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リアクション
■ 大荒野 ■
天へと伸びる光の柱は要請を受けた契約者が到着する頃にはその形状を若干変えていた。
横に光の線を伸ばし、互いを結びつけ合う。一本でもなく、二本でもなく、三本でも、四本でもなく、無数に。まるで、空間を輪切りにしているようだ。
「ここって竜が――」
「コーズだ」
荒野の大地を見下ろして呟く小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に王 大鋸(わん・だーじゅ)は付け加えるようにぽつりと零す。
「破名はコーズと呼んでいたぜ」
砂色の共鳴竜コーズ。
大地に埋まった砂色の竜の名がわかってベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は再び大地を見た。平たい地表が一部窪むように下がっている。大小様々な岩が集まっている所が砂色の老竜が埋まっている場所だ。
「そういえば、前にここで事件が起こった時も、クロフォードが関わっていたんだよね」
思い出す美羽に大鋸は頷く。
あの時も何が何やらわけがわからないまま物事が終わってしまった。
最終的に破名がコーズを沈黙させ大地に沈めた事が、美羽達が見てわかった事だった。
たった、それだけだった。
美羽はポケットから取り出した携帯電話の着信メロディーの音量を最大限にしてポケットには戻さず両手で握る。
「何が起きてるのかな」
今できることがシェリエ達の連絡を待つだけというのも、もどかしい。
「なんでこういう時にクロフォードは居ないのかな」
「居ないからこうなったかもしれませんね」
ぽつり、と。ベアトリーチェ。
イルミンスールからは、老竜に関しては特に害は無いと破名が説明したと聞く。死ぬまで眠り続けるだけだと。
だからと言って放置したままではないだろうことは、美羽やベアトリーチェが知らないだけで、破名が足繁く通っていたらしい痕跡があちらこちらにあった。
「起きるわけデハ、ない、のカ?」
シー・イー(しー・いー)の疑問に、誰も答えられない。
この現象が竜自身が起こしたものではないとすると、第三者の介入を考えるべきだが、情報が少なすぎて推測も立てられない。
美羽達よりも光の柱に近づいてああだこうだしているのは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)達だった。
「地面から光が立ち上るって……? うん、ちょっと見物にいこか!」
なんて軽い気分で来たわけだが、実際に現場に到着してみれば、本当に光が屹立して、しかも聞いた時よりも形が変わっていて、泰輔は「はー……」と声を漏らした。
まさに、光あり、だ。
「ただ無駄に光ってるとしたら勿体無いなァ」
思わず零す。
光、もまたエネルギーの発露の一形態だ。
「太陽光発電みたいに、有効利用できたらひともうけできるかもしれへん。
まぁ、突発的な事象で発光現象が起きてるんやったら、安定したエネルギー変換は望まれへんけど、とりあえず調査やね」
「四筋の光……どんな配置かなと思ってたんだけど、囲ってますね」
類推する手がかりを捜してフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は周辺の地形を見ようと視線を巡らす。
と、大鋸達がこちらに歩いてくるのが見えた。
「王ちゃん、見張りご苦労さん」
泰輔が軽く手を挙げる。
「なんか変わった特徴とか見て取れる?
これ、ホンマに地面から立ち昇ってる……んか?」
「さぁな、俺はよくわかんねぇよ」
質問に答えなんかもってないと大鋸に返されて、泰輔は軽く両肩を竦めた。
「光の中に入ってみたらどうなるんや?」
思い立って足元の石を拾い、投げてみる。
石は放り投げられ光を通過し、向こう側の地面へと、ただ落ちる。
「反応無し、かァ。高エネルギー過ぎて丸焼けになる心配はなさそうやね。
あー、いまいちようやからんくなったわ」
思いついた端から光の正体について調べている泰輔に、この辺の地理情報なんかをイルミンスールの校長先生から教えて貰っておくとか、あとは実地の調査経過を報告出来るようにしておけば、僕達よりは知識も見識も高い人達のことだから、学校図書館やデータベースでもっとたくさんの事がわかるのではないかとフランツが助言している。
「光は……あまり……」
得意でないと呟くのは讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)。
「つつましい闇の方が、我としては歓迎したいところじゃ」
陽光の下、目を細めて思う。
ただ、泰輔が調べてみたいというから、仕方ない。
「もっとも光に寄り添うのではければ、闇もまた存在しえぬ。
光だけ、では世の中がまったく味気ないものであろうよ」
泰輔らが光について調べている間、彼等に危険が及ばないようにと顕仁は見張りに立つ。不審な光である、というのは明白であり、そして、目立ちすぎた。
尋常でない力、だろうことだけが予想される。
「誰であろうと泰輔の邪魔はさせぬ」
己が利益のために用いたいと思う者がいてもおかしくなく、時に邪魔立てする者が現れるかもしれない。
「あんまドタドタすんなよ。コーズがうるせぇって思うだろ」
「コーズって?」
落ち着こうぜと言う大鋸に泰輔は前屈みになり過ぎて凝りかけた背筋を伸ばす。
「竜だよ。この下で寝てんだ」
「竜が眠ってる? この下に?
それと……なんか関係あるんかいなぁ?」
「たぶん」
ふぅん? と泰輔は唸る。
「死んで埋まってるわけでなく、冬眠みたいな感じで眠ってるんか、羽化を待つ蛹のように時をとどめて待ってるんか……?」
ふむと思考を区切る泰輔に、自問の独り言と受け取った大鋸は空を見煽ぐ。何かどこかで見たことの有る光景に先程から既視感に襲われていた。
「なぁ、王ちゃん。ドラゴニュートであるシー・イーは『竜』というものについてよく知ってるやろ。
『これから』起きようとしているんかなんかわからん?」
あとは何が出来るか、模索するだけの手がかりも少ない。
「光が、点に向かって伸びている……」
それは、考えを変えれば、地を目指し下っているようにも見える。
どちらにしろ、『手を伸ばしている』ことには変わりない。
両手を胸の辺りで握り締めるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)はその伸ばされ征く光を眺め溜息を吐いた。
剣の花嫁にとって「光」はとても近しい存在。しかし、この目の前で屹立する「光」を見ているとどうしても違和感を覚える。
「いつからこの光は?」
聞くレイチェルに大鋸は首を横に振った。
「わからん。荒野をバイクで走ってたら見かけただけだからな」
返答に少しだけ考え込んだレイチェルは皆にそこから離れるように願い出る。
「何をするんだ?」
「時間を戻してみようかと」
それは危険ではないかと問い返した大鋸にレイチェルは首を振る。
「危険ではないと思います。『今まで』の前の状態に時間を巻き戻して何があったのかを突き止めたいのです」
対象を生物ではなく、光の柱が囲う空間に。
時間を遡らせて、『この先』何が起きるのかを知るために光が出現した時の状況を観察したくて行ったタイムコントロール。
しかし。
タイムコントロールが働きかけるのは生き物だけ。何があったのかを再現しようとも、今見える範囲で変わったことは何一つなかった。
レイチェルが溜息に首を左右に振っている横で、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)、ラブ・リトル(らぶ・りとる)の両名が到着を知らせた。
「……いや〜、確かに歌を歌う子に悪い奴はいないという主張は、
『アイドル オブザ アイドル』たるラブちゃんとしては納得してあげたいところだけど……」
いつも明るく教導団のNo1アイドルを自称しつつも自負しているラブとしては、コアの言いたいこともわからないわけではない。
ただ、
「今、我ら側には彼(か)の竜と争う理由は何も無いはずだ。
ならば、万が一目覚めた際には敵対する前に意思の疎通を図って見たほうが良いのではなかろうか」
と、意思疎通を図ることを第一目的と提案するコアに、むむーと思ってしまう自分がいることも確かだ。
そうこうしている内に最初の四本以外からも縦の光の線が伸びた。
下から上に、無数の縦線は横に区切られていた線を跨ぎ空を目指す。
升目(ますめ)状の光の線が空間を支配した。
それは、美羽にもベアトリーチェも大鋸にも見覚えがあった。
空京のある公園。ゾンビで溢れ返ったあの日、確かに同じのを見た。
ベアトリーチェが地面を蹴る。
光だ光だと騒いでいた輝きは、その正体を現しつつあった。
光が徐々に文字の形へと変わっているのを確認し、ベアトリーチェは皆へと振り返った。
「『転移』する可能性があります!」
ベアトリーチェの指摘に、コアとラブが駆けて来る。
「転移とは?」
「そのままの意味です。以前同じのを見たことがあります。この光が消えた瞬間、移動させたい対象はその場から姿を消しまし――ッ!」
ベアトリーチェは最後まで説明できなかった。
転移が始まったのか、まずは最初にと埋めていた岩や砂が撤去されて、四角い空間の中、砂色の鱗を持った老竜が姿を現したからだ。
地表からそれほど深くない位置に、身を横たえているコーズ。
眠っているとされていた竜は今、うっすらとその目を開けていた。
前脚を立てて、首を持ち上げる。
巨体故に首は穴より地表に出て、ラブと目が合った。
「ひっ」
ラブはコーズの巨体に既に引いていた。完全に引いていた。むしろ、今すぐ逃げたいくらいだ!
思わず息を飲んだラブからコアへと白濁した目が動く。
白濁としながらも焦点ははっきりと対象を捉えていた。
視認された! と感づいたコアは、倦(あぐ)ねいている美羽やこれからどうしようかと悩む泰輔等が動かないのを見止め、では自分がと、当初から決めていた事を実行するべく動いた。
もっと前に進み出たかったがコーズがこちらを見ていてくれている以上、コアはその場から移動することはせず、バっとまず腕を挙げた。
「私達は!」自分を指差し、
「君と!」コーズを指差し、
「争いの来たのでは!」ファイティングポーズからシュシュっとジャブ。かーらーのー、
「無い!」胸の前でバッテンマーク。
「君の目的を知りたいのだ!」
誠意を持って向かい合えばきっと想いは通じるはずだ!
信念を以って全身全霊でコアはコーズに語りかける。
「ちょ!
無理でしょ!?
ドラゴンなんでしょ?
金銀財宝の上に踏ん反り返って『ムフーン』ってなってるアレよ!?
なんでボディーランゲージで伝えようとしてんのよ!!
おーい、ハーティオン。
絶対踏まれるから帰ってきなさーい!!」
やめなよー! と忠告するラブに気にせず、コアはもう一度同じジェスチャーを繰り返した。
否、何度も繰り返そう。
「害意は無い。話し合おう。こちらはその意志がある!」
何度も何度も繰り返そう。
そんなコアの心が通じたのか、コーズは一度目を瞬いた。
「我が……我、を、使わせ、る……な……」
使い慣れていないと判る響きを滲ませて、荒野の大気に人の言葉を使うコーズの声が混じる。
「って、ええー!? 疎通図れるの!!」
「は、話せるのか?」
驚くラブの横で、コアは思わずガッツポーズを取った。取って、はたと、気づく。
前回の話では理性を失っていたと聞いている。
レイチェルのタイムコントロールと転移の文字列が妙な作用を生み出したのだろうか。
困惑している契約者達を置いて、竜はコアを見て、続ける。
「我……幼き頃こそ、同意せど、も……自由を得て、思えばこそ、歪みに気づけよう。
それは、押し付けて与えるものでなく、押し付けられ得るものでもない。
まして、創りあげるようなものではない。
己は何か、
至福とは何か、
そんなものは、問題ではなく。
生を受けるとは、
産まれ、
生き、
ただ、死ぬ。
それだけだ。
それだけなのだ、リセン。
目的を失えば全て虚像となろう。
手段が目的に成り得る道理も無し。
リセン、お前こそ、誰よりも滅びに怯え、至福を求めているのだろう?
だが、怖いのはお前だけではない、
しあわせになりたいのもお前だけではない、
何故を、思い出せ。手段が目的になったままでは、何(いず)れ、滅びを招く……」
いつしかコーズは、コア越しに遠くを見つめ、語っていた。
理性が戻ったのではなく、白濁としたその眼と同じく、混濁しているらしい。此処ではないどこかで再び動き出した『彼女』へとコーズは思い馳せている。
ただ一人に向けられた言葉に美羽はきゅっと唇に力を入れた。
コーズの焦点が、一番近い位置に居るコアに戻った。
訴えるかのように、緩く細められる白濁とした眼。
「我を、使わせるな……我らが子等に、同胞(はらから)に、
……嗚呼、ただ、ただ……――」
――祝福を。
その言葉を最後に、コーズは転移の力により荒野から姿を消した。
場には、ぽっかりと口を開けた四角い穴だけが残る。
長い沈黙の末。
はたと我に返った美羽は慌てて携帯電話のオフ機能を解除して連絡するべく指を動かした。
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