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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 5

 先日の戦いではなぜ、気絶をしたというのに助かったのか?
 その理由は釈然としないままであるものの、今日も今日とて佐々木柳は地下鉄事故に現れた魔物の掃討を手伝っていた。
「よくわからんこったなぁ」
 もやもやする記憶の欠落を払拭するように、勢いを止めずゴブリンに斬りかかる。
 柳は契約者ではない一般人であったが、ゴブリン相手であればなんとか立ち振る舞うことが出来ていた。一撃必殺は難しいが、何度も斬りつけるうちに敵を倒すことに成功する。
 そうして次々とゴブリン相手に戦いを繰り広げていたのだが――
「あ〜、こぎゃんこつ出てくるとね」
 さすがに、オーガ相手では分が悪いと見えた。
 果敢に挑むが、その力量の差は圧倒的である。
 オーガの振り抜いた拳に吹き飛ばされて、柳は壁に叩きつけられた。ズル……と身体が沈みそうになる――
「また体を借りさせ給え」
 謎の言葉が頭の中に反響したのは、その時だった。
 はっとなって横転する列車の割れた窓ガラスを見ると、その破片に映っていたのは黒髪の子供のような姿だった。
 これは、自分か? それとも――
「くっ……う……」
 意識を失ったのは、それから間もなくだった。

「さて、今日お初の準備運動といこうか」
 こきこきっと首を振りながら、柳――いや、柳の身体を借りた伊勢 敦(いせ・あつし)が起き上がった。
 彼が見据えるのは、目の前にいるオーガである。仕留めたはずの獲物が何事もなかったように起き上がったのを見て、わずかに怪訝そうな色を瞳に映し出していた。
「フィールドが狭いが……まあ、なんとかなるか」
 オーガを見据えるものの、敦は生意気げな笑みを浮かべる。それが勘に障ったのか、オーガは勢いよく拳をたたき落として敦を潰そうとした。
 が――
「あまいね」
 すでに敦は、オーガの頭上に跳び上がっていた。そのまま、壁を蹴った勢いを使ってオーガに鋭い槍のような蹴りをお見舞いする。
 さらに彼は、オーガの身体を使って跳び上がると、次々と壁を蹴って、その場にいたゴブリンたちまでも仕留めていった。
「…………んー、まだ、いまいちな出来だ」
 苦悶の表情で呻いているゴブリンの中心で、敦は身体の出来を確かめている。これだけ好き勝手やりながらもイマイチとは、魔物も文句の一つは言いたいところだった。
 そんな魔物たちの非難めいた視線はなんのそので、敦は彼らにとどめの一撃の蹴りを叩き込んでいった。
 完全に倒れ伏した魔物たちを確認した後、敦は窓ガラスに映った自分を見る。
「あー、そういえば映っちゃってたな」
 くしゃくしゃと黒色になった髪をかく。
 まあ正体がバレたところで記憶が封印されるのであれば、別に支障はないのだが――仮に支障があってもその時はその時だ。それに敦自身は、この記憶が封印されることを知らない。
 細かいことを考えるのが面倒くさくなって、敦はぼそっとつぶやく。
「今回は結構楽しかったかな。また、今度はパラミタで会えるといいね。その時は――あいつとも会えるのかな」
 その声が柳に届くかどうかは分からないが、敦は満足したように彼の意識から消えていった。

 そしてやっぱり――
「あら?」
 気付けば周りにいたのは倒れ伏している魔物たちの姿で。
「あら〜?」
 いったい意識を失っている間に何があったのか。柳は考えても分からない答えに、首を捻るしかなかった。


 ミーナは自分に何が出来るのか考えていた。
 幼いミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、自分を助けてくれた女性や、自分を慰めてくれた幼い男の子。それに、いまこうして――目の前で悲しんでいる列車事故の乗客たちに対して自分が何が出来るのか。それを考えていた。
「ミーナちゃんは、危なくないところで待っててね」
 母のような笑みを浮かべる高島 恵美(たかしま・えみ)は、ミーナにそう言い聞かせた。
『大丈夫です! ボクたちがなんとかします!』
 男の子のような女の子の獣人――立木 胡桃(たつき・くるみ)は、ホワイトボードにそんな言葉を書き込んで、ミーナに見せてくれた。
 二人とも、ミーナを心配しているのだ。
 だけど――自分だけが何もしないのは、幼いミーナであっても許されるものではなかった。自分自身を、彼女は許せない。わずか五歳そこらの少女は、言いようのない焦燥感に包まれていた。
 どうしたらいいだろう? どうすればいいだろう?
 小さな頭と小さな身体で、ずっとそう考えている。
 恵美と胡桃は、横転した列車の中で崩れた天井などによって挟まってしまった人を助け出そうとしていた。列車の外にいるミーナはそれをじっと見つめている。
 そして――彼女はついに自分を抑えられなくなって、走りだした。
 救助隊が用意した木材を使って、テコの原理で崩れた天井の金属板を持ち上げようと必死になっていた恵美――その後ろから、そっと小さな手が伸びてきた。
「ミーナ、ちゃん……?」
 幼いミーナが、自分にもてるぐらいの木材を使って、必死に金属板を持ち上げようとしていたのだ。
「きゅー」
 胡桃もそれに気づき、心配げにミーナに呼びかける。
 だがミーナは、硬い表情で首を振った。
「ミーナも……ミーナも……がんば、る……」
「…………」
 恵美は思わず押し黙り、ミーナを見つめた。
 自分に出来る精一杯を一生懸命こなそうとするミーナに対して、『駄目だ』とは言えそうにない。彼女も、自分に出来ることをしたいのだ。みんなを、助けたいのだ。
「……うん。一緒に頑張りましょう、ミーナちゃん」
 恵美がそう笑いかけると、ミーナは力強くうなずいた。
 一緒に――頑張る。誰かのために出来ることを精一杯しようと、ミーナはそのとき、強く決意した。


「うらあぁっ――!」
 ゴブリンの懐に斬り込んだ七刀 切(しちとう・きり)は、その手に握る太刀――“一刀七刃”で相手の身体を一閃した。斬り伏せたゴブリンを飛び越えて、さらに別の魔物を倒していく。
 それが、今の切の仕事であり役目だった。切はその役目をしかとこなそうとしていた。
 だが無論――そうでなくとも。
 自分の目の前で起こったこの悲惨な事故をみすみす放っておくことは彼には出来そうになかった。
 魔物退治に従事する彼自身、この列車事故のことを詳しく知るわけではない。恐らくはもともと、あって然るべき事故ではあったのだろう。しかしそこに魔物が絡んできたことで、事故の規模は大きくなり、本来助かるべき人であるはずの人間が、助からなくなる可能性が出てきたのだ。
 切は細かいことは分からない。
 だが、哀しむ人が出てくることが確かならば、それを救いたいと彼は思う。
 だからいま、彼は剣を振るう。これまで身につけてきた力は、このためにあると――剣を振るう手に込めるように。
 この太刀も――もとは切が修業をしていた剣術道場から選別として譲り受けたものである。契約者の力に耐えうるために多少の改造はされているが、その道場から受け継いだ“護るべき者のための剣”たる意思は変わっていない。
 全長190cmにも届く、巨大な大太刀。切れ味や耐久性、重量――全てが高いレベルでまとまったその剣を手に、切は魔物と戦う。
 と――
「……たすけ……て……」
 背後で救助活動を行っていた仲間たちの間から、そんな消え入りそうな声が聞こえた。
 はっとなって振り返った切の目に映ったのは――救助隊に助けられている幼い女の子だった。火災が発生した現場から救助されたのだろう。その身体は煤だらけで、呼吸困難にでも陥っていたような息づかいである。
 ただ、目立ったところの傷はない。苦しむというよりは、安心感で気が抜けたように眠ったのを察するに、緊張状態から解き放たれただけなのだろう。
 だが、それでも――切の手が激しい力で握り締められるのには十分だった。
「……魔物を倒す理由、増えちまったな」
 そうつぶやいて、まだ生き残っている魔物たちに向き直る。魔物たちが一斉に襲いかかってきたのは、同時だった。
「――その依頼、冒険屋の七刀切が引き受けた」
 切はしかし、焦らない。代わりに彼は極限まで集中力を高めていた。
 来い――来い――来い――っ!
「天下五剣の名を刻め、七刃流剣技――童子切!」
 瞬間、大太刀が一閃したと思ったとき――魔物たちの身体が一斉に斬り裂かれていた。
 その太刀は一瞬。それもたった一筋のものにしか見えなかった。だが、数体の魔物はたった一撃で皮膚を引き裂かれ、大量の血を噴き出した。
 “童子切”――切が独自で編み出した抜刀術『切刃』の技の一つであり、その剣筋を見切ることは苦難の技と言われているものである。6人の死体を重ねても軽々と一刀両断した。そんな噂さえ流れる幻の剣技を前に、かろうじて生き残った魔物たちは恐れおののいた。
 そして――
「覚悟しろよ、女の子を泣かせた罪は重いぜ!」
 切はこれまで以上の気合いを乗せて、魔物たちへと斬り込んでいった。