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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 明日香+隠し子+new!隠し子の里帰り ■



 夏休みの間もイルミンスール魔法学校には人の姿が絶えることはない。
 自主的に勉強する者、補習を受ける者、図書館を利用する者。
 あるいは部活や研究に精出す者もいて、学校には生徒とそれを指導する先生が常にいる。
 けれど、普段の授業がある時と比べればやはり人数はかなり少なく、どこか閑散とした雰囲気を感じるのも否めない。
 そんなイルミンスール魔法学校の廊下を通って、神代 明日香(かみしろ・あすか)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)のいる校長室を訪れた。


「エリザベートちゃん、ご機嫌いかがですか〜?」
「明日香、来たですかぁ」
 訪問した明日香を、エリザベートが嬉しそうに迎えてくれる。けれど明日香が今年のお盆にも実家に帰省する予定なのを話すと、たちまちつまらなそうな顔になった。
「そうですかぁ……」
 いってらっしゃいとも言ってくれないのは、行かないで欲しい気持ちを表してのことなのだろう。
 複雑な家庭の事情と今の立場から、おいそれと帰省できないエリザベートのことを明日香は思う。
 明日香だってエリザベートと離れているのは寂しいけれど、明日香の家は慣習的に帰省しなければいけないので、イルミンスール魔法学校に残っていることは出来ない。
 だからこんな提案をしてみた。
「今回は私の実家に一緒に来ませんか? のどかで何もない所ですけど」
 両親やお手伝いさんにも紹介したい、と言うとエリザベートは驚いたように明日香の顔を見上げ。
「い、行くです〜」
 そう答えた後、恥ずかしそうにうつむいた。



 そしていよいよ里帰りの日。
 明日香はノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)と、そして今回はエリザベートも伴って、実家に最寄りの鄙びた駅で電車を降りた。
 駅前から見える風景は今日ものどかで、空は明るく晴れている。
「すみません、ちょっと歩かないといけないんですよ〜」
「歩くんですかぁ?」
 飛んで行けば楽なのにと言いたげなエリザベートに、ノルンが教える。
「明日香さんのお家はとっても田舎なんです。だから飛んでるところを見せて、みんなをびっくりさせたら駄目なんです」
 はじめて来た時にはノルンも不思議に思ったけれど、5回も里帰りに同行していれば周囲の人々の反応を含め、その理由が納得出来る。
「じゃあ行きますよ〜。もし疲れたら言って下さいね」
 明日香は片手に自分とノルンの荷物、もう片手でノルンの手を引いて、家へと歩き出した。


 歩き出してほどなく。
 エリザベートは明日香の手をじっと見た。
 片方は荷物、片方はノルンの手で、明日香の手は塞がっている。
 となると、自分が繋ぐ手が空いていない。
 少しの間考えて、エリザベートは明日香に手を差し出した。
「荷物、持つですぅ〜」
「重くないから大丈夫ですよ」
 重いのなら尚更、エリザベートに持たせることは出来ない、と明日香は遠慮する。
「…………」
 本当の理由を口に出せなくて、エリザベートはしばし黙り込んだ後、また言った。
「重くなくてもいいから持つですぅ〜。そしたら手が空くですぅ」
「あ……ありがとうございます」
 そういうことだったのかと明日香は途端に嬉しそうな顔になると、ではお願いしますねとエリザベートに荷物を渡し、空いた手でエリザベートと手を繋いだ。
 それを見ていたノルンが、にっこり笑顔で指摘する。
「エリザベートさんも手を繋ぎたかったんですね」
「ち、ち、違うですぅ〜!」
 異様に焦りながらエリザベートは否定した。けれど手はしっかりと明日香の手を握ったままだ。
「エリザベートちゃんは、私が手を握りたがってるのを察してくれたんですよ〜」
 嬉しくてたまらない様子で明日香が言うと、エリザベートはすぐさまそれにのってくる。
「そ、その通りですぅ〜」
「お2人は仲良しさんですね」
 ツッコミどころは多々あれど、ノルンは笑顔で流すことにした。余計なことを言わずに堪えてこそ大人の嗜みというものだ。
 明日香を真ん中に挟んで、3人は並んで田舎道を歩いていった。


 都会ほどではないのかも知れないが、日差しも道路からの照り返しも強い。
 明日香は袖口と裾に幅広のレースがついた白いロングシフォンワンピース、という涼しげでシンプルな恰好をしてきていたが、それでも暑さに閉口して、氷術で温度を調整する。
 エリザベートも普段のローブではなく私服で来ている。さんざん悩んで相談した結果、ロイヤルブルーの膝丈ワンピースに、レースのボレロを羽織り、直射日光避けにボレロとお揃いのレースのついたフレア帽、という避暑地の令嬢風の姿だ。きちんとした恰好だけれど涼しい顔をしているのは、やはり魔法での温度調整をしているのだろう。
 ノルンはつば広の麦わら帽子に、淡い水色のパフスリーブワンピース。ウエストにはサテンリボンが結ばれていて、同色の細いリボンが裾近くにも1本アクセントに縫いつけられている。荷物の大半はエリザベートの手にあるから、ノルンの持ち物は本体の魔道書が入ったポシェットだけだ。前回の帰省時は氷術をうまくコントロール出来なくて、かなりもどかしい思いをしたノルンも、修行の成果で今年は見事に氷術を使いこなして得意顔でいる。
 こんな3人が一緒に歩いている姿は、傍目にはどう見えるのだろう。
 すれ違う人がこちらに興味の目を向けてくるのに、明日香はこんにちはと挨拶した。
「あら、神代さんとこの明日香ちゃん、今帰り?」
 足を止めると捕まって延々と世間話をする羽目になりそうだから、明日香は足は止めずに言葉だけを返す。
「はい。ご無沙汰してます〜」
 通り過ぎた背後からは、声を潜めているつもりの、けれど結構大きな囁き声が聞こえてくる。
「明日香ちゃんの連れてる子、誰?」
「1人はいつもの子だけど……もう1人も明日香ちゃんの子なのかしら?」
 ノルンの方も別に明日香の子ではないのだけれど、近所ではすっかりそういう話になっているようだ。
「また産まれた……にしては歳があわないわねぇ……」
「ということは新しい隠し子ってこと?」
 ぼそぼそと聞こえてくる声はとても楽しそうだとノルンは思う。あまり新しい話題のない田舎のこと、真実はどうでもよくてただ楽しんでいるのだろう。
(……ですよね?)
 兆した不安に後ろを振り返ってみたい衝動が湧き上がったけれど、ノルンはそれを堪えて明日香と足取りを揃えて歩き続けた。


 いつもだったら明日香の両親は、用事を済ませてから実家に帰ってくる。
 けれど今年に限っては、予定を切り上げて帰宅し、実家で明日香たちの帰りを待ってくれている。
「エリザベートちゃんが偉い人だからでしょうかね?」
 明日香の両親は共に魔法使いだ。だからエリザベートがドイツの名門ワルプルギス家の人間だということで、予定を変更して帰宅するというのもあり得そうな話だ。
「でもうちの両親は、そういうことには無頓着だと思ってたんですけどね〜」
 そこまでワルプルギス家が魔法使いの間で重要な家ということなのか、それとも里帰りの連絡をする時に、エリザベートを自慢しまくったから、興味を持って会いたいと思ってくれたのか。
 明日香はうーんと悩んでみたが、答えは分からない。
「あの明日香さんの両親が予定を切り上げて出迎えるなんて、エリザベートさんってすごい人だったんですね」
 感心しつつも、ノルンは内心こう思う。
(明日香さんといちゃいちゃしてるだけの人かと思ってましたけど、それだけではなかったんですね)
 でも口には出さないでおく。相手のプライベートにはあまり踏み込まないのが、大人のルールだから言いたくても我慢我慢。
 ノルンに褒められて、エリザベートは得意げに胸を張った。
「もちろんすごい人ですぅ〜」
 そうやって素直に自慢されるとちょっと悔しくて、ノルンも対抗してみる。
「でも私の方がすごいんですよ。5000年も生きてる魔道書なんです、えっへん」
「私の方がえらぁいですぅ〜!」
 互いに主張しあうノルンとエリザベートの可愛さに、明日香の頬はゆるみっぱなしだった。


 明日香の実家まではかなりの距離だ。
 普段歩き慣れない上に、絶対に明日香の荷物を持つと言い張ってきた為にエリザベートはやや疲れを見せていたが、
「お疲れさま〜、到着ですよ」
 という明日香の声に、すぐさま背筋をしゃんと伸ばした。
「エリザベートちゃん、荷物ありがとうございました〜」
 明日香は荷物を受け取ると、家の呼び鈴を鳴らす。
 と、すぐにお手伝いさんが待ちかまえていたように扉を開けた。
「お帰りなさいませ」
「ただいまー」
 そんな挨拶が終わるよりも先に、明日香の父母が玄関先にやってくる。
「エリザベートちゃん、私の父と母ですよ〜」
 明日香に紹介され、エリザベートは胸をそびやかして前に進み出た。
「イルミンスール魔法学校校長のぉ、エリザベート・ワルプル……」
 威厳を保って言いかけたエリザベートに、明日香がぎゅっと抱きつく。
「私の大切な、エリザベートちゃんですよ〜。よろしくお願いしますね」
 驚く両親やノルンの声と、あわあわ慌てるエリザベートの様子に、堅苦しくなりかかっていた場の雰囲気はフランクに崩れたのだった――。