーの生命を失われた貴殿。
オリバー殿の悲しみを想像イタシマスと、ワタクシもこのふくよかな胸が張り裂けんばかりの幻痛を感じマス。
ハテサテ、しかし、それは、かのアクマごときものの力ニテ、解決しうる問題でアリマショウカ。
否!」

ステッキの持ち主は、俺の横で、まるで役者のように、芝居がかった口上をまくしたてた。
かなりの量の髪をひとまとめにしたらしい極太の三つ編み、おもちゃじみた小さなシルクハットと片眼鏡、裾がかかとまである燕尾服。
魔術師とでも呼べばいいのか、ずいぶん奇妙な格好だ。
自称、伯爵のサン・ジェルマンは、俺と話の途中だったローザにシャツの襟をつかまれても、まるで気にせず、話しつづける。

「ローザ殿。考えてもミタマエ。
他人から命を奪うコトグライ、悪魔である貴殿でなくとも、ドコノドナタでもできようゾ。
ならば、ワタクシメはオリバー殿に宣言しまショウ。
貴殿のラヴァーから奪われた生命をコノチに再び呼び戻してオミセスルことを」

「伯爵様は、私めの邪魔をなされるのですか」

サン・ジェルマンに問いかけるローザの声は、さっきまではなかった冷気を帯びていた。

「イエイエ、ワタクシメが、ローザ殿の仕事を奪うなどもってのホカデゴザイマス。
ソチラはソチラ。
コチラはコチラ。
タダ、順番として、ワタクシの実験のノチに、殺戮をシテイタダキタイ。
ゴ存知かと思われマスガ、ワタクシメの実験の成功率は、ヒャクヤニヒャクではナイノデス。
マタ、生命コソ戻ったところで、ソレが以前とまったく同じ形ニナルとはカギリマスマイ。
サスレバ、人ではなくなったソレラヲホフルノモ、ローザ殿の仕事になりえるカト」

「伯爵様は、かくも、常に疑わしい。
が、しかし、過去に御身の実験の後始末をさせていただき、幾多の魂を取集させてもらった経験があるが故に、とりあえず、私めは、この場は一歩だけ退かせていただくとしましょう」

おずおずとローザが一歩下がると、今度はサンジェルマンが俺に顔を近寄せてきた。

「手短にお伝えいたしシマスネ。
ワタクシメは錬金術を極めしものでゴザイマス。
無から有を生み出スコソ、我が仕事。
石ヲ金二、消えた命の火をフタタビ、灯すのもマタ同じこと」

「キャロルを生き返らせる、のか」

「エエ。ヨロこんで、デゴザイマス」

「できるのか、そんなことが」

「ハイ。当然、デゴザイマス」

黙っていれば、整った美人のサンジェルマンが、涼しい顔でこたえる。

「信ジテいただければ、無上のヨロコビ」

「礼には、なにが必要なんだ」

「礼など無用。
ダ、けれども、材料がイルノデアリマシテ。
貴殿のラバァーの魂の受け皿トシテ、ある人物のカラダを使いたいノデス。
マズ、その人物ヲワタクシメの元へ連れてきてイタダケマセンデショウカ。
誰ニモ気ヅカレズ、ソット、静かにワタクシメのトコロへ」

「そいつを俺にさらってこいって意味か」

「ヒラタク申し上げれば、ソウナリマスネ。
彼女の名は、かわい維新。
サギ師デ、人ゴロシの魂を身にヤドシタかわいそうな娘デアリマス」

俺に、かわい維新を紹介すると、伯爵はなにがおかしいのか、口元に手をあてて、しばらく笑い続けた。
ローザもまた顔をしたにむけ、声を殺し、笑っている。