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腐り落ちる肉の宴

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腐り落ちる肉の宴
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■ 死者達の宴 【6】 ■



 噴水からほんの数メートル離れた場所。
 三人は得物を構え減ることのない死者を相手にしていた。
「平気か?」
 聞かなくても良い問いを猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は投げかけた。二メートル程離れた背後の左右からウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)ウルスラグナ・ワルフラーン(うるすらぐな・わるふらーん)とがそれぞれ返答を返してくれる。
 買い出しの途中で立ち寄った公園で巻き込まれた騒動。目の前で攫われた人を助けようと追いかけて辿り着いた噴水。水中へと投げ落とされた被害者を何人か救出していたが、それも噴水自体が死者達の出現区域と化してからはできず、数に押され否応無く場を離された。
 増えていく死者に、戦えない者を抱えての三人だけでは対処できず、また逃げることもできず、勇平は咄嗟に円陣を組み、水を浴び寒さに震える人々を背に剣を振るい続けることを選んだ。
 生者を捕らえようと襲ってくるゾンビを斬り伏せ、妨害者と判断し突っ込んでくるスケルトンの骨を砕き、噴水へと引きずられる人々の腕を掴む。
「今だけ耐えられればいいな」
 死者のうめき声と生者の悲鳴に混ざって、そこかしこで銃声や技を叫ぶ声が聞え始めた。時折浄化の光が煌めき、勇平が上を見上げると戦況を有利にしようという働きかける契約者の姿が見えた。
「被害は最小限に、威力は高く……調整が難しいですわね」
 ドワーフの作ったハンマーで攻撃時爆発を誘発する爆砕槌を握り直し、契約者達が動き出したからといって、どのくらいの数と応戦しなければならないのかわからない戦況に、ウイシアは力のさじ加減の難しさにかわいい顔を曇らせる。
「しかし、やる他なかろう」
 ウイシアの声を拾ってウルスラグナは答えた。
「生きている者の為、そして、何よりも使役されている死者の為に」
 ス、っと。剣を振り上げた。今までの流れを一度区切るような動作に死者達の歩みが一瞬だけ緩み、何事かとスケルトンが飛び出す。
 それを、ウルスラグナは堂々と正面から迎え撃った。
「全ての邪悪なる者はウルスラグナを恐れよ!」
 安息を奪われ、欲望のために酷使される彼らを救う為、ウルスラグナの一閃に躊躇いなど無い。



 空飛ぶ箒『スパロウ』から降り立ったリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、思わず自分の口を両手で覆った。連絡を受ける前に立ち寄って買った食べかけのクレープが地面に落ちる。
 百聞は一見にしかず。急行した現場は想像よりも混乱し、想像していた以上に、死臭が濃かった。
「あちゃー」
 ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)の漏らす一言が、恐らく全員が抱いた感想だろう。
「リース、あっちからぞろぞろ来てるよ」
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が公園の中心部を指さした。学校より連絡を受けた時添付されていた地図を思い出し、リースは考え込んだ。イルミンスール魔法学校の大図書室で得た知識、培ってきた博識を総動員して、状況に対し考え得る仮説をパートナー達に伝えた。
「じゃぁ、公園の中心……噴水かな、そこにゾンビやスケルトンを呼び出している何かがあるんだね」
「お、恐らくその噴水にゾンビさんを召喚する魔法陣か何かが敷かれているものと、お、思います!」
 そして魔法陣の影響で噴水自体が『出口』になっているのかもしれない。
「じゃぁ、壊しに行こう」
 あくまで仮説ではあるが、可能性は捨てきれない。迅速な対応を求められているのなら情報の正確さもだが、度胸も必要だろう。迷っている暇など無い、一か八か、やるだけやろうというやつだ。危険とわかって、噴水への接近及び魔法陣の破壊にマーガレットが名乗りでる。
「ついに大英雄たる我輩の真の実力を見せる時が来たようじゃな!」
 アガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)が大役に大きく胸を逸らした。
「皆の衆、刮目して見るが良いッ!!」
 マーガレットが破壊に動くなら、道を切り開くのは自分の役目とアガレスのやる気は十分だ。天よりの騎士団、コールクルセイダーズを呼び寄せて、アガレスはその先頭に陣取る。
「ゆけぇーい! 我が気高き勇者達よ!」
 死者の群れへと突っ込む自分を鼓舞するように叫び、指揮を振った。先陣を切ったアガレスに続き騎士団が悪しきゾンビや抵抗するスケルトン達に剣を振るう。
 妖精のジュースを一気飲みしスピードのエンチャントに軽くなった足を軽く曲げ伸ばししたマーガレットが、アガレスの開いた道が塞がる前にと、地面を蹴り抜き、
「じゃぁ、行ってくる!」
と出発した。
 ほぼ同時に、ナディムが黎明をもたらす天馬――ペガサスの手綱を掴み、その背に跨る。見仰ぐリースにナディムは、にかっと笑った。
「後先考え無いマーガレットが特攻すんのは不安なんで」
 彼女の援護に向かう。
 描天我弓という名の実体を持たない弓を携える片手を光輝の属に光らせ、ナディムは「じゃぁ、行ってくるぜ」と天馬の手綱を引いた。出発を促され黎明をもたらす天馬がその赤色に燃ゆる炎の翼を羽ばたかせた。
 残ったリースはうっかり引火し煙る落ち葉に慌て焦りながら消火しつつ、自分もゾンビに攫われないように身構える。



 石畳で敷き詰められ可燃性の低い場所、噴水付近まで死者を切り倒し進み来た総司と歳三が同時にヴォルテックファイアの呪文を叫んだ。
 タイミングよく手薄になったその場所をアガレスは見逃さなかった。瞬間的な炎はすぐに消えた。死者を燃やす火は駆け抜ける者の邪魔をしないだろう。
 目の前をアガレスが横切り、何事かと振り返れば小型飛空艇の倍ほどの速度で駆けるマーガレットが居た。死者を統べる墓守姫は咄嗟に彼女の進路を塞ごうとした死者の手首を掴んで危うい重心を崩し、転倒するゾンビに真下から上に向かってトーチングスタッフを振り上げる。燃え上がる杖の先端がゾンビの頭部を強打した。
 直接掴んだ事で腐肉に濡れた手を一瞥しただけで、次への行動に移る死者を統べる墓守姫に、「ゾンビを素手で触るなんて」と生理的に無理絶対無理と言う姫星。死者を統べる墓守姫はそんなパートナーに「そんなもの慣れてるわ。この名前は伊達じゃないのよ」と視線だけで答える。
 先導するアガレスの一団が噴水の向こう側へと疾走り抜けた。
 マーガレットの背を見止め、天音はこの機を逃さないとばかりに割れて開かれた死者の道に向かって影に潜むもの、自分の影から巨狼を喚び出した。ブルーズに目配し二人でその背に乗ると、塞がれていく道に強引にその身を滑り込ませる。
 果たして、契約者三人、死者達の発生源たる噴水に辿り着いた。



 噴水に辿り着いて、天音とマーガレットはそれぞれに驚き声を失う。
(ただの、噴水――ッ!)
 こんな大掛かりな事をしておいて!
 噴水に施されているだろうと思われた魔法陣の痕跡は、水の底に敷かれた石一つすら見受けられなかった。
 否、ざっと見だったから上手く見抜けなかったのかもしれない。よくよく調べればきっと! と思うが、死者の発生源そのもののこの場所で、この状況で、調査をするべきか悩む時間も――無い!
 天音と共に影に潜むものの背に乗って一瞬だけ上から見た光景を思い出しシックスセンスの直感にブルーズ反射的に叫んだ。
「縁を壊せッ!」
 叫ばれた声に、応えたのはマーガレットだった。



 この場所が選ばれたのは意図的なのか、単なる偶然か。
 答えは前者だ。
 人工物は人の手が入るせいか自然と正確な形を取る場合が多い。この公園のように噴水を中心にした円形のアシンメトリーは設計者の譲れない信条が所狭しと表れていた。
 複雑な図も印も、面倒な文字の記しも、必要もないほどに狂いのない正確さの、ルシェードが最も好む美しい円陣図形だった。
 だからこそ、それ故に、脆くもあった。
 いくらベースが美しく理想的と語っても所詮は借り物。時間の短縮だけを求めて手順も何もすっ飛ばした事が、噴水の縁にヒビを入れただけで、ルシェードが死者達の出口として作り上げた魔法の決壊という結果を招いた。
 同時に水に与えていた魔法の効力も消える。
 噴水に掛けられていた魔法がマーガレットの手によって崩されたのと同時に死者達の動きが明らかに鈍った。