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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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第3章 雪猫を誘き寄せよう


「何であんな馬鹿なことやってられるのかしら」
 暖炉の前で笑い合う生徒たちを見て、ひとりの女生徒が腹立ちまぎれに言葉を吐き出す。彼女の手には、かき集めてきた不要な布があった。
「話してたって状況が良くなるわけじゃないのに――」
 そんな彼女の目の前に、お茶とクッキーの乗ったトレイを差し出したのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「怒ってたら余計にお腹空いちゃいますよ。良かったら、紅茶いかがです?」
「お菓子なんてどこにあったんですか?」
「“ティータイム”です。契約者ってこういう時便利ですよね」
 生徒会のお姉様ににっこりと微笑まれて、彼女は自分を恥じたように、済みませんと頭を下げた。
(みんな平気に見えるけど、不安でピリピリしてるのかな)
 お腹が空くと怒りっぽくなるという。このまま食事がなくなって、奪い合いになったらと歩は心配する。魔法が使えると言っても、満足な食事と睡眠がなければ、そんな元気もなくなってしまうだろう。
(雪……雪が弱くなったのと、雪だるまが壊れたのって何か関係があるのかなぁ?)
「ねぇ円ちゃん」
 歩は冷えた客室に向かうと、友人の背中に声を掛けた。
 桐生 円(きりゅう・まどか)は二段ベッドの脇に置いた荷物に、もぞもぞと防寒着の両腕を突っ込んで、何か探しているようだ。隣に大きな七輪とスコップが出されており、その周囲をDSペンギンがよちよちと歩き回って、興味深げにつついていた。
「ちょっと待ってて。あー、あったあった」
 顔をあげて振り向いた円の両手には、お餅のパックの袋と小さな醤油のペットボトルが握られていた。
「……で、何?」
「吹雪止まないね」
「うん」
「ベルさんが言うには、雪猫の仕業って言ってたけど、伝承だと、雪猫は人から隠れるために吹雪を起こしてるんだっけ。
 じゃあ、自分の姿が隠れてれば吹雪を起こさなくていいってことなのかな?」
 歩は顎に手を当てて考え込む。
「うーん、隠れたい雪猫と雪だるまの溶けた跡、吹雪の弱まり……。雪猫が雪だるまに隠れてた?」
「あるかもしれないね。まずやってみる事、それは検証かな」
 スコップとお餅の袋を歩に、お醤油をペンギンに渡して、円は七輪を持ち上げた。
「伝承が本当であるか。まずは雪だるまの大きさを測っておこう。それ以上の雪のオブジェを作ろう」
 円は、ベルさんにもう一度伝承を聞いたんだけどね、と七輪を抱えて廊下を行き、足元に気を付けて階段を降りる。その後をペンギンと歩が付いていった。
「雪猫は自分を中心に、特に通り道に吹雪を起こすんだって、だから弱くなったのは隠れる必要がなくなったか……遠くに行ったかどっちかだね。
 人を避けるためだから、わざわざ山小屋に近づくかは分んないって」
「隠れてもらう場所を作ってみる?」
 雪かきにもなるし、試して損はないかもしれない。隠れるなら雪だるまよりかまくらの方がいいかなぁと歩は考えて、そこで円の考えていることが分かった。
「かまくらつくろうぞ、かまくら! 雪かきでたまった雪で、三段雪だるまよりでっかいものを! 前歩たちと作ったのよりでっかいのをね!
 それが最低条件、それ以下だと多分壊されるだけ」
 成程、円が何で七輪を持って来たのか歩は納得した。
 円は片手を開けて、お嬢様たちの輪の中に入れず所在なさげに椅子に座っていた守護天使の首根っこを叩いた。
「聞こえてたよな? よし、ボブも手伝いたまえ! きっと楽しいぞ! 歩は北国うまれだったよね? アドバイスよろしく!
 で、朝おきたら、雪猫がかまくらに詰まって鎌倉が猫型になってないかなー」
 円は楽しそうに吹雪の中に出ていくと、小屋から離れた、しかし辛うじて視認できる場所に、かまくらを作り始めた。
「来るかなぁ? 来ても見ちゃいけないんだよね? あぁでも、見てみたいなぁ……近づいたら怒らせちゃうかな?」
「もし壊されてたら雪猫はいるってことだね。そしてそれ以上の大きさのかまくらを作って吹雪を鎮めなきゃかな」
「かまくらで鎮めるって面白いね。どれくらいの大きさが丁度いいんだろ? 雪猫が大きかったらかまくらの中ぎゅうぎゅうになっちゃうかもしれないよねー。でも、それも可愛いかもなぁ。……うぅ、見てみたい。
 あ……円ちゃんこっちをお願い」
「オッケー、オッケー。……なあボブ、女の子ばかりに働かせるのは情けないと思わんかね? さっさと手を動かす!」
「“原色の海”は雪なんか滅多に降らないんですよ……」
 守護天使は毛皮のついた防寒着を着こんで、ぶるぶる震えながらぶつぶつつぶやいている。そんな彼を円は励ます。
「頑張れボブ、できたら、中でお餅を焼いてあげるからさ。醤油でいただくのだ」


 へっぴり腰の守護天使が労働に駆り出されていると、
「ボブー!」
 山小屋の方からやって来た小柄な少女鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が、吹き付ける風の中、元気よく手を振ってきた。その横に、百合の花園から解放されたアナスタシアの姿もある。
「なんだ、暖炉の前にいなかったんだ。後でおいでよー」
 ざくざくと雪を踏みしめながらヨルが守護天使に近寄り、その後を雪に足を取られそうになりながら、アナスタシアが追いかけてくる。
「ええ、そうなんですよ。ありがとうございます、気遣ってくれて。でも何で僕の名前がボブで定着してるん……」
「暖炉でポカポカになった羽で温まりたかったんだけどなー。帰ったらできるかな? よろしくね」
 僕の存在価値って……と、へこむ守護天使だったが、ふとヨルたちがスコップを手にしているのに気付いた。
「何でこんな寒い中をわざわざ? 僕たちは雪猫を誘き寄せようとしてるんですけど……」
「そう、ベルさんが言ってた雪猫、怪しいよねー」
 ヨルはうんうん、と意味ありげに頷いている。
「殺された雪だるまの件だけど。手がかりは必ず現場にあると思うんだ。この雪じゃ見つけるの大変だと思うけど、がんばるよ」
「……えっ? 殺された雪だるま?」
 そうだよ、とヨルは今度は大きく頷く。
「この辺、移動の通り道なのかも。僕たち、証拠を見付けたら、また雪だるま作って誘き寄せようと思うんだ。夜も見張ってね。
 雪だるまを殺すなんてかなりの手練れに違いないよ」
「……あぁ……そうなんですか……」
「寒いけど元気出してね!」
 ヨルはバイバイと手を振ると、二人して雪だるま周辺の捜索を再開した。
 もし足跡があっても、吹雪で消されたり、軽いものは吹き飛ばされてしまっているかもしれない。それでも何か手がかりがないかと、一面の白い雪原を見渡す。
「風が無かったら残っていそうでしたのに」
 残念そうに言うアナスタシアに、ヨルは明るく返す。
「じゃあ、雪だるま作ろうか。待ち伏せして、もし来たら……カロリーフレンド、食べるかな。懐いてくれたら雪も小降りになるかな」
「どうしてですの?」
「吹雪にするのは目くらましって話だけど、それって外敵から身を守るためってことだよね。ボク達が敵じゃないと判断したら雪もやむ……といいなぁ〜」
 そうですわね、とアナスタシアはヨルに同意した。
「でも野生生物ですから、家畜と違って人間自体の存在を敵だと思うのではないかしら?」
 吹雪の中で雪だるまを作るなんて滅多にしない経験だ。アナスタシアは普段ならそんな危険なことと拒否するところだったが、こんな状況だからこそ生徒会長として何かしたいと……思ったのかもしれない。ちょっぴりだが。
 どちらかというと探偵ごっこに夢中で、しかも付き合いのいいしっかり者の副会長が契約者だから、よもや死ぬまいと油断してもいるのだろう。
 雪玉を雪原に転がしながら、ヨルは白い息を吐いた。
「アナスタシア、これ解決したら事件簿にしてホームページ作ろうよ。今までのも記録にまとめてさ。
 実績を見てくれたら、どこかから依頼が来るかもしれないよ!」
「……ヨルさん」
 アナスタシアは、声の調子を落とすと、薄いロシアンブルーの瞳をヨルに向ける。
「私、こうやって外界から隔絶されて、考えてみたのですけれど……」
「うん?」
「とっくにご存知でしょうけれど、私が百合園に入学したのは、生徒会長やサロンの主として百合園を手中に収め、女官として学び、シャンバラの宮廷で権力をふるう――そういう予定でしたの。そうお父様に願われていましたもの。
 でも時代は目まぐるしく移り変わりましたわ。これから先。専攻科を卒業したら、エリュシオンに戻ってお父様の決めた方と結婚し、妻として一生を過ごす……そうなると思っていますの」
 ぽつりと。言う。
「皆さん成長して、旅立っていきますわ。私だって、ずっと百合園女学院の生徒ではいられません、それは分っていますけれど。けれど私……ずっと皆さんと、百合園やヴァイシャリーで……」
 最後の言葉は吹雪が持ちさっていってしまった。
 それから、二人はもくもくと雪だるまを作り続ける。