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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 伝説の時代、今は遠く ■



 ふと気付いて思い返してみれば、最近はずっと戦闘の日々だった。
 この辺りで少し休息を取り、のんびり過ごしてみようか。
 そう氷室 カイ(ひむろ・かい)は考えた。
 自分に故郷があれば、顔見せも兼ねて氷室 渚(ひむろ・なぎさ)を連れてゆくところだけれど、生憎カイには故郷と呼べるような場所は無い。
 どこか新婚旅行に良さそうな場所は無いか、と考えを巡らせたカイは、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)に聞いてみた。

「ベディも一度里帰りをしてみたらどうだ?」
「里というと……ウェールズに、ですか?」
 ベディヴィアはアーサー王伝説の円卓の騎士の1人。英霊となる前の故郷といえば、イギリスだ。
「そうだ。イギリスだったら俺と渚との新婚旅行にも良いだろう」
「新婚……でしたら私は遠慮すべきでしょう」
 カイの答えにベディヴィアは笑って首を振る。
 折角の新婚旅行に自分が同行しては、お邪魔虫というものだろう。
 けれど、渚までもがベディヴィア同行に乗り気になる。
「せっかくの新婚旅行なんだから、2人っきりがいい気もするけど、私もカイもイギリスのことはよく分からないのよね。知らないガイドさんに案内されるよりは、ベディの方が嬉しいしね。こういうのもありかな」
「あり……ですか?」
「そうだな。ベディも家族なんだ、みんなで行こう」
 カイの一声で、新婚旅行兼里帰りが決定したのだった。



 そして3人はイギリスへと飛んだ。
「じゃあベディの案内でゆっくりさせてもらおうか」
「何処に連れて行ってくれるのかな〜」
 楽しみでならない様子のカイと渚に、ベディヴィアは困ったような表情になる。
「期待していただけるのは嬉しいのですけれど、私が生きていたのは200年以上前のことですから、今のウェールズのことは何も分かりませんよ」
 案内をと言われても、どこがどうなっているのかベディヴィアにはさっぱりだ。
 けれどカイはそれでいい、と言う。
「むしろ昔のウェールズのことを聞かせてくれ。今のイギリスならば見たり調べたり出来るが、伝説の時代のことは知るのが難しいからな。それに昔を偲ぶのでなければ、ベディの里帰りにはならないだろう」
「アーサー王伝説ゆかりの地観光だなんて、面白そうよね」
 ならば、とベディヴィアはイギリスの地図で懐かしの場所を探し。
「では……行ってみましょうか。かの地が今、どうなっているのかを確かめる為に」
 遥か昔の記憶をたぐる旅へと足を踏み出した。


 そこはかなり急勾配の丘だった。
 頂上に向かって何度も土を盛り重ねて作ったかのような段々の模様になった丘を、階段の小径がぐるぐると巡っている。
「アヴァロン……?」
 小径の傍らにある看板の文字に、渚が首を傾げた。
「でもここ、島じゃないわよね」
「私がこの地で生きていた頃、丘の周囲は沼地になっていました。まるで湖に浮かぶ島のように。致命傷を負ったアーサー王はこのグラストンベリーの丘に運ばれました。今の伝説では、この丘には地下世界へ続く魔法の通路があり、そこでアーサー王が眠っていると言われているようですね。そしていつか、イングランドがアーサー王を必要とする時が来たならば王は目覚め、国を救いに現れると……」
 アーサー王の死の場面に居合わせたベディヴィアにとっては、深い思い入れのある場所だ。
「わぁ、綺麗な景色……!」
 階段を上りきった頂上で、渚が歓声を挙げた。
 頂上にはセント・ミカエルの塔があるだけだが、そこから見える景色は息を呑むほどだ。
 眼下に見えるグラストンベリーの街、その向こうはどこまでも緑。
「風が強い。気をつけろ」
 煽られてバランスを崩しそうになった渚を、カイの腕が抱き留めた。

 しばしグラストンベリーの丘の景観を楽しんだ後、今度ベディヴィアが案内したのは、アーサー王の都のあった場所だった。
 今はもう、円卓の騎士が集った城は無い。
 それどころか、そこに都があったという痕跡さえもが、過去に埋もれてしまっている。
 しばらく無言で都のあった場所を歩き回った後、ベディヴィアはカイと渚をそこからほど近い丘へといざなった。

「……何も無くて落胆したか?」
 来なかった方が良かったかとカイに問われ、ベディヴィアは都の跡地を見下ろしていた視線を上げた。
「いいえ、そんなことは全くありません。ただ思い出していたんです。ありし日の都を」
 キャメロットには騎士ばかりでなく、多くの人が集まっていた。
 街並みを行き来する人の姿、街角でおしゃべりに花を咲かせる女性たち、走る回る子供たち。
 城を中心として栄えた街はもう跡形もないけれど、それは確かにここにあり、今もベディヴィアの記憶に刻まれている。
「今はもう何も無くなってしまいましたが、どうか見て下さい。私たちの生きた場所、アーサー王の王国ログレスの都キャメロットが確かに存在したこの地を」
「都はどの辺りにあったのかしら?」
「それはもう、見渡す限りに」
「お城はどこにあったの?」
 渚に問われるまま、ベディヴィアは眼下を指さして教える。
「なんだか不思議ですね。私はここにいるのに、都が無くなるほどの時間が流れてしまっているだなんて」
 ここに来て、今が200年以上も時が経った世界だということを、ベディヴィアは改めて実感した。

 小高い丘の上で、カイと渚はかつてのキャメロットや円卓の話を飽きずベディヴィアから聞いた。
 ゆるゆると日が暮れてゆく。
 太陽が赤みを帯びた光を投げ、影は長く大地に横たわる。
 その最後の残照が世界を染め上げたその時。

 彼らは見た。
 眼下に広がる街、その中でひときわ目を引く石造りの城。
「カイ、あれは……」
 渚の囁くような問いに、カイは頷いた。
 ベディヴィアは身を乗り出すようにして、揺らめく都を見つめている。
 やがて太陽が落ち、それと同時に都の幻影もまた、かき消えてしまった。
 3人が見たものは夢か幻か。
 けれどその姿はくっきりと、確かに3人の胸に刻まれたのだった――。