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リアクション
「プリンだ。プリンが食いたい。プリンはないのか!?」
商業都市にあるレストランの窓側の一席にて困った注文をする魔王 ベリアル(まおう・べりある)がいた。
「プリンですか……」
ウェイターはその名前を聞いたことがない。
「それはどのような食べ物なのでしょうか?」
「知らないのかよ!? プリンってたらプリンだよ。黄色くて甘くてフルンフルンと柔らかくて一度食べたら病みつきになってしまう魔性の食べ物!」
ウェイターは余計に混乱した。
「ベリアル。少し大人しくしなさい。また壺にいれますわよ?」
漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏う中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の叱責に「はい」と押し黙る。しかしどうせすぐに騒ぎ始める。
こんな一般市民用のレストランにドレスアップしてくる客というのは何かと対応しにくいが、角の生えた隣の子供よりかはマシに対応できそうだ。そう思っていた。
「プリンとは卵とミルクを使ったジェラートですわ。この国にも似たようなものはありませんか?」
「ああ」とウェイターが納得する。似たようなものがこの世界にもあるらしい。
「かしこまりました。他にご注文は?」
「そうですわね。私メニュー表が読めませんので――」
目隠ししてればそれはそうだ。
「値段は気にしませんので、この御店のおすすめメニューを一つ頼みますわ」
「当店のおすすめですね。かしこまりました。少々待ち下さい」
メニューを取り終え、ウェイターが奥へと消える。本来ウェイターがするのは食事を運び食器を片すことでメニューはテーブルのパネルから選んで選択するようになっている。そういった操作は綾瀬には出来ない。ベリアルとドレスが代わりに注文決めを行えばいいのだが、店員からすれば目の見えないお嬢様として応対しなくてはと思われたのだ。
「アリサさんのおすすめのお店……どんなものが味わえるのか楽しみですわ」
「……せっかくならアリサさんも誘えばよかったですね」
ドレスの言葉に「そうね」と頷く綾瀬。頷いた所で否定的に、
「でも彼女は今回もトラブルに巻き込まれているようですし、今日の所はご一緒するのは遠慮させていただきますわ。ごゆっくりお食事させていただきましょう」
しばし他愛のない雑談を交わしていると料理が席に運ばれてきた。
「あらいい匂いですわ」
綾瀬の鼻孔がくすぐられる。
「桜シロップのブテールス――」
「おお、ピンク色のプリンだ! ウマそうだ!」
黄色くはないがプリンに似たようなデザートが出てきてベリアルの声が高くなる。
続いて、綾瀬の前にも食器が置かれる。本日のオススメ、
「ラヌンクルスのスープパスタです」
置かれたパスタにドレスとベリアルが目を背けた。
「あら? ふたりともどうしたのですの?」
「い、いや、なんでもないよ! このプリンがす、すごくてさ! すごすぎて光ってんだよ!」
などと適当なことを言ってごまかす。ベリアルの手がスプーンを持って動かない。今日は綾瀬の食事姿を見ながらプリンを食べる気にはなれないだろう。
「そうですの。さて、どんなパスタなのかしら……」
と臭いでその料理のなりをぼんやりと感知しつつ、フォークとスプーンを使って上品に食事を始める。綾瀬の口にそれが運ばれていく。
「ミルキーなスープにコリコリとした感触の中から弾ける味わい。小さい卵? イクラというよりもキャビアに似たこれは一体何でしょうか? 未知の新食感ですわ」
どうやら美味しいらしい。美味しいらしいが、ドレスもベリアルも、綾瀬がいま食べているそれが“おたまじゃくし”だとは言えなかった。
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