|
|
リアクション
ヴァイシャリーでの戦いより数日後 迅竜 格納庫 AM 7:50
エッシェンバッハ派との戦いの間に訪れた束の間の平和な日常の一日。
クルーの誰もが肩の力を抜き、骨を休める日。
普段は飛行中の迅竜も、今は地上に降りて停泊中だ。
そんな日にあって、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は気合いに満ちた面持ちで格納庫に立っていた。
今日の彼女はパイロットスーツではなくメイド服といういでたち。
その傍らにはパートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)。
更にはメイド隊の全員が背後に控えているという力の入れようだ。
平時だというのに、まるで戦闘態勢のような緊張感を漂わせている垂たち。
それもその筈。
垂たちにとっては、これも戦いなのだから。
「全員、準備はいいか?」
静かな格納庫に朗々と響き渡る垂の声。
次いで訪れる数秒間の沈黙。
それを肯定ととったのか、垂は満足げな微笑を浮かべる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「――始めるぞ!」
垂の一声を合図として、ライゼおよびメイド隊の全員が一斉に動き出す。
彼女たちはすぐさま均等な人数に分かれ、目標物へと向かっていく。
訓練され、統率された動きで彼女たちが向かうのは、『竜』の名を冠する六機のイコン。
各々は機体に取り付くと、すぐさま掃除を開始する。
『竜』たる六機の装甲を丁寧かつ丹念に磨いていくライゼとメイド隊。
当然、垂も機体の清掃にかかる。
垂が手掛けるのは彼女にとって最も愛着のある機体だ。
銀色の装甲。
背部と肩部に取り付けられた都合四基のターボファンエンジン。
今では巨大なメッセンジャーバッグ状の追加パーツも取り付けられた姿もすっかりクルーにとっておなじみだ。
――禽竜。
六機の『竜』の中で垂が最も多く搭乗した機体。
ゆえに、六機の中でも、自然と禽竜にかける時間が多くなってしまう。
「垂、こっちも全部終わったよ」
午後になった頃、剣竜の肩に乗ったライゼが手を振りながら言う。
「おう。助かるぜ。やっぱ仕事が速えな」
ライゼやメイド隊の手際の良さに満足すると、垂も禽竜の肩から降りる。
「共に戦っている俺達の『仲間』だからな、いつも万全の状態にしておいてあげたいだろ?」
満面の笑みでそう言うと、垂はライゼとメイド隊とともに昼食をはじめた。
午後からは午後からで重要な作業だ。
「よし、動作テストするぞ。準備はいいか?」
「こっちはオッケーだよ!」
清掃を終えた垂はライゼとともに、各六機の動作テストに入る。
カタパルトから船外に出ての慣らし運転。
パイロットへの負荷がかからない程度に、各機のシステムを起動させる垂。
そうして彼女は丁寧に鳴らし運転を一つ一つ終えていく。
戦闘行動ではない慣らし運転だからだろうか。
パイロットに殺人的な負荷を強いる六機の『竜』も、存外に快適な乗り心地だった。
剣竜は『脱臼』の怖さを除けば、まるで自分が巨大化したかのような感覚を味わえる。
盾竜は普段固定砲台として運用されるせいで気付かなかったが、両足部のキャタピラ走行が意外に快適だ。
鎧竜は慣らし運転程度ならコクピット内も適温であり、安定感のある歩行が楽しめる。
彩竜と念竜は、投薬やそれに伴う超能力、魔法を使わなければ普通のイコンだ。
そして禽竜。
最も愛着のある機体を、やはり垂は最後に残していた。
五機の調整をすべて終えた後、垂は禽竜の慣らし運転に入る。
出力を最小限に抑えた禽竜で空へと舞い上がる垂。
雲一つない蒼空を渡っていく禽竜のコクピットはいつもと違い、快適だった。
この乗り心地はあの禽竜とは思えない。
率直に言えば、この乗り心地は、なんとも優しいのだ。
禽竜が飛ぶのは戦闘時のみだったせいか、こんな一面があることに垂は純粋に驚いていた。
「こんな飛び方もできるんだな、禽竜」
戦闘時の豪快な笑みではなく、優しげな微笑みで呟く垂。
そのまま垂は操縦桿を倒し、ペダルを踏み込んだ。
すっかり夢中になってしまった垂。
彼女は慣らし運転に何時間も費やしたという。
明け方。
格納庫に帰投とした禽竜のコクピットの中で寝ている垂の姿があったそうな。