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リアクション
■ その先を夢見る者【2】 ■
荒野の空の下、ぺたり、と座り込むロン。揃えたはずのものが突然に無くなって、ただ呆然としている。
「先に研究の主導権持ち、後にクロフォード博士にその立場を替わられたのが、そんなに大問題か?」
ウルスラーディにロンの反応は酷く鈍い。
「同じ一つの問題を解決に導くのが目的なら、研究者同士競い合った結果、自分以外でも『成果』に到達できればそれで目的達成だ」
陽光は強く、じりじりとして肌を焼くようだ。
日差しの強さに目を細めてロンはウルスラーディを見る。
「初めの目的から大きくはずれたわ」
「初めの目的から、変化した?
……人は変わる存在だ。生まれ落ちたときに完成系で、あとは劣化していく存在だったら『リセン教授』ってのは存在しえないだろ。
誰かが、多くの事を教えたから、研究も出来るようになった筈。
一人で大きく一人前になったと思うは大間違い、と誰も指摘しなかったか?」
『自分だけにしか』興味や意味がないってのは、一人きりだからか。
質問に答えないロンを見下ろし「……それも寂しい人生だな」とウルスラーディは零す。
近くに居たトマスがウルスラーディに同意した。
「自分の価値を自分で決めるのは、悪くない。が、自分にここちよくない他者の判定を受けつけないのは、幼児の我儘だ。
『教授』ともあろう程の知識人が、発達科学の初歩も修めてなかったとはね、やってた『研究』の内容からすると。
危険な知識や技術を取り扱う者が倫理を欠いていたら、その時点で失格なんだよ」
「母様を知らないくせに……」
「知らなくてもわかるさ」
故人を知っている者の存在の振る舞いひとつで個人の評価が台無しにもなるのだ。名誉を挽回しようにも、時既に遅い。
朋美からトロイを受け取った破名は、呼吸を整える時間さえ惜しく沈黙した機晶姫の少女を抱えたその足でコーズの元へと向かった。
美羽とベアトリーチェは不安そうな顔で、近づいてくる破名を見る。
「クロフォード」
「美羽、突然で驚かせただろう。全員漏れ無く飛ばしたからな」
「だからコーズも此処に?」
聞くコアに破名は頷く。
「世話になった。礼を言う」
見守るようにコーズを囲う泰輔達に礼を述べ、破名はコーズに向き直った。
コーズは薄く開けていた目を再び閉じて、横たわっている。
「人の子に問われた」
破名が口を開くより先に、コーズの掠れぐぐもる声が届いた。
以前の暴走に弾け飛んだ理性を取り戻したコーズは予想していたより、今は穏やかである。
「我は生きて抵抗を選ぼう……」
そして全力で抗って、結果はご覧の通りだ。実に素直な宣言に破名は苦笑しかできない。
「俺も前に乗っ取り掛けられたしな。あれはきつい。トロイなら荷が過ぎる」
「そのままお前の主導も奪えば良かったのだろうが、少々疲れた」
「冗談はよせ。俺もいっぱいいっぱいだったから本当にそうなりそうだ。
……疲れたのなら休めばいい。安心して寝ろ。それとも、目覚める時まで側にいてやろうか?」
「子守唄か。 ……懐かしい」
「懐かしいと思ってくれるか」
「あの頃はそれでも皆笑っていた。 ……歌えるか? 歌が聞きたい」
「俺はお前の話し相手だ。それが願いなら歌おう。ただ、少し待て。そのまま寝かすには場所が悪い」
「そうか。なら、着いたら教えてくれ。正直話すのも……」
「誰も来られない場所へ連れて行こう。其処なら誰にも邪魔されず安らげる」
「……あとで、になるのか」
「あとでな」
転移は音の無い呆気なさ。
「……あとでな。落ち着いたら行く。鎮魂歌は苦手だから子守唄で勘弁してくれな」
コーズとトロイを転移させて、一人囁いた破名は長く息を吐き出した。
パタ、と白衣の肩に耳から流れ出た血が落ちるが気にせず呆然と座り込むロンの元へと歩き、地面に片膝をつける。
「処理に全部持ってかれて回路に余裕が無いから思考が駄々漏れになるが……、
ロン。俺がいつお前の敵になると宣言した? それとも蔑ろにするとでも? 時間をくれと言っただろ。全てが全て融通が利けるわけじゃない。調整にどれだけの時間をかけるのか知っているだろ? 下手すれば年単位だ。それに俺は三人分働くつもりなんてさらさら無い。代わりにメインプログラムを動かせる誰かを造って欲しいくらいだ。だけど、それは無理だろう? クロフォードは死んだんだから。手法が書かれたキリトも居ない」
「だから!」
「そもそも実験が成功して、それで、終わりか?」
「!?」
「俺たちの目的は何だった? 考えも手順も違ったが、ロンもクロフォードも答えは一緒だったじゃないか。
お前達は繁栄の導(しるべ)を目指していたのだろう?
お前の中にロン・リセンの全てが書かれているというのなら、最初のページにあるはずだ」
ロン、と破名は名前を繰り返す。破名にとってはロン・リセンも手記ロン・リセンも同一も同然だった。
「″お前が志した道″を忘れてあげるなよ」
手段は目的には成り得ない。
目的と手段が入れ替わったまま、成功という奇跡が起きた瞬間、目的は消失する。目的を失えば、奇跡は道を失い暴走するだけだ。それを避けるには、手段が失敗している内に修正をしなければいけない。
同じように実験の成功だけに拘(こだわ)っていた破名は、誰の手によって己を思い出したのかを忘れていない。
破名は此処に居る者、居ない者、皆に助けられ、そして、現代を知った。
「教授。今は恐れなくていい時代だ。少なくとも俺はそう思う」
彼女は、誰よりも未来を憂いていたからこそ狂った。激しくヒステリックに。
敵ではないと語る破名に頭を撫でられて、ロンは顔を上げる。
《リーラレスト?》
喉を押し上げるように漏れ出た古き言葉に、
《……お疲れ様でした。貴女の明日の為に、今日はもう休みましょう》
死者の名で呼ばれ、自分ではない誰かを見ているロンに気づいた破名は、同じ言葉で応え温和に微笑んだ。そうするべきだと思えた。リーラレスト・クロフォード博士が狂う前の彼女にかつてそうしていたように。
目を閉じたロンの姿は大気に解けるように消えて、代わりに透明な厚みのある板状の魔導書が二冊、地面に落ちる。
耳から流れ出る血を拭う破名の横を抜けたキリハが地面から自分と妹の本体を拾い上げた。
「また皆に助けられたな」
「そう思うなら少しは役に立ってください」
「キリハ、それは起き抜けの相手に対して厳しくはない……か」
言って、破名は動きを止めた。
目の前にシェリーがジブリールや舞花、ナオなど親しい人を……否、契約者のほとんどを伴って来たのだ。契約者を従える少女の姿は中々に圧感である。
キリハが胸に魔導書を抱えて、皆に一礼をする。
「助けて頂いてありがとうございます」
顔を上げたキリハに無言で促され、破名は口を開いた。
「いつもすまない。礼を言う。ありが――」
「耳から血が流れてるわ。目の色も銀色ね」
「シェリー、俺が話していた途中だったんだ、台無しにしないで、く……」
割り込まれて破名は視線を厳しくするも、シェリーの顔を見て、言葉を探した。
「泣くな」
目に涙を浮かべたシェリーには、その一言が駄目だったらしい。
「だっでぇ……こわ、ごわっがっだんだもん。ほんどに、ごわかったんだもん……くろふぉ……おかえり、おがえりなざいッ……うぇ、えッ」
いつもと変わらない破名の声に、自分を気にかけてくれる確固たる存在に、緊張の糸が切れシェリーはしゃくりあげ、堰を切ったように泣きだした。
言いたいことも聞きたいことも沢山あったが、泣いてしまったことで全てがぐちゃぐちゃになって考えを纏められず、シェリーは安心感にわんわんと小さな子供のように泣き続ける。
そして、少女は泣きながら、おかえりなさいを繰り返していた。
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