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リアクション
第5章 停滞
「かぱーっかっぱっかぱっ」(さらさらさらっ)
『俺としては、何故中に入れてくれないのかが判りませんが……
恥というのならそのまま中で全員殺されてしまってそいつらがその恥を持って帰って広める方が恥の上塗りの様な気がしますが……
その辺はどう考えてらっしゃるのでしょうか?』
鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)は些か語調の強い(?)字で例によってスケッチブックにさらさらっと書いて、堂々と守護天使たちに突きつけるように掲げてみせる。その勢いとはミスマッチなゆる族の容姿と、返答しようにも書かれた文字を読み終わらないと言葉が出せないのとで、しばらくの間、会議の場には変な沈黙が生じた。
その静けさを埋めたのは、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)のおっとりした調子の、しかし真摯な熱の声だった。
「今、島が大変な事になってるっていうこと、本当に気付いてるのか判らないけど……
どちらにしても、そのままにしてても、島が酷い事にしかならないと…思うんだぁ……
天使さん達……皆死んじゃうかもしれない……ううん、コクビャクだってあるし
……もっと酷い事になるかもしれない……
だから……それを止めるために……『丘』に行かせてほしい、私たちを……
もし、何か知られたくないからって理由からなら……私はどんな条件でも受け入れるから……」
――ネーブルはキオネのことを思っていた。
キオネの正体は魔鎧「サイレント・アモルファス」……ということは、同じヒエロ・ギネリアン作の魔鎧でともに「炎華氷玲」シリーズの一体である刀姫カーリアとは「家族」のようなものだ。
しかし今現在、2人は攫われた綾遠 卯雪のことが原因で、ぎくしゃくしているらしい。
(2人とも……仲直りしなきゃ……駄目…だよ)
卯雪の魂の秘密は聞いたが、どうすればいいのか、それは今は分からない。
ただ、卯雪を殺すのもやむなしと考えているカーリアより先に、攫われた卯雪を取り戻して、2人に話し合ってもらわなくてはと思っていた。
(勿論、殺すの駄目…だよ?)
卯雪奪還には、画太郎も強い意欲を示している。
大荒野で彼は、ネーブルの頼みで、一時的に卯雪の執事となってボディーガードを務めてもいたのだ。
『一度主だった人が捕まって居るのです。
助け出すのが執事としての務め、
俺も卯雪さんを助け出す事に尽力したいと思います
……キオネさんの想い人、しかとお助け致しましょう!(きりっ』
卯雪を取り戻すためにはコクビャクに近付かなくてはならない。
そのためには、島民に、『丘』への道を開けてもらわなくては。
なんとしても。
「見られるのが怖い?
聞かれるのが怖い?
話されるのが怖い?
もしそうなら……目を潰して鼓膜を破って喉を潰しても……いい。
我慢する……から……」
おっとりした口調で紡がれた思いもかけぬ過酷な言葉に、奇妙な迫力を感じた守護天使たちは一瞬、絶句する。
「だから……道を開いてもらっても……いいかなぁ?」
「ぅ……ぐぁあ――――ぁぁっ!!!」
突然、獣の咆哮に似た声が、室内を文字通りに揺るがした。
それが、ザイキの喉から湧き上がったことに、皆が気付くまでに数秒かかった。
フードをかぶった頭を上から両手で押さえる、その手が、傍目にもはっきりとわかるほどぶるぶると震えている。
驚き、当惑、気後れ。それらが積み重なっていく沈黙の中で、ザイキが手を放して頭を上げるまで、どれだけかかっただろうか。
「……驚かしてすまなかった。体調が思った以上によくない。会議に集中するのは無理なようだ。
すまないが、退席させてもらう」
そう言うと、ザイキは、誰の返事も待つことなく、席を立ち部屋の外へ早足で出ていった。
「団長……っ」
呼びかけようとしたムセの声は、ばたんっと閉まった扉に断ち切られ、置き去りにされた。
その頃キオネは、パクセルム島のはるか上空にいた。
「……あまり変わっていないみたいだな」
飛空艇の窓から見下ろし、呟く。
「緑が多いのね」
知らない土地に少なからぬ興味を抱いて一緒に見下ろすルカルカに、キオネは眼路の先は島の俯瞰に据えたまま、意識は半分古い記憶の中に漂わせて、説明を始める。
「島の入口の発着場は、あの東南の縁にある細い山道を上り下りして行き来するんだ」
「ふんふん」
「この開けた場所に、居住域は集中してるんだけど……すごく大まかにいうと、西の部分だけ空いた三つ葉のクローバーみたいな感じかな。
北に1枚、南に一枚、東に一枚。西だけ欠けている」
「へ〜、面白い表現だね。ってことは、3つに分かれてるの?」
「そうだね、そう区分けされてた。
で、――その西の開けた野原に、『丘』があった」
情報をダリルに送信する作業をしていたルカルカは、その声で、目を窓の外にこらした。
「あれ?」
続けて、いささかマヌケな声が、キオネの口から発せられる。
「……どこ、だ?」
「キオネ?」
「丘……どこだ?
なんで……西の野原だけ、なんだかひどく様子が変わっている……」
落ち着きを失った声。
「落ち着いて、キオネ。丘はどんな様子だったの? 木や草は?
地面が盛り上がってるだけの地形は、上空からは結構分かりにくいかも。
もう少しだけ高度を下げてみるから、もう一度よーく見てみて」
言葉通り、飛空艇がいくらか高度を下げてからも、キオネは眉根を寄せて、じっと島の俯瞰の様子を見つめていた。
「……キオネ、アレじゃない?」
「え?」
「ほら、何か上にかぶさってて分かりにくいんだけど……あそこの地面、何だか盛り上がってるように見えない?
この、上に広がってるのは何かなぁ……何だか、青くうっすら光って見える……」
「俺もそれが気になってたんだ。何だこれ? こんなもの、昔はなかった。
しかも相当大きい……まさかこれ、丘の上を覆ってるのか!? 何だこれ!?」
キオネにとっては全く予想外の光景だったらしい。動揺する彼に、ルカルカはきっぱりした口調で提案した。
「これはきちんと確認した方がいいよね。ぎりぎりまで高度を下げるから、キオネはそこで下を見てて」
「でも、結界が……」
「ちゃんとギリギリを見極めるつもり。雲の流れや風の方向で掴めると思うわ。
難所の飛行を想定してきたんだから、大丈夫。ルカを信じて、ねっ」
そしてルカルカは操縦桿を握り、高速飛空艇ホークを操り、高度をさらに下げていった。
結界に弾かれた雲や気流が不規則に跳ね返る面を見極め、それを結界と想定してギリギリの高度まで下げていく。落ち着いた操縦桿さばきで、飛空艇は当初よりだいぶ高度を下げたが、機体は大きな揺れもなく、安定したまま高度を保った。
その間、少し心配しながらもルカルカの操縦技術を信じて、キオネは窓の下を見ていたが。
「あれ――木だ!!」
覆いかぶさっているように見えたのは、広げた豊かな枝。
丘の上に、大木がたっているのだ。それがはっきりわかった。
「何だあの木……あんなの、前はなかったのに」
驚愕するキオネの横に、機体を自動操縦モードに切り替えたルカルカが来て、窓からそれを見下ろした。
「本当だ……すごく、大きな木だね。広がった枝で、真上からじゃほとんど丘が見えないよ」
「……確かに。巨大な樹……丘の天辺に立ってるのか……?」
「やっぱり、なんだかあの木……ちょっとだけ青く光ってる……」
ルカルカの言葉通り、丘の上に立つ大木は、ごく淡い青い光を纏って立っているようだった。
「――――!」
突然、キオネの脳裏に閃光が走った。
それは遠い、遥かな時間を越えてきた届いた光だった。
「思い出した……
あれは、エズネルが植えた種だ」
*******
丘で見つけた、と、エズネルが見せてくれたそれは。
一見、鉱石の欠片のように見えた。
輝石の破片でも入っているのか、ところどころちらちらと細かく、微かに輝いていた。
小さなエズネルの両手で包むように持つのがちょうどいいくらいの大きさ。意外と軽い。
丘の横に小さな穴が開いていて、覗いたら丘の中が見えたの。
中は真っ暗なんだけど、時々、キラッと何か光るものがあるの。
何だろうってずっと思ってたの。でも、手も入らないくらい小さな穴だから、確かめられなかったの。
だけど昨日、また覗いてじっと見てたら、いつの間にか眠っちゃっててね。
起きたら、すぐ傍にこれが落ちてたの。
きっとあのキラッと光るものが、風か何かで吹き飛ばされて、外に出てきちゃったんだね。
無邪気にそう言って、両手でそれを大切に抱えるエズネルに、それは何だろうね、と尋ねたら。
種だよ。木の種。事もなげにそう言った。
……どう見ても、石の欠片だった。植物の種子には到底見えなかった。
なのにエズネルは、不思議な確信を持って、それを種だと言い切った。
これは種。私には分かる。芽を出して、葉っぱを広げて、お日様を浴びて大きくなりたいって言ってる。
だから埋めるね、と、エズネルは丘の上にそれを植えた。
*******
(その後、どうなったんだっけ?)
必死に記憶を辿る――
そうだ、芽は出た。エズネルと一緒に喜んだことを覚えている。
……その後、大人たちが丘に来るようになったんだ。怖い目をして、エズネルをぶって、罵って。
「あの木……あの時の……?」
千年越しに蘇ったキオネの疑問の遥か下方で、大樹は淡く輝きながら佇んでいる。
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