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白百合革命(第1回/全4回)

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白百合革命(第1回/全4回)

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第3章 瑠奈のメッセージ

 9月の初め頃、タシガン空峡にある小さな島で瀕死の少女が発見された。
 その少女の首には2つの刺されたような跡があった。吸血鬼に大量に血を吸われたようだった。
 島で暮らす人々の治療により、少女の外傷は治ったが、意識は戻らなった。
 その少女は百合園女学院の生徒手帳を所持していたという。
 知らせを受けて、白百合団は団員を島に派遣することにした。
 班長に昇格したばかりの、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が団員を率いることになった。

 白百合団が到着するより早く――。
「着いた、着いたわ! ここに間違いないッ!」
 百合園のホールで島で発見された少女のこと、そしてイングリットが調査に訪れると聞いて。
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、とるものも摂らず、何の準備もせず、よく話も聞かずに、真っ先に学園を飛び出したのだった。
 そして、その辺を歩いていた人に話を聞き、乗り物を乗り継いで1人、島に降り立った。
「意識を失った少女と言えば、熱いキッスで目を覚ますのが定番!」
 あたしが行かずして、誰が行くッ!!
 強く激しい使命感に燃えて、思い込みと執念でレオーナは島にたどり着いたのだ。
「治療院、治療院はどこー!?」
 少女を熱いキッスで目覚めさせなければと、レオーナは治療院目指して走る。
 島は徒歩でも10分くらいで一周出来てしまうほど狭く、建物もあまり存在していない。
「治療院はどこですかッ!」
 目を血走らせて、レオーナは島民に尋ねる。
 そしてなんとかたどり着いた治療院にて。
「医療関係者でも知り合いでもないんだよね? 面会謝絶です!」
 院長にきっぱりと面会を断られた。

「誰か来たのかな?」
 治療院の事務室にいた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が窓に目を向ける。
「気にしなくていいよ。ただの不審者だ」
 室内に戻ってきた治療院の院長がそう言った。
 院長、といってもこの島に医者はいないようなものだった。
 魔法を使える島民が交代で医療に携わっており、少女の治療も島民が交換で行っていた。
 そんな中、尋ねてきた地球の医療知識のあるローズは島民にとても歓迎された。
 意識不明の少女の噂を聞いて訪れたローズだったが、多くの島民が彼女のもとに健康相談などに訪れていた。
「……さて、彼女の症状だけど、大量出血による意識障害以外の症状は見られませんでした。
 私も出来る限りの治療をさせていただきましたが、あとは彼女次第ですね……」
 現在は魔法では補えない、輸液や栄養補給を点滴で行っている。
「こちらでは手に負えないんで、都市の病院に運んでくれる?」
「そうですね。今日、百合園女学院の生徒会の方が来られるそうなので、相談してみましょう。ただ、身元が分かるかどうか……」
 ローズは、彼女が持っていた百合園の生徒手帳を確認したが、学生証に映っていた写真と、少女は別人だった。
 百合園の生徒ではなければ、遠方のヴァイシャリーより、比較的近いタシガンかツァンダの病院に連れていく方が良いかもしれない。
「タシガンよりツァンダの方が地球の医療が受けやすいでしょう。ですが、吸血鬼が原因でしたら、タシガンの方が対処法が知られているかもしれませんね」
 ローズは、院長から預けられているカルテに、現在までの処置と彼女の状態を書きこんでいく。
 彼女の首に痕跡などはもう残ってはいなかったが、カルテに書かれた情報と、聞いた話から、吸血鬼の仕業に間違いはないようだった。
「犯人については……本職の方が動いてくれれば、簡単に分かるのでしょうけれど」
 地球の捜査とは違い、パラミタには様々な魔法やスキルが存在する。
 そのため、突発的な犯行ならば、犯人の割り出しは難しくはないはずだった。
 コンコン。
 治療院のドアが叩かれた。
「百合園女学院、生徒会執行部『白百合団』の班長、イングリット・ネルソンです。百合園の生徒手帳を持つ患者について、お伺いに参りました」
 白百合団員達が到着したようだった。

「失礼します」
 通されるなり、真っ先に少女の元に向かったのは樹月 刀真(きづき・とうま)だった。
 白百合団団長の風見瑠奈の恋人だ。
「患者の確認は、窓越しでお願いします」
 ローズの指示に従い、窓越しにベッドで眠っている少女を確認する。
 10代半ばくらいの、見たことがない少女だった。
 瑠奈では、なかった。
「九条先生、こんにちは!」
 白百合団員の橘 美咲(たちばな・みさき)がぺこっと頭を下げる。
「症状は安定しているようですね?」
「はい、橘美咲さんこんにちは。着替えて消毒をしてからなら、入ってもいいよ」
「そうですね……でも、私は、まだ傍で出来ることはないかな? 知らない方ですし」
 少女の顔を確認するが、美咲の知り合いではなかった。
 刀真が拳を握りしめ、少女を見ながら院長とローズに問いかける。
「彼女は一人でしたか? 発見された時に、襲われた形跡など残ってはいませんでしたか?」
「一人だった。タシガンに向かう飛空艇がよくこの辺りを通るんで、そこで襲われてこの島に放置されたんじゃないかと思う」
 院長が答えた。
(なぜ、誰に、何の為に、この娘は血を吸われたんだ……)
 吸血鬼の吸血は食事のようなものだ。
 そして、吸血により心を奪うことがある。
「大量に血を吸う事で、記憶を奪い操ることが出来るのだろうか?」
「そういう事例は聞いていないです。1人の吸血鬼が大量に血を吸う理由は……体力の回復ではないでしょうか? 彼女の服には血がついていまして、彼女自身の血ではないことまでは調べ終えています」
 刀真の問いに、ローズが答えた。
「彼女自身が狙われている、わけではない……?」
 刀真は少女を見ながら考え込む。
 吸血鬼が、負傷をして。
 自らの体力を回復させるために、側に居合わせた者を襲い、血を奪った。
 寝込んでいるという神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)――。
(ゼスタが? あいつがそれほどの負傷を受けたとなると、それが他者の手によるものだった場合、相手は相当の腕だ)
 そこまでの人員を割くほどのものが瑠奈やゼスタにあったというのだろうか。
 瑠奈のパートナーは状態は悪くはないという話は、友人から聞いていた。
 少なくても、瑠奈は無事なはずだ、と。
 自分に言い聞かせて、自分を落ち着かせようとするが、刀真はそれでも彼女のことが心配で、他の事は何も手がつかない状態だった。
「瑠奈お姉様ではないのですね……」
 白百合団員の藤崎 凛(ふじさき・りん)は不安げな目で、少女を見る。
 その少女は、瑠奈でも凛の学友でもなかった。
「もう少し早く発見し、適切な治療が出来ていたら良かったのですが……」
 彼女が発見される少し前に、助けを求める女性の声が島に響いたという。
 島にいるのは、特別な力のない一般人のみだ。
 一般人が悲鳴を聞いたら――閉じこもる。自らと家族を守るために。
 少ししてから、武装して大人達が島の巡回をしたところ、倒れていた少女が発見された。
「まずは、彼女の身元をはっきりさせないとですねぇ」
 白百合団員の佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)も、少女を注意深く見るが、見たことのない子だった。
「あの子が持っていたという、生徒手帳、見せていただけますでしょうか?」
「はい、それが彼女のものではないらしくて……」
 預かっていたローズが、凛に生徒手帳を渡す。
 生徒手帳を受け取ると、凛はまず学生証を確かめる――。
「……あっ!」
 思わず大きな声をあげて、共に訪れていた仲間達に見せた。
「瑠奈お姉様のものです!」
 生徒手帳の中にあった学生証には、風見瑠奈の名前と、瑠奈の顔写真が貼り付けられていた。
 凛は生徒手帳をめくってみる。
 メモ欄に書いてあること、そして挟まっていた写真……白百合団の集合写真、瑠奈と友人達の楽しそうな姿。
 そして――。
 刀真の足下にひらりと一枚写真が落ちた。
 拾い上げて写真を見た刀真は思わず息を飲んだ。
 ロイヤルガードの制服を纏った、刀真の写真だった。
 随分と古い。一緒に撮ったものではなく、ネットかなにかから落して印刷したもののようだった。
 確かにそれは瑠奈の生徒手帳であることに間違いなかった。
「何故、この子が風見団長の生徒手帳を?」
 イングリットが問いかけるが、院長もローズも首を横に振るだけだった。
「まずは彼女の身元をはっきりさせないとですねぇ。他に身元がわかるような持ち物は持ってなかったのですか?」
 ルーシェリアの問いに、院長が頷く。
「鞄なども所持していませんでした。服も制服とかではないようですしね……。ネットとかで流せば、肉親が名乗り出てくれるのでは?」
 この島にはパソコンは置かれておらず、電話もないそうだ。
「そうですねぇ。事件の目撃者もいないようですし……。服装はシャツにズボンと一般的ですし、ネットを用いて、色々聞いて回るしかないでしょうか……。
 とりあえずは、百合園に写真を持ち帰ってもいいですかぁ?」
「はい、お願いします」
 院長の許可を得て、ルーシェリアは少女の写真を撮らせてもらった。
「勘なのですが、この子は誰かが残したヒントなのかもしれません」
 美咲が考えながら言う。
「誰かが風見団長の生徒手帳を持たせたか、この子が拾ったかはまだわかりませんけれど」
 それを知ることが出来るかもしれない。
 これがメッセージならば。
「生徒手帳お借りしてもいいですか?」
「あ、はい」
 一通り調べ終えた生徒手帳を、凛は美咲へ渡した。
「ふふ、ここは『サイコメトラー・MISAKI』の出番です。私にお任せあれ!!」
 びしっと敬礼をすると、美咲はサイコメトリで生徒手帳を探った。
 手帳に籠められた瑠奈の想いが、美咲の中に流れ込んでくる。
「……」
 皆が見守る中、美咲は瞬きを何度かした後、カメラを取り出して念写をした。
 感じ取ったままの、瑠奈の想いを――出来事を。
「この子はダークレッドホールに飛び込んだわけではないようです。ダークレッドホールと関係があるのかどうかはわかりませんが」
 言いながら、美咲は写真を皆に見せた。
 映し出されていたのは、大きな声を上げていると思われる瑠奈の姿。
 意識のない少女に生徒手帳を持たせる姿。
 そのまま、その場から――負傷したゼスタに抱えられ、飛んで離れていく姿、だった。
「この生徒手帳は、風見団長からの私達へのメッセージでした」
 少女に生徒手帳を持たせる瑠奈の姿を指差しながら、美咲は言う。
「風見団長とゼスタコーチもこの島に来たようです。彼女を島に置いて、風見団長が大声を上げて助けを呼び、生徒手帳を持たせて、2人は去っていった――ということのようです!」
「こちらの彼が彼女の血を吸ったと考えて間違いないでしょうね」
 ローズが負傷しているゼスタを見ながら言った。
 彼の口元に赤い痕跡があった。
「瑠奈お姉様はお怪我をされていないようです」
 凛は少しだけ安心する。
「つまり、何か事件があってコーチが大怪我をして、この子の血を吸って傷を癒したんですねぇ。それから、団長を連れてどこかに向かった、ということでしょうかぁ」
 ルーシェリアは、3枚の写真を見ながら考える。
「んん? 肩に何か突き刺さってますねぇ。これを抜かないと、傷を完治させることはできないのでは……」
 ゼスタの肩に、光の刃のようなものが刺さっていることに、ルーシェリアは気付いた。
「連絡を入れることもできない、傷ついた子を治療する余裕もない、そんな切羽詰った状況……」
 刀真は瑠奈とゼスタの姿を見ながら考える。
 瑠奈は抵抗しているようには見えない。
 ゼスタと共に――どこかに向かおうとしていた。