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「さてと、こんなところだろうか」
 土佐の艦長室でコンソールにむかいながら、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が企画書を作っていました。
 新しい武器の企画書です。
 現状、プラズマキャノンと荷電粒子砲に分かれている武装を統合してはどうかという企画書でした。
 プラズマキャノンというのは、高温によってプラズマ化した物質を電磁フィールドに閉じ込めて圧縮し、それを弾体として敵に発射する武装です。高温による対象の溶解と、圧縮されたプラズマが開放されるときの爆発によってダメージを与えます。難点としては、弾速が遅く、またプラズマを閉じ込めているフィールドの開放が早いため、現時点では射程が極端に短いということです。
 対する荷電粒子砲は、プラズマ化して荷電した原子を、電磁加速器で撃ち出すというものです。プラズマキャノンよりは弾速があり、長射程が特徴となります。ただし、こちらは高温の粒子をぶつける形となるため、ピンポイントの射撃となります。
 湊川亮一の考えは、この二つをあわせてプラズマの弾体を長射程で打ち出せるようにしようというものでした。
 ただし、技術的にはかなり困難な企画です。
 もともと、プラズマキャノンの撃ち出す力は、圧縮されたプラズマが元に戻ろうとする膨張力を推進力に利用したものです。その意味では、簡易レベルのプラズマキャノンでは弾体は即時崩壊しますので、高圧ガスを噴射するバーナーに近い物になります。
 プラズマ自体を固体の弾体を打ち出すための電磁加速体としてプラズマガスを利用した物が一部のレールガンです。こちらは、プラズマの膨張力ではなく、プラズマそのものを加速して押し出します。
 純粋なプラズマキャノンは、圧縮されたプラズマガスの復元力を使うため、長砲身を必要としないという利点があります。砲身自体の構造もシンプルです。複雑なのはチェンバー内の圧縮機能といったところでしょう。
 実際には、プラズマガスの圧縮はパラミタの技術によってかなり楽になったとはいえ、それを維持するのはかなり困難です。
 対する荷電粒子砲は、圧縮せずに電気誘導体のレール間で荷電したイオン粒子をローレンツ力によって連続加速して打ち出す物です。射程や威力は、電磁誘導体の出力と長さに比例します。そのため、かなり大型の機動要塞でなければ、物理的な大きさの制約で搭載には無理が出て来ます。
 これを打破するには、サイクロトロンを利用する方法があります。ただし、本来なら、プラズマよりも中性子などの方が耐久性の問題からいいわけですが。また、使用するサイクロトロンの小型化が大きなネックとなります。さらに、人間が近づけないほどの磁場を発生するサイクロトロンを安全に搭載できるかの問題も発生します。
 それを無理矢理搭載して、圧縮したプラズマ弾体を連続加速して打ち出そうというのです。
 実現可能であれば、威力と射程の両方に秀でた武器となりますが、現実的にはほぼ実現不可能です。粒子加速中の物質を圧縮し続ける方法が存在しません。サイクロトロンに送り込むプラズマ粒子を随時供給し、パルス圧縮に近い形で増幅は可能でしょうが、ビーム自体の密度を上げているにすぎず、弾体圧縮とはまた違った物になります。
 また、球体に近い形の機動要塞であればサイクロトロンのスペースもありますが、細長い艦船型の機動要塞では、リング状のサイクロトロンを搭載するにも大きさの限界が発生します。小型化すればカーブが急になるために加速が難しくなるからです。
 実際、アトラスの傷跡にあるサイクロトロンは、全長が数キロを超える大きさです。もっとも、こちらは、今やジェットコースターですが。
 フリングホルニなどに搭載されているフィールドカタパルトは、パラミタの技術を応用して、重力的に弾体を圧縮、及び加速して撃ち出す物です。こちらは、砲身が弾体の高温で溶解するというプラズマキャノンや荷電粒子砲の欠点が存在せず、どちらかといいますと、電磁フィールドにより加速するコイルガンに近い仕組みです。ただし、加速に関しては飛行甲板全てを使っても荷電粒子砲ほどの加速は得られません。その代わり、弾体の制限はほぼなく、人の乗ったイコンなどでも撃ち出せるものです。実際の運用でも、取り扱いの簡易さから、イコン用の大型砲の実体弾を加速して撃ち出すことがほとんどです。
 湊川亮一の考えでは、双方を統合するのではなく、同時利用しようというものでした。荷電粒子ビームをガイドレールとして、プラズマ弾をそれに乗せて撃ち出そうというものです。実際、これであればプラズマ弾の射程はのびるはずです。
 ただし、問題は、一つの砲門で倍以上のエネルギーを消費するということです。同時に、プラズマ弾体を敵に命中するまで加速するとしたら、荷電粒子の照射時間が増大するため、砲身の加熱に耐えられないだろうことが問題となります。弾体の圧縮状態を維持する時間も、未だ問題です。また、弾体をビームに乗せる機構が、かなり複雑な物になるため、ヘタに作ると内部漏れを起こして自爆します。
 まあ、そのへんの細かい仕様は、きっと頭のいい誰かが考えてくれることでしょう。湊川亮一の仕事は、アイディアを出すということです。
「せっかくのお休みなのに、またこんなことやってるんですか?」
 お茶を持ってきた高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、湊川亮一の肩越しにモニタをのぞき込んで言いました。
 軽く企画書を読み流して、ちょっと呆れ顔を作ります。
「これでも、頑張っているんだぞ」
「もちろん、実現できれば、それはいいでしょうけれど。それよりも、はい、これ、どうぞ」
 そう言って、高嶋梓が、チョコレートのつつみをデスクの上におきました。
「お、おう。ありがとう」
「今日はバレンタインなんですよ?」
 高嶋梓に言われて、湊川亮一が、そういえばそうだったなと言う顔になります。すっかり忘れていたようです。
「もう、まったく……」
 言いかけた言葉を飲み込むと、高嶋梓がそっと湊川亮一の背中をだきしめました。

    ★    ★    ★

「まったく、使い方が荒いから、本当にメンテナンスが大変です」
 ウィスタリアを海京沖に低速で航行させながら、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)がぼやきました。
 まあ、使い方が荒いのは、実はアルマ・ライラック自身なのですが、それとは関係なく、結構ウィスタリアはいろいろな作戦で酷使されています。一度ならず、大破に近いダメージを受けたこともありますし。
 そのため、ベストコンディションを維持するためには、細かなメンテナンスがかかせません。それも、実測データが基調となります。
 直接ウィスタリアとコンタクトして操船するアルマ・ライラックにとっては、この一体感こそが重要なわけです。まさに、手足としてウィスタリアを動かせるように、日々のチェックと訓練は重要です。特に、メンテナンスの後は、微妙な感覚の初期化を、実際の操作で補正していかなければならないわけです。
「ひとまずは、異常はないようですね。このまま巡航状態で、少し様子を見ましょう」
 やっと、少し肩の力を抜いて、アルマ・ライラックが機晶制御ユニットの中でホッとしました。
「お疲れ。お茶でもどうだい?」
 そう言って、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)が紅茶とチョコを持って来ました。
「ティータイムは大事にしないとなー」
「ええ、そうですね。ありがとうございます」
 柚木桂輔に言われて、アルマ・ライラックがティーカップと、小皿に載せられたチョコレートを受け取りました。
「今日のおやつはチョコレートですか……んっ? チョコレート?」
「そうだよ」
 やっと思い出したのかと、柚木桂輔があらためてアルマ・ライラックを見ました。
「ごめんなさい、すっかり忘れていました。そうだ、これからキッチンに行って、チョコレートケーキを焼きましょう」
「そんなにあわてなくても……」
「いいえ、ちょうど、キッチンのチェックもしなくてはいけなかったんです。オーブンが機能しなかったら大変じゃないですか。さあ、行きましょう」
 そう理由をつけると、アルマ・ライラックは機晶制御ユニットから立ちあがって柚木桂輔の手を取りました。