蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

断崖に潜む異端者達

リアクション公開中!

断崖に潜む異端者達

リアクション



◆ツァンダ東の森・臨時野営地◆

 羅 英照(ろー・いんざお)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)らの要請を受けて始めた隊の編成を終えて、
 ようやく司令室へと帰還してきた。

「お疲れ様です」

 連絡役を務めるコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)は、羅が出払っていた間の経過を報告する。

「そうか、発着場の占拠に成功したか」
「はい。敵は残っていた移動式の砲台を拠点内に下げて、時間を稼いでいるようです。
 深入りすると通信が途絶えてしまうようなので、我が軍も慎重に対応しています」
「よし、そこは現状維持で良いだろう。
 モンスターの大群が出てきた件については、何かわかったか?」
「……それについては俺が説明します」

 最後の言葉はコードのものではなかった。

「ダリル? 空峡側部隊に同行していたのではなかったか」

 なぜか司令室に戻っていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の姿に、羅は驚く。
 しかし、ダリルが手にしている小型の機構を認めると、その表情を変えた。

「その機構の形状……小型ではあるが、まさか」
「えぇ、これは巨獣ライザーワームの……アトラスの傷痕にある機晶鉱脈で見つかった機構と同じものです

 一度は機構を詳しく調べた事があるダリルだからこそ、理解できた。
 確実にこれは届けねばならない、そのために彼は一度戻ってきたのだ。
 話を聞くと、焼け野原となった発着場の一角で、グリフォンの亡骸から発見されたものらしい。

「空中で撃墜されれば、証拠は雲海に消えてしまうと敵は考えたんでしょう。
 ヒラニプラの研究所であれだけの殺戮を行い、機構を破壊したのは、やはりエレクトラで確定です。
 そこまでして奴らが解析されたくなかった機構……俺自身で詳しく調べたいところですが、
 今は発着場でルカ達が待っているので、戻らせてもらいます」
「わかった。この機構は厳重に保管するよう手配しておく。
 引き続き任務を続行し―――作戦終了後に、解析に加わってくれ」
「了解です」

 短く、それでいて確かな返答を残し、ダリルは『ダークヴァルキリーの羽』を展開。
 自分が今いるべき場所へと戻っていった。





◆ツァンダ東の森・断崖の拠点搬入口◆

「セレアナ!」

 古井戸に偽装された、リフト状の搬入口。
 その周囲で見張りをしていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、
 戻ってきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に声をかける。

「その様子だと、セレンの方は特に異常無かったみたいね。
 こっちは羅参謀長に事情を伝えたら、かなりの兵力を回してくれたわよ」

 見ると、やってきた潜入部隊の中には、当初森側入り口から侵入する予定だったはずの
 董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)レン・オズワルド(れん・おずわるど)といったメンバーが揃っていた。

「リフトが直線的に降りていくと過程すると、ちょうど森側出入り口を守る敵勢の背後を取れるらしいのよ」

 セレアナの説明を受けて、セレンも羅がここまで力を入れた事に納得する。
 うまく型に嵌まれば、挟撃で即座に敵防衛を決壊させる事ができるかもしれないのだ。

「参謀長が兵力を回したのは、それだけこの奇襲作戦への期待度が高いということだわ。
 後ろを取れれば退路を断つこともできるし、絶対に成功させないとね」

 蓮華は、そう言って拳を握りしめてみせる。

「リフトで降りる関係上、最初に搭乗できる人数は限られる……
 少数で敵陣真っ只中に入り込む危険な任務だ。気を引き締めてかからないとな」

 スティンガーは現在判明している敵兵、主にIRIS兵についてのデータを、
 可能な限りダウンロードして『籠手型HC弐式』に叩き込んでいく。
 『機晶アシストデバイス』と併用すれば、IRIS兵を相手取る時に有利になるだろう。
 ただ、レンだけは敵の性能より、思考のほうを気にかけていた。

「……素直に戦闘してくれればやりやすいんだが」

 彼はシズレであった事件の報告書を読み、敵は最期に自爆を選んでいた事を知っていた。
 なので、今回も死なばもろともで、
 自分達ごと拠点を爆破、破棄されることもあり得ると考えているのだ。

「その時の敵指揮官はジェラルドという男だったという。
 だが、彼個人でなく、もしかするとエレクトラという組織そのものが、
 自分の命を捨てることを厭わないような連中の集まりだったら―――」

 一同に緊張が走る。考えただけでゾッとする。
 まだエレクトラの活動目的や最終目標が見えないため、動きが読み切れないのだ。
 面識ゼロの未知の相手は、何をしでかしても不思議はない。
 ただ……そういえば、ジェラルドの自爆に立ち会った人物が、確かここにはいたはずだ。

「木の上で身を隠しているおまえ、シズレでジェラルドと直接戦ったんだよな?」
(……おい、呼ばれてるぜ武尊)
(…………)

 いよいよデータをパクる機会が失われつつある状況に、国頭 武尊(くにがみ・たける)は閉口したままだったが、
 観念したように【光学迷彩】を解くと地上に降りたって、

「―――あぁ。なかなかに狂ったヤツだったぞ」

 率直な感想を述べた。
 猫井 又吉(ねこい・またきち)もそれに続いて降りてくる。

「まー下手に追い込むのは得策じゃないかもしれねーなぁ」
「まだ大丈夫……そう思わせとかないと、最悪の事態を招く可能性は十分あるぜ」

 当人である武尊らがこう言っているのだ。
 レンは頷いて、

「侵入に成功しても、敵にどれだけの隙が生まれても、
 まずは指示通り、森側の出入り口を押さえるだけに留めないか?
 その後も、脱出路は常に把握するようにした方がいい。読み違えば命に関わる」

 確かに、考え無しに深入りするのは危険そうである。

「一度報告を通した私なら、羅参謀長への通信も繋げやすいはずだわ。
 方針の説明はしておくから、こっちは気にせず任務に集中して」
「私も残るわよ。リフトが降下を始めたら、森側出入り口の制圧部隊に伝えるわ」

 セレンとセレアナが、率先して連絡役を引き受ける。
 この作戦の実行が遅れてしまうのを危惧しているのだ。
 兵力をこの搬入口に回しているという事は、
 森側出入り口の攻防は、前より苦戦を強いられているはずである。
 既にトラップが無い事は教導の工作班が確認済みなので、これでやり残した事は無くなった。

「そう言ってくれるなら安心だわ。
 リフト降下の第一波は、私、スティンガー、レン、武尊、又吉の5人で行きましょう」

 蓮華も状況を理解してか、具体的な内容を定め、自身が最初にリフトへと飛び降りる。
 それに促されて、残る4人も次々とリフトに降り立つ。
 リフトの積載量にはまだ余裕がありそうだが、動きやすさを考えればちょうどいい人数だった。

 そして、リフトは重厚な機械音をたてて降下を始めた。
 セレンはタイミングを計って、その旨を森側出入り口の制圧部隊に伝達する。

 いよいよ奇襲作戦が始まる―――!





◆ツァンダ東の森・臨時野営地◆

 奇襲作戦というわけではないが、奇抜な作戦ならばエレクトラも実行していたらしい。
 臨時野営地の敷地内に、唐突に1人の女が―――
 エレクトラの幹部である、シャウトが現れたのだ。

「何者だ!?」
「……悪いけど、貴方たちに用は無いのよね。この作戦の指揮官はどこ?」
「答える気が無いのなら排除するまで!」

 教導団側からすれば、このうえない異常事態である。
 断崖の拠点は包囲済み、野営地の周囲に展開している兵士もいるのに、この女はどうやってここに辿り着いたのか。
 ただ、聞きたいことはあっても今は危険の排除を最優先としたのか、
 シャウトを囲んでいた兵士の1人が、『アサルトカービン』を構えて狙いを定める。

「やめておきなさい。無意味な犠牲が出るわよ……」

 警告も虚しく、その銃口から火花が飛び散った。
 銃弾は凄まじい速度で空間を進み、シャウトの身体を貫通し―――
 その先にいた一部の兵士に直撃した。

「ぐあああァ!!?」
「えっ」

 直撃を受けた兵士は地に崩れ、のたうち回る。
 幸い急所は外れているようで即死することはなかったが……

「私はエレクトラの声・シャウト。声には銃弾はおろか、あらゆる攻撃が通用しない
「なに―――!?」

 兵士達が驚いたのも無理はない。彼らが混乱した一瞬の間の出来事だった。
 シャウトはその言葉を最後に身体を霧散させ、大気中に掻き消えてしまったのだ。

「ど、どこに隠れやがったッ!?」
「あんた、大丈夫か! すぐに治療班を……!」
「……ヤツは指揮官を探してると言ってたな。司令室が危ないかもしれないぞ」
「何だと……! すぐに羅参謀長にも報告だ!」


 ―――…………。


 そして、報告に向かった兵士が司令室である『装輪装甲通信車』に辿り着いた時、
 シャウトの姿はもうそこにあった。

「貴様……っ」

 彼女に対峙しているのは、指揮官である羅 英照(ろー・いんざお)本人。
 だが、何か様子がおかしい。
 本部まで侵入してきたにも関わらず、シャウトからは微塵も敵意や害意というものが感じられないのだ。
 護衛についていたコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)は元より、
 羅もそれを感じてか、あくまで冷静に話し合いに応じている模様である。

「つまり、我が軍に断崖の拠点を諦め、引き上げろと?」
「そうよ。
 隠しても仕方が無いから白状するけれど、あの拠点にはエレクトラの重要な機密があるの。
 そして、エレクトラのトップ……名前はジルバーというのだけど、
 彼は、その機密を守るために、拠点ごと全てを消し去ろうとしているわ」

 それを聞いた羅は―――なぜか傍目にもわかるほど動揺した様相を見せた。
 確かにショッキングな情報かもしれないが、
 今すぐという訳ではないし、シャウトにはその理由がわからなかった。

「……?」
「…………いや、なんでもないのだよ。
 君の言い分は理解したし、警告はありがたく受け取っておこう。
 だが、その上でどうするかは、後はこちらで決める。すぐに出て行きたまえ」
「言われなくても、すぐに出て行くわよ。
 でも、私の言葉は―――声は忘れないでね。賢明な判断を」

 なんだこれは、と兵士は思う。
 敵軍の……エレクトラの幹部が、教導側の司令室に堂々と入り込んでいる異常事態。
 さっさと排除してしまえばいいじゃないか。そう考えそうになるが、先ほどの一件を思い出す。
 ―――銃弾はおろか、あらゆる攻撃が通用しない

「貴様は……一体なんなんだ? 銃弾は通り抜けて無傷……ホログラムか何かか?」

 つい、口を挟んでしまう兵士。
 シャウトは振り返って、やはりこう答えるのであった。

「言ったでしょう? 私はエレクトラの“声”なのよ」