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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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【2章】点と線


 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー・御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は考えていた。ソーン・レナンディには命の危うい身内が居るのではないか。彼の研究というのは、その身内の救護に機械化精霊の技術を転用するためのものではないか、と。そして、ソーンの焦り具合からいって、恐らくタイムリミットが近いのであろうことも推察できる。
「誘拐された理由が気になります。もしかすると、今後の重要な鍵になるかもしれません」
 ソーンが「何故」富豪たちを誘拐したのかという理由が解れば、一連の事件を考える際に重要な判断材料になるだろう。そう考えた舞花は、港街の中でもやや小高い場所にある町長の家に赴いていた。
 スキルのおかげで特に怪しまれることも無く彼女は既に応接室へ通されており、モダンな机越しに町長と向かい合っているところだった。
 舞花が丁寧な口調で誘拐犯に心当たりがあり、被害者を救い出すためにも情報収集が必要である旨を伝えると、町長は特に疑う様子も無く「協力しよう」と言う。恰幅のいい中年男性である彼の家は、この島に唯一存在する港街の長を代々務めているらしい。そのためか否か身なりはキチンとしているものの、あまり街の事情に対して熱心に対応しているようには感じられない。
 ともあれ、舞花はまず誘拐された人物の血筋および経歴、健康状態やそれ以外の目立った特徴などを聞き出すことにする。
「誘拐されたのはアンデル家の当主デニスとその息子エリク。それからエリクの幼馴染ビルト・アーネルソン……ああ、アンデル家に住み込みで働いていたメイドも行方不明だったかな? 全員健康そのものだったと思うね。特徴は……そうだねえ、デニスは白髪まじりの成金ということぐらいか。後は私には分らんから、親しい者にでも聞いてくれ」
「その方たちの出自はどうですか?」
「血筋はともかく出身という意味では、全員灰色の島から来た者たちだな。デニス・アンデルはあの災害が起きる前までそこで村長をやっていた」
「あの災害、とは?」
 舞花の問いに町長は首を横に振って、「あれは本当に災難だったよ」と吐き出した。
「数年前の地震の後、その灰色の島に遺跡が出現したのは知っているかね? そのせいで古い病が復活してな。異常に致死率の高い疫病から逃れようと、彼らはこの島に移住してきたのだ」
 舞花は少し思案するために沈黙した後、再び町長への問いを続けた。
「その遺跡と伝染病について詳しく教えていただけませんか?」
「すまないが、私にも詳しい話は分からない。調査しようにも、島に入ることが困難なものでな」
「では、ソーン・レナンディという人物について、何かご存じないですか?」
 町長は一度「初めて聞く名だ」と言いかけたが、引っかかるものがあったらしく首を傾ける。
「いや、レナンディ……確かそんな名前の教授が居たような気がするな。ただ、その名を聞いたのはかなり昔だったと思うが」
 舞花は更にいくつか質問をしたが、それ以上有益な情報は得られなかった。とりあえず解ったことだけでも連絡しようと、彼女は町長に礼を言ってその場を後にする。


(やれやれ、懲りない奴だ)
 ソーンの企みを聞いて内心そうは思ったものの、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はパートナーのリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が張り切っているのを見て気合を入れる。
 そうして宵一とリイムは誘拐されたという豪商・アンデル家の前までやって来た。ソーンの意図を知るためにも情報が必要だと考えた宵一は、【ピッキング】で屋敷の中に潜り込もうと――そう考えていたのだが、玄関に人の姿を見つけて植え込みの陰に隠れた。
 警察が捜査でもしているのか。一瞬そうも思ったが、薔薇の学舎の制服を見てすぐにそれは違うと気付いた。
 リイムが近くの植木に尋ねると、 霧島 暁(きりしま・あき)という契約者が、アンデル家の人間が何故さらわれたのかを調査するために今しがた訪ねてきたばかりだと言う。暁は現在、主人の行方が分からなくなってからも唯一屋敷に出入りをしているメイドを捕まえて話を聞いているらしい。
 宵一はしばらく玄関でメイドと話をしている暁の背中を眺めてから、屋敷の裏手へ周ることにした。この家になら裏口くらいあるだろうし、メイドが玄関で足止めされている内にさっさと潜入してしまった方が良い。


「不審な出来事や人物ですかぁ?」
 突然の来客に少し面食らっているのだろうか。メイドは瞬きを繰り返しながら、暁の問いを復唱する。
「私は住み込みで働いてるわけじゃないので、見落としとかはあるかもですけど〜。旦那様たちがさらわれる前に気になったこととかは……特にないですねぇ」
「それは本当かな?」
「というか、普段このお屋敷を訪ねてくる人って結構多いので〜……同郷の方とか、商談を持ち掛けてくる方とか、あと物乞いも屋敷の周りをうろついていたりしますし……怪しい人が居ても私にはよく分らないです〜」
 メイドの困ったような表情を見る限り、嘘を吐いているという風には思えなかった。
 少し切り口を変えようと暁は次の質問を繰り出す。
「じゃあ、被害者自身に異変は感じなかった?」
「旦那様もお坊ちゃんも、住み込みメイドのアンも、至って普通だったと思いますよ〜? お坊ちゃんのご友人、アーネルトさんもよくこちらに来られてましたが、特に変わったことはないと思います。ただ……」
 何か言いかけて、メイドははっとしたように口を噤む。あからさまに「しまった」という顔をした彼女の様子に、暁は言葉を促した。
「い、いえ。何でもないのです……」
「嘘を吐くなら、此方としても割りと強気な手段をとらせて頂かなきゃいけないかもしれないなって考えてるんだけど、どうかな?」
 暁の貼り付けたような笑顔に怯えたのか、メイドは観念したように口を開いた。
「これは、あの、ただ私が考えてるだけなんですけど……旦那様のことを良く思ってない方たちって結構いるのかなぁって……」
「それはどうして?」
「さらわれた四人は全員、この島に元々住んでいたわけではないのです。『よそ者』である旦那様が、ここで良い暮らしをしていることを妬んでいる……そんな人も結構います。それに、旦那様は元々住んでいた島で村長をされていたんらしいんですけど、昔からその……傲慢というか自己ちゅ……えーと、見栄っ張りな方だったらしいので〜……」
 言葉を選んだ割には全くフォローになっていないメイドの話を聞きながら、暁は被害者たちの共通点、すなわち「移住者であること」、それからアンデル家の主人デニスが傲慢な性格であることについて考えを巡らせていた。港街の有力者がさらわれた割に住人の関心が薄い気はしていたが、もしかしたらそれらが理由であるのかも知れない。
「これはその、ここだけの話なんですけどぉ……流行り病で村が壊滅的な状態になっている時に、村長の旦那様方はいち早く逃げ出してこの街に移り住んだとかで……それを良く思ってない人もいるんじゃないかなぁっていう気はします」
 確かに恨みを買いそうな出来事ではある、と暁は思った。