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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

リアクション

「ふむふむ。妖精さんは火が苦手で、火傷するとすぐには治らないんだねっ」
 子供たちと円を描くように固まって内緒話をするネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)
 村での滞在時間の長い子供たちから有益な情報を手に入れようとしていた。
 手始めに妖精について聞き出すと、火傷を負うと普通の傷より治りが遅いことがわかる。
 それでも一時間もしないうちに回復するらしいが、一瞬で傷がふさがるような相手にはまだ有効的な手段と言えなくもない。
「でも、やっぱり力の源を絶つのが一番かなぁ」
 そのままで妖精を倒すのは難しそうだ。
「他にも何かあれば――」
 その時、ネージュが言葉を切って身体を震わせた。
 顔を赤らめ、モジモジしながら立ち上がると、輪から外れて一歩離れる。
「あ、あのごめんね。後のことは二人に教えてあげて!」
 言うや否やネージュは急ぎ足で近くにいた妖精の元へ駆け出した。
 ネージュは妖精を抱きつくようにして引き留めると、身体を揺らして訴える。
「あのあのあの!」
「どうしたの?」
「おトイレ行きたいのー!」
「また!?」
 ネージュは幼い子供を装い、本日10回目のトイレを要求する。
 超頻尿体質のネージュは他の子供よりトイレが近く、手間のかかる子供だった。
「うー、はやくぅ……」
 顔を赤くして我慢の限界を訴えるネージュを抱きかかえて、妖精は慌てて走り出した。
 そんなネージュが立ち去った子供たちの輪に、代わりに樹乃守 桃音(きのもり・ももん)が入ってくる。
「じゃあ、続きはボクが聞くねっ」
 たれ耳と自身の肩近くまである大きな尻尾がチャームポイントの桃音。
 子供たちの視線は背後で揺れるフサフサした尻尾に向けられていた。
 右に揺れれば子供の目が一斉にそれを追い、左に揺れば反対側へと眼球が動く。
「触ってみる?」
 桃音が問いかけると、子供たちの瞳が星を宿したように輝いた。
 背中を見せると、子供たちが一斉に尻尾に群がり触ってきた。
「ら、乱暴には扱っちゃダメだからね?」
 毛をむしられないか心配になりながら、桃音は子供たちの好きなように触らせる。
 撫でたり、抱きしめたり、頬ずりしたりと子供たちは桃音のもふもふした尻尾を満喫していた。
「楽しんでくれたかな? そのままでいいから、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど……」
 桃音は他の生徒のために、牢屋や神殿の場所についての情報を集める。
 しかし、情報は妖精たちから子供たちには知らされていないため、よく森の中を探索する子供たちを呼んで話を聞くことになった。
 子供の一人が呼びに行っている間ももふもふされ続ける桃音。
 子供たちに害がないことがわかり安心しきっていたその時、ふと背筋を悪寒が走った。
 そんな桃音が子供たちから話を聞いている間、パストライミ・パンチェッタ(ぱすとらいみ・ぱんちぇった)は別の方法で生徒達の役に立とうとしていた。
 まずは生徒達と連絡先を交換してお互い連絡をとれるようにする。
 そして、
「そう、そのままじっとしててねぇ」
 村の子供たちの顔写真を出来るだけ多く携帯で撮影しておいた。
 タイトルに子供たちの名前が付けられた写真は、牢獄に到着した生徒達がいち早く親に元気な子供の姿を見せられるようにするためである。
「楽しく暮らすのもいいんだけど、やっぱり両親が必要だと私は思うんだよね〜」
 カメラに笑顔を向けた子供たちの姿を見ていると、早く親の元へ帰してあげたいと思う。
 口では皆帰りたいとは言わない――言えないけど、本当は家族の所に帰りたいと思っているはずだ。
 パストライミは仲間が集めた情報を纏めると、写真と一緒にロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)のノマド・タブレットにデータを送った。
「これで全部ですか?」
「そうだねぇ。今の所はこれで全部かなぁ」
「了解です。ご苦労さまでした。また追加情報があればこちらの方に送ってください」
 ロアは深々と頭をあげると、駆け足でパートナーのグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の所へ向かった。
 子供姿になったグラキエスは、何やら年下の女の子に囲まれて楽しげに談笑していた。
「ちょっとエンド来てください」
 それを見たロアはグラキエスの手を強引に引いて連れ出した。
 女の子たちから距離をとると、周囲を気にしながらロアが声を潜める。
「もうすぐ移動します。そちらは何か情報を掴めましたか?」
「ああ……ゴーレムにちょっかいをだす男の子たちがいるらしい。たぶん今日も行ってるはずだから、周辺の地形について彼らに聞こうと思う」
 先ほどまで浮かべていた笑顔を真面目な物に変え、グラキエスは懐から映晶の杖を取り出す。
「ゴルガイスと連絡とって行動開始だ」
「了解です。っと、その前に彼らにも挨拶して行きましょう」
「そうだな」
 二人はグラキエスが姉のように慕うフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の元へと向かった。
 するといち早くグラキエスたちの姿に気づいたフレンディスのパートナーベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が声をかけてきた。
「よぉ、そっちも出発か?」
「準備が出来次第行くとするよ。フレンディスさんは?」
 グラキエスが尋ねると、ベルクは顎で子供たちを羨ましそうに見つめる少女を指した。
 【超感覚】で生えた尻尾を揺らしながら、楽しそうにはしゃぐ子供たちを指を咥えながら見ている。
「もうすぐ出発だから堪えてるんだとよ。ちなみにうちの犬は完全に満喫してるがな」
 我慢する主人を差し置いて、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は子供たちの輪に解け込んでいた。
 最初は誘われて仕方なくだったはずが、まるで最初から友達だったかのように。
 本人曰く――
「僕はどんな環境にも適応できる柔軟性を持っているのです!」
 ただ楽しんでいるだけなのに、下等生物と見下していたわりに随分な開き直り方である。
 とりあえず、ベルクは走り回っているポチの助に近づくと、首根っこを掴んで引っ張ってきた。
「それじゃあ、お互いの健闘を祈るぜ」
 ベルクはグラキエスと軽く拳をぶつけあうと、フレンディスとポチの助を連れて神殿へ向かう仲間の元へ向かった。
 そんな彼らを横目にスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)はベッドに肘をついて、うたた寝モードに入っていた。
「好きなことをしていいとは……幸せでござるな……」
 すぐ傍でティー・ティー(てぃー・てぃー)が子守唄を唄っている。
「ねんねんころりよ〜おころりよ〜うさ。ぼうやはよい子だ〜ねんねしな〜うさ」
 綺麗な声なのに最後に「うさ」と付くのが何やら気になる。が、すでに眠たくて仕方ないスープはそのタイミングに合わせて船をこいでいた。今にも眠りに落ちそうな勢いだ。
 あと少し、もう少しで、数回で夢の世界に旅立てそうだったその時、バシンッ、と勢いよく後頭部を叩かれた。
「いたっ!?」
 ベッドから転げ落ちたスープは鼻を抑えながら顔をあげると、目の前に源 鉄心(みなもと・てっしん)が仁王立ちで立っていた。
「いつまで呆けてるつもりだ。さっさと行くぞ」
 お怒りの様子だが子供姿だといつもほどの威厳がなく、おかしく思えた。
 バシンッ
 少し笑っただけなのに、二度目のハリセンが飛んでくる。
 地面と接吻するスープだった。
 すると、スープが懐いているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が鼻を高くして近寄ってきた。
「まったく、すぷーもうさぎも、ふざけてないで真面目にやるのですわ!」
 言い終わった後に、イコナは鉄心のチラ見しながら、自分だけは真面目にやっていることをアピールする。
 そんなイコナが突然驚きの表情を浮かべた。
「鉄心が子供になってますわ!?」
「……何をいまさら」
 鉄心は急な大声に耳を塞ぎながら、ギャーギャー騒ぎ立てるパートナーたちに、不安を感じざるを得なかった。

 牢獄と神殿にそれぞれが向かったのを確認して、及川 翠(おいかわ・みどり)も自分達の準備を開始することにした。
「ねーねー妖精さん。森さん、探検したの! 地図とかないの?」
 翠の問いかけに妖精は逡巡し後、紙に大まかな見取り図を書いてくれた。
 それを手にサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)の所へと走る。
「どうだった? 何か聞けた?」
「うん。なんか色々聞けたのっ!」
 翠は書いてもらった見取り図と、森に入ってからサリアと一緒にマッピングしてきた地図を見比べる。
 見取り図に書かれた遊具名と翠たちが見てきたものを照らし合わせると、おのずと方角もわかってくる。
「こことか行っちゃだめって言われたの」
「えっと、こっちとこっちが牢屋と神殿だから……あれ、ここはなんだろう?」
 妖精に行っては駄目だと言われた場所は三か所。
 右翼の黒虎がいる神殿の東側にも立ち入りを禁止している場所があった。
「翠ちゃんどうするの? 行くなって言われたんだよね?」
「そうなの。でも――」
 言葉を切った翠は拳を握りしめると、瞳を輝かせてはっきりと告げる。
「言っちゃダメって言われたら余計に行きたくなるのっ!」
 翠の中でそれは既に決定事項のため、今更何を言っても無駄だろう。
「じゃあ、とりあえずお姉ちゃんたちを呼んでくるね」
 サリアはテクテクと他の二人のパートナーたちを呼びにいくことにした。
 一人目のノルン・タカマガハラ(のるん・たかまがはら)は村の外周をウロウロしている所を見つけることができた。
「ノルンさん、いい案は見つかった?」
「あ、サリアさん。申し訳ありません。子供たちをすぐに帰す方法はまだ見つかりません」
「そっか……」
 ノルンは村についてから、子供たちを外に連れ出す方法について考えていた。
 しかし、警報を発する結界を調べた所、一度入ると抜け出すのが容易ではないことが判明した。
 そのため結界を破壊するためには、元である右翼の黒虎をどうにかしなくてはならない。
「なら他の人達がどうにかしてくれるよね♪」
「……そうですね。結界のことはお任せして、わたくし達は森を捜索して捕らわれた人々を探した方がいいかもしれませんね」
 ノルンは胸に手を当てて考えを纏めると、スッキリした様子で笑っていた。
「それじゃあ、翠ちゃんの所で待っててね。お姉ちゃんも呼んでくるから」
 サリアはノルンをその場に残し、最後の一人ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)を探しに行った。
 先ほどはすぐに見つけることができたものの、さすがに子供だらけ村でたった一人を探すのは至難の業――
「と、思ってたらすぐに見つかっちゃたよね。お姉ちゃん何してる?」
 サリアは予想外にも早く見つかった探し人に声をかける。
 振り返ったミリアは何だかとてつもなく幸せそうだった。
「え、何って……もふもふ〜〜!!」
 ミリアは嬉しそうに目の前のもふもふした物を抱きしめた。
 それは先ほどまで子供たちから情報を聞き出していた桃音の尻尾で、もふもふに目がないミリアとしては飛びつかずにはいられなかったのだ。
「そ、そろそろ放してほしいかも〜!?」
 桃音の訴えも虚しく、全身で抱きつくミリアはなかなか離れそうにない。
「ハァ……」
 それから、ため息を吐いたサリアが翠たちを呼んでミリアを引き離すのに、半時ほどかかったという。

 多くの生徒達が妖精の隙をついて村を抜け出した。
 世話に追われる妖精たちが、村の子供の一割にもみたない彼らの存在に気づくことはない。
 仮に気づいたとしても、日中は他の子供のように森の中に点在する遊具で遊んでいると思うことだろう。
 ただ厄介なのは巡回の存在である。
 そこで富永 佐那(とみなが・さな)は、
「よーせーさんと、たのしくあそぼー!」
 村を出ようとした妖精の顔面にむけてサッカーボールを放った。
「ぐへっ!?」
 真横からぶつかってきたボールは、妖精を二転ほど空中回転させて地面に叩き落とした。
 地面から頭を引っこ抜き何事かと周囲を見渡す妖精に、佐那は背後から飛び乗る。
「あたし、じないーだ・さな・とみなが・う゛ぁとぅーつぃな! ブラジルのリオデジャネイロってトコで生まれたの! サッカーがだいすきよ! ゆめはワールドカップにでて、とくてんおーになること!」
 まるで馬にでも乗るように羽を掴んで宣言する佐那。
「違う違う! これサッカーじゃないからっ!? お馬さんごっこだからっ!? 羽引っ張らないでー!?」
 妖精は暴れ回り、背中に乗った佐那を振りはらおうとした。
 必死にしがみついていた佐那だが、さすがに子供の握力では限界があった。
「も、もうなんでこんなことするの……」
「じゃー、コマンドサンボやろうよー!」
 立ち上がろうとした妖精に佐那が再び背後から飛びつく。
 今度は肩に乗るようにして妖精の腕を抱えた佐那は、【風術】も使いぐるりと回転させて妖精を仰向けに倒した。
 そのまま腕ひしぎ逆十字固めに入る佐那。
 顔を真っ赤にして子供の力で懸命に腕を引っ張りながら、自分でカウントする。
「ワーン! ツゥー! スリー!! かんかんかん! さなのかちぃー!!」
 困惑する妖精を解放すると、立ち上がった佐那はぐっと拳を空に突き上げた。
「え、えっと、さなちゃん? どうしたのかな?」
「さな、よーせーさんとあそぶのー! みんなにはたのしんで、っていっているのに、よーせーさんたちは、ちっともあそばないの! だからもりのじゅんかいなんてやめて、いっしょにあそぼーよー?」
 きゃっきゃっ笑いながら両手を振り回して主張する佐那。
「……仕方ないなぁ。少しだけだよ」
「わーい! じゃあ、そっちの方をしっかり噛んでてね」
 諦めて付き合う事にした妖精は指示通り渡されたゴムの端を噛んだ。
「……ふぁれ? ひょっとふぁって」
 引き延ばされていくゴムに、この遊びに感づいた妖精が慌てだす。
 しかし時すでに遅し、
「えいっ!!」
 佐那が掴んでいた方を離すと、ゴムはその性質から元の形に戻ろうとする。
 急速に妖精の方へと戻っていったゴムは、バチンッ、と乾いた音と共に妖精の顔面を直撃した。
「うぉぉぉぉぉ!?」
 妖精が顔面を抑えてのた打ち回る。
 それを見て大笑いする佐那は妖精に駆け寄り、楽しそうに告げる。
「つぎやろーつぎー!」
 それから数分、妖精は佐那の遊びに付き合わされた。
 リアクション芸人にでもない妖精にとって痛いだけの遊びは、顔が変形しそうな内容だった。
 そんな苦痛から解放されたのは、佐那の養子であるソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が駆けつけてからである。
「すみません。すみません。マーマ……いえ、妹が失礼を」
 ソフィアは妖精の両頬を引っ張る佐那を引き離すと、頭を下げて謝った。
 ペコペコと何度も謝るソフィアだが、その間に佐那は他の子供と一緒に遊具を間違った使い方で遊び始める。
「だめですよ! 危ないから降りてきてください!」
 ソフィアの説得に不貞腐れながらも降りてきた佐那だが、一瞬目を離した隙に今度は別の悪戯を始めた。
 放置すると問題を起こす佐那を追いかけ回るソフィア。
 妖精もそんな佐那の真似をしないように子供たちを止めるのに必死だった。
「コスプレイヤーだっただけあって、子供の頃を演じきるなんて……凄いです」
 でも、少しペースを落として欲しいと、ソフィアは膝に手をつきながら心の中で叫んだ。
 元気にはしゃぎまわる佐那を放置するのは危険と判断した妖精は、ソフィアも混ぜて周りの子供たちと一緒に遊ぶことにした。
 予定通り子供たちとのコミュニケーション機会を得たソフィアだが、
「少しだけ……休ませてほしいです……」
 全速力駆け回り続ける佐那ほど体力は残っていなかった。