校長室
秋はすぐそこ
リアクション公開中!
Episode28.数十年後の明日にも 祭の終盤には、ルグスと呼ばれる龍の形の提灯を、空に飛ばす催しがある。 浮力の少ない小さなものは夕暮れに飛ばすが、長く浮かべておける大きなものは、日中既に街のあちこちに浮かんで祭を盛り上げていた。 魔法の浮力を失うと燃える仕組みになっていて、夕闇の街に、沢山の灯火が灯るのだ。 正邪両方の属性を持つという龍王がいつか目覚める時、善き龍であるよう願いを込めて。 「おーっほっほっほっほ! 最近のルグスは龍の形だけじゃないって聞きましたわ〜 ここは『キャンティちゃんルグス』の出番ですぅ〜」 聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)とパートナーのキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は、夏の内からルーナサズに滞在していた。 宿でルーナサズの地方料理に舌鼓を打ちながら、秋に祭が行われると聞いて、準備段階から参加することにしたのだ。 つまり、ルグスの作り方を習ったのである。 「お嬢様、意外に器用でございますよね」 「日々の鍛錬ですわよ〜」 キャンティのゆる族の手で、どうやって作っているのか、それを突っ込んではいけない。 ギリギリで何とか、「これなら売り物になる」というお墨付きを貰い、正式に届けを出して、露店を開き、祭の日の今日は、キャンティを売り子に、ルグスの販売中。 勿論そのルグスは龍ではなく、黒い猫の形をしたものだった。 聖は、キャンティの出す露店の近くの店で、ビアガーデンの給仕の手伝いをした。 ダンスの広場から音楽が流れて聴こえるせいか、ステップを踏みながら歩く人達もいる。 給仕達は給仕達で踊りながら運んでいて、ヒョイ、と近くの客と手を取り合って、突発的にコンビを組み、1フレーズ踊って、また離れる。 勧められれば飲むので、赤い顔をしながらトレイを持っている給仕も多くいた。 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、パートナー達と共に行くルーナサズの祭に、トオル達を誘った。 そうしたら、現地のビアガーデンで、のんびりと腰を落ち着けているオリヴィエの姿を見かける。 アイシャやハルカも来ているが、それぞれで祭見物に行っているらしい。 彼と同じテーブルは席が空いていなかったので、呼雪達は呼雪達で楽しむことにする。 事前にイルヴリーヒに、里帰りするようなら案内して貰えないだろうか、という内容の手紙を送り、会う時間を作ることになっていた。 「トオル達は、飲めるのか?」 呼雪の問いに、トオルは頷く。 「まあ、普通に。シキは?」 「それなりに」 「酔っ払わないよう、程々にな。ヘルは……放っておいて大丈夫か」 「えー、ほっとくって何ー。飲まないよー?」 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はうわばみだが、呼雪の世話をしなくてはならない、という思いがあるので、飲むつもりは無く、せっせと食事などを運んだりする。 龍魂祭では、大通りが歩行者天国ならぬ、ビアガーデン広場と化し、道いっぱいに、あちこちから集められたテーブルと椅子が置かれている。形も大きさも様々だ。 祭用の素焼きの酒杯を購入し、これを持っていると、大通りの露店のビールが飲み放題となる。 特定の銘柄以外のビール、ビール以外の酒、食事等は別料金だ。 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)とぱらみいは、酒は飲まずに、ぶどうのジュースだった。 「つまみって言っても、色々盛ったら結構ボリュームあるね〜」 ヘルが料理を運んで来た。 「わぁい!」 テーブルに置かれる早々、ファルは本能で手を伸ばし、 「……はっ、これじゃ兄の威厳が……でもつい」 とヘルをちらちら見ながら何やら葛藤している。 「何だ、要らないなら食ってやろうか?」 「食べる!」 トオルの手から皿を死守する。 「遅くなってすまない」 少し遅れて、イルヴリーヒが現れた。 「いや、楽しんでいたし」 嗜む程度に飲みながら、呼雪が久しぶり、と挨拶した。 「忙しそうだね〜」 ヘルが、彼用に用意していた酒杯にビールを注いで貰って持って来る。 「ねえねえ、ルグス売ってるお店、いっぱいあったけど、自分で作るのはできるの?」 ファルが訊ねた。 「できる店もあると思うが……初めてで、今から夕方までに作るのは結構大変かと思う」 今すぐ店を探し、祭の間中かけて作っていなくてはならないだろう。 「そっかぁ。じゃあ今回は諦める〜。後で皆で買いに行こうよ!」 そんな世間話の中で、ふと、そうそう、と思い出した。 「あ、そだイルヴさーん。『門の遺跡』のことなんだけど」 ヘルは先日、門の遺跡に行った時の話をする。 「で、選帝神殿も忙しいと思うけど、暇な時でいいから、また使えるようにして欲しいって伝えて欲しいんだ。 できれば、なるべく早く」 「矛盾してるな」 呼雪が笑う。 「だって〜」 話を聞いて、イルヴリーヒは少し考え込んだ。 「……済まなかった。それは多分、兄は完全に忘れていると思う。伝えておこう」 給仕をしながら聖がキャンティの様子を見れば、全く売れていないわけでもないが、繁盛しているという様子でもない。 キャンティは、ビアガーデン客相手に行商に出ることにしたようだ。 商品を抱えて客を物色、美形発見! と突撃する。 「お兄さん、限定ルグスをおひとつどうですぅ? ふっふっふ、このルグスにはご当地キャンティちゃんストラップ、『卵岩キャンティちゃん』が付いてくるですぅ!」 「ストラップ?」 声を掛けた、若い金髪の男は首を傾げる。改めて見るに美麗な男だ。 「ストラップを知らないのですぅ? この卵岩の着ぐるみを着たキャンティちゃんの卵の部分を剥くと、キャンティちゃんの顔が出てくる着ぐるみキーホルダーですぅ」 「まあ、弟君!」 きゃー、と彼に気付いた周囲から歓声が上がった。 「こんにちは、盛況のようですね」 「お陰様で! 息抜きですか? どうぞ楽しんで行ってくださいまし!」 「???」 キャンティは周囲を見渡す。 この街で、弟君、と呼ばれるのが誰のことであるのか、暫く滞在していて、聖は勿論知っていた。 「お嬢様、その方は選帝神の弟でいらっしゃいますよ」 ひょっとして、キャンティちゃんストラップは、不謹慎と思われないだろうか、と案じていると、しげしげとキャンティを見たイルヴリーヒはくすくす笑った。 「それにしてもシャンバラには個性的な人がいらっしゃいますね。こちらはおいくらですか」 「えーとこちら、四人様でお買い上げなのですぅ?」 キャンティは、同席している呼雪やヘル達を見渡し、イルヴリーヒは更に笑う。 「そうですね、では四つ」 「毎度有難うございますぅ」 「ルーナサズは、祭が多い印象がありますね」 お嬢様のルグスをお買い上げくださったお礼です、と、ソーセージの盛り合わせを一皿提供しながら、聖はイルヴリーヒに話しかけた。 「新しい選帝神を迎えた後、とてもお祭が多いという印象ですが」 ルーナサズに滞在中、世間話に聞いてみると、祭は、季節毎にあるらしい。六月には、夏至の祭があったそうだ。 その話に、呼雪やヘル達もイルヴリーヒを見た。 「……そうですね。特に、冬と春の祭は重要です。 ミュケナイは、平地や沿岸部の方は気候も安定していますが、高地の冬は厳しい所も多いです。 民は結託しなければならず、娯楽も必要です。 また、我々は辺境の民に、餓死者を出すわけには行きません」 厳しい冬を助け合って乗り越える為に、そして乗り越えた先、これから迎える恵みの季節に感謝して、祭はとても大切な儀式なのだ。 「そうなんだ……。お祭って、楽しいものだって思ってた」 ファルが感心したように言って、イルヴリーヒは微笑んだ。 「皆さんは楽しんでください。その為の祭です」 けれど、施政者にとっては、祭とは楽しむだけのものではないのだろう。 イルヴリーヒは、祭を楽しむルーナサズの民を見渡す。 「……ルーナサズでは、十年、祭も飲酒も禁じられ、テウタテスは娯楽や生きる活力を封じて、民に圧制を強いていました。 それでも、この地を見捨てず十年を耐え忍んだ民に、我々は報いなくてはなりません」 その為に、為さなくてはならないことは多い。ミュケナイを護るイルダーナを助ける片腕でありたいと、イルヴリーヒは思う。 やがて日が傾き始め、あちこちで大小のルグスが空に浮かび始めた。そろそろ、祭も終わりだ。 「お嬢様、私達もルグスを飛ばしましょうか」 「賛成ですぅ」 二人は、キャンティ作の、黒猫のルグスを空に飛ばす。 遠くを見れば、龍王の卵岩は、日が落ちて影のように見えていた。 いつか目覚める龍王が、善き龍でありますように。 尚賑やかな、祭の景色を見つめながら、聖はそっと微笑んだ。 夕暮れの空に、呼雪達もまた、皆でルグスを飛ばす。 ぽつぽつと、既に燃え始めているものもある。空に浮かぶ、沢山の灯火。龍の炎。 「綺麗だね!」 ファルの言葉に頷きながら、ヘルは横目で呼雪を見る。 こうしてひとつひとつ、思い出を重ねて行けたらいい。呼雪との、沢山の思い出が欲しい。 見上げていた呼雪が、視線を下ろすとトオル達を見た。 「また、此処に来られてよかった」 「ああ、楽しかったな!」 トオルは朗らかに笑う。 「ねえ、トオルって、卒業後の進路はどうなったの? シキも一緒?」 ヘルが訊ねた。 「一緒つーか、今度は俺がシキに付き合おうかなって思って。 パラミタ来てからずっと、俺に付き合ってイルミンスールにいたから。最も一回も授業に出たことないけどなこいつ」 「えと、つまり?」 「旅に出たいって言うから、まあ冒険者ってとこかな」 「じゃあ、ぱらみいちゃんは?」 ファルが訊ねる。 門の遺跡が使えるようになったら、空の遺跡に帰ってしまうのかな、と考えて、もしもそうなら寂しくなるな、と思っていた。 「うん。いっしょに行くよ」 にっこり笑って言ったぱらみいに、そっか、とファルは笑う。 「そうか……」 トオルなら、結構何処でもやって行けるのだろうな、と呼雪は思う。 (だけど俺は……どうなんだろう) 毎晩眠る時、そのまま長く眠り続けてしまうのでは、と不安に駆られる。 「コユキ? どうした?」 「……考えてしまうんだ。 もし……次に目覚めた時には何十年も過ぎていて、トオルは年老いてしまってて……」 「おにいさんは、眠いの?」 ぱらみいが首を傾げる。 「どうなんだろう。どうして、俺は……」 「うーん……」 トオルは、宙を見て、考える。 「じーさんになってもいいけど、ちゃんと起きろよ。また遊びに行こうぜ」 ふっ、と呼雪は微笑う。月日の経過など関係なく、いつまでも変わりなく友人で。 「そうだな……また、こんな風に、一緒に何処かに行きたい」 「うん。そうだね。約束!」 絶対だよ、とファルが皆に念を押した。
▼担当マスター
九道雷
▼マスターコメント
お待たせいたしました。 九道の個人名義では、最後のシナリオをお届けいたします。 最後まで、公開日を守れないダメマスターで申し訳ありません。 皆様のアクション、大事に描写させていただきました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 次は合同シナリオで頑張ります。 お気が向きましたら、そちらもよろしくお願いします。 ※扉絵の差し替えは9月21日に行われる予定です。