校長室
終りゆく世界を、あなたと共に
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そこはどこだか分からない。 ただ、高い所だった。 虚空に浮かぶその場所は時折ガラガラと音を立てて崩れ、今はもうその場にいる数人が立っている場所しか残っていない。 その場にいる者たち―― フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)はゴルゴルマイアル 雪霞(ごるごるまいある・ゆきか)をちらりと見る。 「フリッツ……」 弱々しい、声。 争いや不穏な兆候には人一倍敏感な彼女は、だからこそ今回のことがもうどうしようもないことであると分かっていた。 今回の世界終焉は、本物のようだ。 じわりと、雪霞の目に何かが滲む。 契約して以来、フリードリッヒが初めて見る雪霞の涙。 「僕の魂は雪霞といつでも一緒にいるよ」 そう告げると、そっと雪霞を抱きしめる。 そして、雪霞を見守っていた伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)の方へ向かうように促した。 「雪霞お姉さま」 「若冲ちゃ〜ん」 ふら……とおぼつかない足取りで歩み寄る雪霞に、若冲は自分の方からも歩み寄る。 抱き着いてくる雪霞を、若冲は自らも優しく抱擁した。 雪霞は若冲の肩に顔を埋める。 涙が見えないように。 「――行くがいい」 一部始終を見守っていた『鱗事典』 常磐雪景(うろこじてん・ときわゆきかげ)は、フリードリッヒを促した。 (フリッツは私とは違う。彼には大切な存在が、絆がある) かつて、常盤雪景にもそんな存在がいた。 その記憶はもうないが、しかし、フリードリッヒのそれと自身のものとを重ね合わせる自分がいる。 「安心して栗の元へ行くがいい。私達は、魂で繋がっている」 常盤雪景の言葉に、雪霞と若冲も顔をあげる。 最愛の人の元へ向かうフリードリッヒを、笑顔で見送るために。 雪霞に、若冲に、そして常盤雪景に促されたフリードリッヒが向かった先。 それは、鷹野 栗(たかの・まろん)の元だった。 栗のいる場所。 その近くでは羽入 綾香(はにゅう・あやか)がレテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)に問い詰められていた。 レテリアがずっと気になっていたこと。 そして綾香がずっと、隠していたこと。 「ねえ、アヤカ。ずっと、聞きたかったことがあるんだ。……今日、最後の日だから」 レテリアが想っている人の正体。 それが、もしかしたら…… 「昔の、不確かな記憶で。でも僕にとって大切なこと。アヤカは、僕と――」 会ったことが、ある? そう、聞こうと思った瞬間だった。 レテリアの頭上めがけ、岩ががらりと音を立て転げ落ちてきた。 「あ――」 「レテリアっ!」 咄嗟に綾香はレテリアを庇うため光の翼を広げる。 今まで、数えるほどしか出したことのない翼。 レテリアの前では一度も――いや、一度しか見せた事のないもの。 そう、レテリアは、知っていた。 一度も見た事のない筈の彼女の翼が、緋色なのだと。 「――世界が終わっても、君を愛する」 フリードリッヒは、そう告げた。 それは、前々から準備していた言葉ではなかった。 ただ、最後の日に。 栗があまりにも寂しそうで悲しそうで、どちらからともなく抱き合った瞬間に口を突いて出た言葉だった。 栗は、目を見開いた。 ――そしてその瞬間、虚無が全てを飲み込んだ。 「――はっ」 「あっ」 レテリアが目覚めた時、綾香の光の翼は夢のままの姿で彼の前にあった。 「……思い出した。緋色の翼だったんだ」 慌てて隠そうとする綾香に、レテリアは微笑んだ。 「昔も同じように守ってくれた。君が助けてくれた」 「それはじゃな、その……」 「……教えてくれたら、よかったのに」 「……っ!」 咄嗟に、逃げ出した。 どう答えたらいいのか、どんな顔をしたらいいのか分からなくて。 ――それはきっと、時間が解決してくれるだろう。 まだまだ、時間はたっぷりあるのだから。 そして、綾香が向かった先は栗の元だった。 しかし駆け寄ろうとした綾香は、足を止める。 今が、彼女にとって大切な瞬間だと察して。 「わっ」 「きゃっ」 気が付いた時、フリードリッヒと栗はイルミンスールの樹上にいた。 何故、こんな所に…… 困惑する間もなく、フリードリッヒは栗の視線が自分に注がれていることに気付く。 「あ……」 夢の中の自分の言葉に困惑しつつも、フリードリッヒには分かっていた。 今やらなければならないこと、今伝えなければならないことに。 「栗……僕は君と新しい日々を共に過ごしてゆきたい。フリードリッヒ・常磐と、結婚してくれないか!」 真っ直ぐな、プロポーズ。 栗は微笑みを浮かべたまま、その言葉に聞き入っていた。 (聞いて……いるよな?) フリードリッヒが心配になる程の落ち着きっぷりで。 ぼ。 ぼぼぼぼ……ぼっ。 その視線を受け、次第に栗の顔が赤面していく。 どうやら、物凄く照れているようだ。 「……もしかしたら、ううん、きっと。そう言ってもらえる事を期待していたのかも」 それでも栗はなんとか口を開く。 返事はもちろん決まっている。 「よろこんで、お受けいたします」 そのままフリードリッヒの傍に寄り添うと、耳元でそっと告げる。 「誰かの傍らにいるのが、こんなに心地良いと知らなかった。あなたは、それをおしえてくれた人」 2人の頭上に、祝福するようにまばゆい日差しが照り輝く。 これからの、2人の新しい日々のように。